第6話 美陽と美月

「困ったわねぇ……。」


 リビングで雑誌を読みながら溜息を吐いてしまった。本当にあの二人の仲を何とかできないかしら?特に,神条君の方がユウよりも深刻なのよねぇ……。


 そう思うと,私はまた溜息を吐いた。


「お姉ちゃん,溜息ばかりだね?」


 キッチンで料理をしながら美月にそう言われてしまい,憂鬱な表情をしていた美陽はキッチンで何事もなく調理をしている妹に溜息を吐いた。


 この子は自分の彼氏の状況をわかっているのかしら?本来,私より気にするはずなのにまったく彼のことを気にしないで……。


「美月は神条君のこと気にならないの?」

「全くってわけでもないよ?でも,遙人君ならいつも何事もなくかわしているから,心配はしていないかな。」


 彼を信頼しているのか,彼女は特に問題なさそうにそう言ったが,私はそうではなかった。何せ,美月はのことを知らないのだ。今でこそ彼女達は大人しくしているが,いつか遙人に何かするのではないかと,気が気で仕方ないのだ。


 だが,それは男子も同じであった。翔琉から美月が石神達に声を掛けられたことを聞き,その時に彼は遙人のことを馬鹿にするような発言をしたらしく,一定数の誠央学園の男子は美月と付き合っている彼を厄介者扱いしていることが分かった。


 そして,星稜学園側は何も言ってきていないが,今以上に何か事が起こると黙っている彼に親しい者達が何もしないとは到底思えなく,このままいけば,誠央学園と星稜学園の衝突まで発展しないか不安であったのだ。


「お姉ちゃんの言うことも理解できるよ?まだ,明確に誠央学園の人達が嫌いって皆は言ってないけど,遙人君に対してしていることは知っているから。でも,遙人君自身が気にしないでって友達に言ってるよ?」

「そうなの?」

「うん。御神君とは個人的な問題だから皆は彼と仲良くしてあげてって。あと,女子にはちゃんと【女性恐怖症】のことを注意しているから私としてはどうしてそんな気遣いができるのに仲が悪いんだろう?って方が気になるかな。」


 美月にそう言われて私も不思議に思った。彼は確か,悠人のことを嫌っているはずなのだ。私達が編入した初日に彼は悠人を見ると「あんなことがあったのによく僕の前に出てこられたね?」と喧嘩腰に彼に突っ掛かったのだ。


 だが,今思えば彼が悠人にそのようなことを言ったのは1回だけであり,それ以上は何も言ってきておらず,先ほど美月が言ったような悠人を庇う発言もしているなど話を聞くとおかしいことが数多くあった。


「お姉ちゃん,御神君は結局何て言ってるの?」

「俺が原因だって言うだけで理由は何も話してくれないわ。そっちは?」

「……皆には内緒にしておいてね。僕が兄を見捨てたんだって,前チラッとだけ話してくれたかな。」

「俺が原因と僕が見捨てた,どういうことかしら?」


 それだけの言葉だけではやはり何も分からず,美陽はまた悩み出した。


 そんな姉を他所に,先ほどから作っていたシチューが完成したのか,美月はシチューを器に盛り付けると冷蔵庫に閉まっていたサラダも取り出した。


「お姉ちゃん,できたよ~。今日はお姉ちゃんの大好きなお祖母ちゃん直伝のキノコたっぷりのシチューだから。」

「本当!?」


 先程と違い,自分の大好物が出て来たのか,私はうきうきと嬉しそうにテーブルの椅子に着いた。そして,一口食べると先ほどまで打って変わって笑みを浮かべた。


「でも,お姉ちゃん。あんまり深く聞かない方がいいと思うよ?」

「……どうしてかしら?」

「だって,二人ってその,兄弟なのに名前が違うから……。」


 シチューを食べながらその言葉を聞くと私は言葉に詰まった。彼女の言う通り,今二人の名前は双子の兄弟であるはずなのに名前が悠人と遙人なのだ。要するに名前を変えるほど家族の関係で何か問題が起こったということだ。


 それ故に,彼女は二人が言いたくないなら踏み込むのは問題があるのでは?と言いたいのだ。だが,美陽もそんなことは分かってはいる。


「司馬先生に聞いたら名前を変えたのはユウみたいなのよね。理由は先生も知らないみたいなんだけど……。」

「やっぱり……。遙人君の妹さんも名前が神条だったからそうかなって。あと……妹さんも御神君のこと嫌っているようなこと聞いていたから……。」

「本当にユウは何をしたのかしらね……。変なことではないと思うけど……。」


 シチューをすくっていたスプーンを口に当て神妙な顔で考えたが,やはり本人達に聞かないと分からないと思い,個人的に今はこの話は頭の隅に置いておこうと考えた。


 それよりもこの1カ月間,編入やオリエンテーションの準備で忙しくて美月に聞けなかったあることを聞こうとした。むしろ,今時の学生ならこっちの話が興味をそそられるだろう。それは勿論,【男性恐怖症】である私も同じであった。


「美月,話を変えるけど……神条君といつから付き合ってたの?」

「えっ?」

「あなた,その話を私に教えなかったでしょう?」

「え~っと……。」


 そう言われてしまい,美月は困った顔をしてしまった。実は,遙人と付き合っていることはまったくと言って私は教えてもらっていなかったのだ。


 その話を聞いたのは星稜学園に編入されて美月から紹介されるまで気付くことすらなく何時から恋人を作って学園生活を送っていたのかと非常に興味が沸いていた。


「付き合い始めたのは学園祭前だから5月の終わりぐらいかな。」

「5月!?それってつい最近でもないじゃない!?」

「え~っと,実は拓海君の紹介でその……色々とあって……。」

「色々ねぇ……。もしかして,もう既にキスとか……。」


 その話を聞くと,美月は顔を真っ赤にして否定をした。


「ま,まだしてないよ!!」

「えっ!?もう4カ月ぐらい経つのに,まだなの!?」

「……うん。」


 正直,その言葉を聞いて意外だと思った。実はこの子は恋愛に関しては奥手ではなくどちらかと言えば積極的なのだ。何せ,自分達の母親が恋愛に大変うるさい人で小さい時には自分と父の恥ずかしい話をよく聞かされて私は赤面していたが,美月は母の話を食い入るように興味津々に聞いていたのだ。


「でも,それ以外のことは結構しているかな?」

「例えば,どんなことよ?」

「お姫様抱っこや壁ドンとか。あと,遙人君のお家にお泊りとか……。」

「お泊り!?そういえば,夏休みの時に友達の家に遊びに行くとか言って3,4日ほど家を空けていたような……。」

「その時,です。」

「…………。」


 顔を赤くして俯いている彼女の話を聞いて私もその内容に顔赤くして黙り込んでしまった。えっ?神条君ってそう言うことするタイプなの?それに,美月を呼んでお泊りもしているって見た目からまったく想像できないんだけど……。


 そして,未だに俯いている彼女を見てどうやら二人の仲は良好であるんだなと思うと私は急に真面目な顔をした。正直,普通の人なら特に問題ないが,私達には問題のある話になるからだ。


「とりあえず,お泊りの件も含めて今は置いておきましょう。……彼と付き合っていること,お父様とお母様は知ってるいるのかしら?特に,お父様の方は?」

「!?」


 知らないのね……。彼女の顔を見て確信した。やはり,彼女は未だにお父様と距離を置いてる状況なんだと寂しい気持ちになった。


「美月,報告したくないなら私の方から報告するけど,それでもいいかしら?」 

「……うん。」


 目の前の彼女はただ一言そう口にするとその後は何も言わなかった。何か思うことがあって報告したくないのかも知れないが,一般の恋人報告と違い私達,常盤家の人間はそういうわけにはいかないのだ。


 代々,私の家系である常盤家は政財界のご令嬢が通う常盤女子学園を運営している家系であり,それなりに有名な家柄でもあった。しかし,自分達の父親が常盤家に婿入りしてから状況が一変した。


 父は普通の家柄であったが,僅か一代であの白星財閥に並ぶ常盤コーポレーションを起こした人物で政財界で注目を集めている異端児でもあった。そして,本人の経歴も凄く何故か政府や国防軍とも深い繋がりがあり,その父の娘である自分達は将来誰と結婚するのか皆注目しているのだ。


 ただ,父は家柄に特に興味がなく私に至っては自ら好きになったものを婿にして構わないと言われていた。そう,だけは……。


「あなたの婚約の件は星稜学園に入ってから保留になっているけど,報告だけはしておいた方がいいでしょう。多分,お父様もお母様も何も言わないとは思うけどね。」

「……本当にそうかな。」


 少し曇った顔で彼女は何とか笑みを作って言った。実は美月だけは中学の頃から婚約者の話は度々出ていたのだ。私達にはもう一人弟がおり,その弟が父の会社を継ぐことは既に決まっていた。


 そして,私は中学の時から学校に通いながら会社の手伝いをたまにしており,そのことや【女性恐怖症】のこともあって父は婿は誰でもいいと言ってくれたのだ。


 だが,美月は違った。彼女は私と違い常盤家の令嬢としてではなくただの常盤美月として育てられた。故に,彼女だけはまったく会社や社交界と縁のない人生を送っており,せめて婚約者だけは会社に関わる者,所謂政略結婚を父は考えていた。


 しかし,父の性格と母のことを考えるとそんなことをするのは到底考えられず,事情を聞いてもそのことについてはまったくと言って教えてくれないのだ。


「やっぱり,私はこの家には必要ないのかな……。」

「っ……そんなわけないでしょう!それはお母様も言ってたじゃない!」

「うん,それは分かってるよ。でも,お父さんは私に何も言ってこないから。」

「美月……。」


 食卓が重い空気となり,私はどうしたらいいか迷ってしまった。すると,先に動いたのは美月の方であった。


「お姉ちゃん,シチューのおかわりいる?」

「え,ええ。頂こうかしら。」


 そう言うと,彼女はキッチンへ行き,シチューを温め直した。だが,遠目から見ても彼女が暗くなっているのは一目瞭然であった。


「(ユウ達の方もだけど,こっちもまだ解決していないことは山積みね。……本当にどうしようかしら。)」


 器に残っていた残りのシチューを食べながら,私は何から解決していけばいいか考えた。しかし,答えはまったく浮かばず,煩悶はんもんとした夜を迎えるのだった。

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