第4話 【女性恐怖症】の王子様
「誰かと思えば,御神と桐原か。何用だ?」
二人の顔を見ると私に詰め寄っていた彼は間が悪そうな顔で二人を睨んだ。
「お前達,彼女に何をしているんだ?」
「お,俺達はただ彼女に時間があったら構内を案内してもらおうと思っただけだぞ?ただ,彼が勝手に……。」
「はぁっ?!お前等,何で俺だけの責任にしているんだ?!お前等だって最初は彼女を誘うのに乗り気だったじゃねぇか!」
「だから,俺は彼女が嫌がらないならと……。」
言い争いをしている彼等を見てどういう状況か納得したのか悠人は溜息を吐いた。
「美陽には黙っておくから今日はやめておけ。正直,お前等もあいつに睨まれるのは嫌だろう?」
「た,確かにそうだな。」
流石の彼等も姉を敵に回したくないのは確かなので彼の提案に頷いた。だが,一人だけは彼等と答えは違い,彼に突っ掛かってきた。
「そう言って御神。お前がこの子を連れて行くんだろう?いいよなぁ,王子様はいくらでも女子をとっかえひっかえできる……。」
「石神。」
「な,なんだよ……。」
あまりの重い口調と冷めたような素顔に彼,石神はたじろぎながら悠人を見た。その目は相変わらず生気に満ちておらず,私はそんな彼の態度を見て一瞬怖いと思ってしまった。だが,そんな素顔も一瞬で無くなり,彼は周りを見渡した。
「少しは周りを気にした方がいいと思うぞ?彼女,有名人何だろう?」
周りを見ると既に星稜学園の学生がヒソヒソと何か話しており,遠くの方では別の学生が風紀委員会らしき人達を呼んでいる姿も見えた。
「早く行け。あとはこっちで誤魔化しておく。」
「御神,すまない!おい,皆行くぞ!石神も!」
「チッ……覚えてろよ,御神。」
去り際にそう言った彼を見て悠人は溜息を吐いた。石神,その台詞はカッコ悪いから言わない方がいいぞ……。と心中で思いつつ,逃げ去っていく彼等を見届けると隣にいる長身の男性を見た。
「悪い,翔琉。周りと風紀委員に事情を説明しておいてくれるか?」
「あいよ,任せな。それにしても,美月ちゃんも災難だったなぁ。」
私にそう言うと彼はまず風紀委員に事情を説明しに行った。その後ろ姿を見届けると先程自分を助けてくれたもう一人の彼を見た。
整った顔立ちに黒い髪,その容姿から誠央学園の王子様と言われている彼,御神悠人。信じられないかもしれないが,彼は美月が現在付き合っている遙人の双子の兄であるのだ。だが,そのことを知っているのは私達の周りだけであるのだ。
そして,私だけは知っているのだが,実は遙人は髪を切れば悠人と瓜二つで美男子になるのだ。一度,彼の中学校時代の写真を見せてもらったことがあり,昔の遙人も目の前の彼同様に女子から人気がそこそこあったらしい。
だが,星稜学園に入学してからは今のスタイルに変えたらしく自分と付き合っている今でもこれ以上は目立ちたくないと言って髪を切ろうとしないのだ。
ただ,私に取っては彼が美男子だとか陰キャとかはどちらもいいことであり,見た目よりも中身を重要視していた。
「悪いな,うちの生徒達が変なことをして。」
彼を見ていることに気付いたのか,ふと彼は申し訳なさそうにそう言った。その瞳は先ほどよりも柔らくなり,怖いとは思わなくなったが,遙人に比べると曇っているように見えてしまった。
「ううん,大丈夫。ありがとう,御神君。」
「あ,ああ。」
ただ,お礼を言っただけなのに彼は少し私から距離を置こうとした。やはり,姉である美陽が言ったように彼は【女性恐怖症】であるんだなと改めて思った。そんな彼と私が初めて話したのは意外にも姉と遙人が出会った雨の日と同じ日であったのだ。
あの時,雨は土砂降りで傘を持っていなかった姉は大丈夫だろうかと思いつつ,私は傘をさして学園から帰っていると雨宿りをしている彼を見掛けたのだ。
「お姉ちゃん,今何処なんだろう?連絡することも出来ないし……。」
土砂降りの雨の中,自分の姉が行きそうな場所を探しながら帰路に着いていた。自分は昨日スマホの充電を忘れており,スマホの電源を切った状態であったのだ。
私はしっかりしているように見えてかなりのドジっ子な部分もあり,たまに天然なところもあったりすると遙人からも言われていたのだ。そして,昨日は久しぶりにそのドジっ子ぶりを発揮させてしまったのだ。
「そんなに遠くには行っていないはずなんだけど……あれ?」
姉を探しながら辺りを見渡していると建物の壁にもたれながら憂鬱そうに空の天気を見ている男の子が居たのだ。そして,その男の子を通行人,特に女性の方がチラチラと見つめていた。
だが,そんな女性達の視線を見ると彼は非常に冷たい表情をし,女性達は声を掛けず,ただ遠巻きに男の子を見ているだけであった。
「(あれって,誠央学園の男子生徒かな?それに、あの男の子,何処かで……。)」
男の子をもう一度見ると,私は思い出した。誠央学園の生徒達が初めて自分達のクラスに編入した時に姉と一緒にいた男の子だと。確か,名前は……。
「御神悠人,君?」
「っ……。」
名前を呼ばれて悠人はビクッとした。そして,彼は先ほど通行人の女性達と同じように冷めた目で私を見たのだ。
「え~と,はじめましてなの,かな?お姉ちゃんと会った時に顔は会わせていると思うのだけど・・・。」
「お姉ちゃん……?」
彼は少し考えると,クラスで会ったことを思い出したのか,先ほどよりも冷めた目付きはしなくなった。だが,距離はまだ空いたままであった。
「美陽の妹さん,だったかな?確か……。」
「常盤美月です。姉がいつもお世話になってます。」
そう言って彼にお辞儀をすると,何故か驚いたような顔をすると苦笑していた。
「……本当に君は美陽の妹なのか?あいつとまったく似ていない気がするんだが。いや,今のは君に失礼だったかな。」
先ほどよりも少し警戒を解いてくれたのか,穏やかな表情で彼は言った。
「お姉ちゃんとは性格は似てないって昔からよく言われているから気にしていないよ。ところで,御神君はどうしてここに?」
「……。」
彼は何も言わなかった。だが,私は彼の制服を見て理解した。よく見ると,彼の制服はかなり濡れており,地面には水滴が落ちていたのだ。
「もしかして,傘を忘れたとか?」
「うっ……。」
どうやら図星だったのか顔を背けてしまった。その顔を見るとおかしくなったのかクスクスと笑い,鞄の中から折りたたみ傘を取り出した。
「どうぞ。」
「えっ?」
彼に折りたたみ傘を渡そうとすると非常に困惑していた。どうしてだろう?と考えていると,私は姉に聞いていたことを思い出した。
「ご,ごめんなさい!!そういえば、御神君って……。」
「……美陽から聞いているのか?【女性恐怖症】のこと。」
「う,うん……。」
それを聞くと彼は溜息を吐き,折りたたみ傘を受け取った。その行動を見ると私は少し驚いた顔で彼を見た。
「平気なの?」
「美陽よりは駄目ってわけじゃないから。ただ,さっきみたいな目線で見られたり,急に触られたりすると少し堪える。」
どうやら通行人に見られていた視線は相当堪えていたらしく,彼が睨みを聞かせていたのもそれが理由であったのだ。
「そうなんだ。それじゃ,今度から気を付けておくね。」
「!?」
「えっ!?どうしたの?」
何故か,非常に驚いている彼を見て,逆に私が驚いてしまったのだ。
「……そんなこと言われたの初めてだな。」
「えっ?」
「何でもない。傘有難く使わせて貰うよ。……返すのは美陽でも大丈夫かな?」
「うん。お姉ちゃんにも言っておくから,渡して貰えれば……。」
「ありがとう。それじゃ俺はこれで。」
そう言い残すと,彼は雨の中に消えて行ったのだった。
********************
「お~い,悠人。とりあえず,風紀委員と周りの連中には説明しておいたぞ。」
「全部任せて悪いな,翔琉。」
彼との出会いを思い出している間に,もう一人の彼は風紀委員や周りの学生達に事情を説明し終えたのか,私達のところに戻ってきた。
「美月ちゃんも大丈夫だったか?にしても,どうして一人で?」
「え~と,実は今からお姉ちゃん達と合流しようかと。」
「んじゃ、俺達と一緒に行かない?一人だとまたあいつ等見たいなのに声掛けられるだろうし。悠人もいいよな?」
「……お前に任せる。」
どうやら彼は自分と一緒に行っても問題ないと思っており,それを聞くと翔琉は彼を見て微かに笑った。
「んじゃ,美月ちゃん,いこっか。」
「おい,翔琉。先に行くな。身長が高くて分かりやすいからとはいえ……。」
先に学生達の中に消えて行った金髪の彼に文句を言うと悠人はその後を追い掛けて行き,そして,私も二人のやり取りを見て交わすかに笑うと同じように二人の後を追い掛けて行った。
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