第3話 星稜学園の妖精姫

 美陽達が家庭科室を出て小一時間が経ち,家庭科室を見に来る学生達の数は徐々に少なくなってきていた。


「美月ちゃん,そろそろ休憩に入って~。」

「わかりました。でも,遙人君は……。」


 チラッと彼を見ると今でも誠央学園の女子達に絡まれており,休む暇もなく彼女達の給仕をしていたのだ。


「遙人君にはもう少し頑張ってもらうわ。男子は兎も角,女子は入部希望の子もいるかもしれないから。それとも彼氏と一緒じゃなきゃ嫌だとか?」

「もう,部長!揶揄わないください!」


 ニヤニヤしながら言う部長に私は少し怒った顔で反論した。


「仲がいいことで何より何より。それじゃ,1時間後に戻ってきてね~。」


 そう言い残すと部長は遙人の手伝いに向かった。その姿を一度確認すると私は着ていたエプロンをしまい,家庭科室を後にした。


「お姉ちゃん達,何処行ったんだろう?」


 スマホのメッセージを確認すると未だに姉から連絡が来ず,おそらく気付いていないのだろうと思った。


「美月ちゃん~!今から休憩?」

「うん。皆は部活を見て回っているところかな?」


 声を掛けて来たクラスの友人達は現在一緒のクラスにいる誠央学園の女子達を連れて学内を回っているところだった。


 すると,誠央学園の女子の一人がジロジロと私を見ていることに気付いた。


「あの,どうかしましたか?」

「ううん,ジロジロ見てごめんね。本当に常盤さんの妹さんなのかなって。顔立ちは似ているけど,髪の色や雰囲気は全く似てないし……。」

「そうよね。むしろ,妹さんの方が可愛い?」

「当たり前でしょう。この子は【星稜学園の妖精姫】って言われているんだから。」


 クラスの友人にそのことを言われて私は苦笑するしかなかった。


 ――星稜学園の妖精姫


 その妖精のような愛くるしい姿から付けられた美月の2つ名であり,入学当初から学年問わず,学園の頂点に君臨する人気の美少女であったのだ。


 しかも,その愛くるしい姿だけなく常に成績は上位に食い込み,運動神経も良く家事全般が得意な上に本人は誰に対しても丁寧に振る舞っているなど男性生徒から毎日のように告白が絶えない状況が続いていたのだ。


 だが,それは現在彼女と付き合っている遙人と恋人になる以前の話であり,彼と恋人になってからは告白はまったくといってなくなったのだ。


「それにしても未だに信じられないわね。この子の彼氏が神条君だなんて……。」

「そうよね。彼って金髪だけど陰キャ男子全開って風貌でしょう?まったく釣り合わないというか……。」


 そう言おうとすると,何故か一緒に回っていた星稜学園の女子達は眉を顰めて彼女達を見た。そんな彼女の態度を見ると誠央学園の子達は何事と思った。


「今のは聞かなかったことにするけど,絶対に他の女子達の前で言わないでね?」

「どういうことよ?」

「この学園の女子の大半を敵に回すわよ……。」

「「えっ?」」


 誠央学園の女子達は彼女の言っていることが理解できず,唖然とした顔をし,私に至っては苦笑いしていた。実は彼,神条遙人は見た目こそ陰キャ男子であるが,何故か学園の女子生徒から人気があるのだ。しかも,彼のことを馬鹿にする発言をした学生は皆悲惨な結末を迎えていた。


 一度,私と付き合っていることに反論した男子生徒は学園中の女子達から村八分にされたこともあり,自分達のクラス委員長も「遙人には絶対手を出すな!次は死人が出るぞ!」と誠央学園の男子達に忠告もしている状況なのだ。


 今の所,女子生徒に至っては特に何かあったかは聞かされていないが,おそらく悲惨な末路を辿ることは男子の状況を見ても明らかであった。


「彼って何者なの?」

「見た目は陰キャ,中身はイケメン?美月ちゃんと付き合っているけど未だに狙っている女子達多いわよ?先輩達の中にもいるし。」

「嘘でしょう……。」

「でも,クラスの女子達の何人か,神条君のことを結構話していた気が……。」


 真相はどうなんだろうと彼女達は私を見ると沸いた声で笑いながら一度だけこくんと頷いた。それを見ると「「事実なんだ……。」」と彼女達は納得した。


「悠人君みたいな男子なら分かるけど,まさか意外な男子が人気者だとは……。」

「悠人君って御神君のこと?そういえば,凄いイケメンよね!アイドルみたいで!」

「でしょう!誠央学園でも人気あったんだから。常盤さんと一緒にいるから諦めている子は結構いるけどねぇ。」

「でも,未だに諦めていない子達もいるでしょう?グループ作って未だに常盤さん達と争っている子達もいるし。」


 友人達の話を聞きながらお姉ちゃんと御神君って付き合ってるのかなと考えたが,自分の姉が誰かと付き合うのはあり得ないと思ってしまった。


 姉は【男性恐怖症】,未だに一部の男の子は近付くだけで拒否反応が出るほどで,とても恋愛ができるような状況でもないのだ。


 そして,先ほど彼女達が言っていた御神みかみ君もそうだ。彼もまた姉と同じ似たような体質を持った男の子でもあったのだ。


 ********************


「それじゃあねぇ,美月ちゃん。」

「うん。また,教室で。」


 彼女達と別れた後,スマホから猫の鳴き声のような音が聞こえてきたので確認すると姉からメッセージが届いていた。


[美陽:今メイングラウンドの方にいるけど美月はどの辺?]

[美月:校舎の2階にいるよ。今からそっちに向かうね。]


 姉にメッセージを送ると私はスマホをポケットにしまい,姉達がいるメイングラウンドに向かった。先ほどもそうであったが,やはり一人でいると色々な人に声を掛けられることが多く特に誠央学園の男子生徒から頻繁に声を掛けられていたのだ。


 だが,そんなことよりも彼女は先ほど別れた彼女達の話が未だに気になっていた。


「(お姉ちゃんと御神君って本当に付き合っているのかな?確かに,御神君ってとてもカッコいいと思うけど……。)」


 美月は先ほど女子達の話に上がっていた御神悠人という男の子を思い浮かべた。顔立ちは整いアイドル顔負けの容姿をした絶世の美男子であり,誠央学園の王子様と言われるだけの男の子であるとは美月も思った。


 だが,それ以上に美月が気になっていたのは彼の瞳で合った。何故だか知らないが,彼の瞳には自分が付き合っている遙人とは違い生気が感じられないのだ。いや,むしろ何かの後悔に押し潰されているような気さえするのだ。


 そんな彼とは学園外で偶然出会ったことがあり,その時のことを美月は未だに鮮明に覚えていた。


「常盤さん,今って一人かな?」

「えっ?」


 急に声を掛けられて振り向くとそこには誠央学園の男子達が数名ほど一緒にいた。よく見ると,姉達と一緒にクラスに編入してきた男子生徒も2,3名ほど一緒だったので美月は彼等のお友達かなと思った。


「へぇ~,確かに常盤に似ているが全然雰囲気が違うな。いや,むしろこっちの方が俺的にいい感じに……。」

「こら!あまりそんな目で見るなよ。彼女が怖がっているだろう。」

「あはは……。」


 男子達のやり取りを見て美月は笑うしかなかった。やはり,一定数の男子は自分と姉を見比べて値踏みをする人達がいるとは思っており、今回,自分に声を掛けてきた彼等はまさにその部類であった。


「常盤さん,お時間が良ければ,色々と案内してもらいたいんだけど,いいかな?何分,俺達はあまり校内に詳しくなくてね。」


 困ったような口調で言われたが,美月は薄々と気付いていた。


 おそらく,彼は自分と一緒に行動するためにワザとそう言っているのだと。何故なら,構内の地図は朝のHRの時に詳細を書いたパンフレットを配っているからだ。なので余程の方向音痴でない限り道に迷うことはまずないのだ。


「ごめんなさい。お姉ちゃんとこの後約束していて……。」

「常盤さんと?それじゃ仕方ないかな。」


 そう言うと彼は素直引き下がろうとした。だが,先ほど美月を値踏みしていた男子生徒は他の男子達と違い自分に詰め寄って来たのだ。


「少しは時間あるだろう?いいじゃないか少しぐらい遅れたって。」

「え~っと……。」


 困った顔で彼を見るとクラスメイトであった男子生徒が止めに入った。


「あんまりしつこくするなよ。こっちのクラスの委員長から痛い目見るって言われているんだから。それに,彼女には神条という彼氏がいるみたいだからお前が狙った所で絶対に無理だぞ。」

「彼氏?ああ,あの金髪なのに陰キャみたいな奴か。この子もあんな陰キャと良く付き合ってるよな。あんな奴の何処がいいのか。」


 その言葉を聞くと私はムッと怒りそうになった。いくら温厚な自分であっても付き合っている彼氏の悪口を言われたら怒らない方が無理であったのだ。だが,クラス委員長から真相を聞いている彼等はそれを聞くと非常に慌て出した。


「おい!それ以上は大声で言うなよ。もし,誰かに聞かれたりしたら……。」

「お前達,何しているんだ?」

「あれ?よく見たら美月ちゃんじゃね?」


 後ろから声が聞こえたので皆は一斉にそちらを振り向いた。そこには長身で日本人離れした金髪の容姿に気さくな笑顔を出した男の子と先ほどクラスの友人達の話で噂になっていた誠央学園の王子様が一緒に居たのだ。


「御神君?」


 美月は不思議そうに姉の腐れ縁であり,姉と同様の体質である【女性恐怖症】を持つ彼,御神悠人みかみゆうとの名前を呼んだのだった。

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