第2話 皆に慕われている男の子
「最後尾はこちらで~す!順番に案内しますから慌てずに~。ってこらぁ!!そこの男子!何,勝手に入ろうとしているの!!」
私達は目の前の光景を見て唖然とした。何せ,目の前には家庭科室の入り口から長蛇の列ができており,階段の方まで学生達がまだかまだかと列に並び,特に男子生徒の多くが待ち続けていたのだ。
「これ全部,部活見学?うわぁ~,料理部って人気あるんだ。」
「そんなわけないでしょう!……男子が多いってことはやっぱり美月が目的かしら?というか,誠央学園の男子生徒も多いわね。」
「美月って本当に人気者ね。」
「美陽,それはあんたもよ。」
ただ,彼女の場合は【男性恐怖症】と言うことが知られているため,誠央学園の男子達はあまり彼女に声を掛けて来ないのだ。
しかし,それが分かっていても声を掛けて来る一定数の愚か者はおり,酷い場合には彼女に触れようする大馬鹿者もいたのだが,ある事件を境に彼女に言い寄ってくる男子生徒は今は静観しているのだ。
「おつかれさまです。料理部は盛況ですね。」
「常盤副会長!?いつからそこに!?」
「今さっきですよ。妹は今どちらに?」
「美月ちゃんなら中で料理番組の収録中だよ~。男子達がスマホで写真撮ろうと必死だから中も大変なことに……。まあ,女子の一部は目的が違うけど……。」
「そう言われて見たら,星稜学園の女子も多いね。どうしてだろう?」
「彼のスイーツ目当ての子が多いから。そうだ,ちょっと待っていてね。」
学生達の長蛇の列を避けながら家庭科室に入ると彼女は中で何かを聞いているようであった。そして,中での話が終わると直ぐにこちらに戻ってきた。
「3人とも先に中に入っていいって~。部長が許可するって。」
案の定,その話を聞いた並んでいる学生達,特に男子からブーイングの嵐が飛んだが,美月ちゃんに会わせないぞ!と言うとピタリと嵐は収まった。
やはり,彼等の目的は彼女であり,それを見た私は彼等を見て溜息を吐くと,葵と結衣を連れて家庭科室に入った。
現在,中では料理番組の収録中で家庭科室にいた学生達は目の前で料理をしながら作り方の説明をしている亜麻色の髪の女の子をスマホで写真や動画を撮っていた。
そして,収録が終わったのか,部長が彼女達に声を掛けた。
「皆,お疲れさま~。そして,見学者諸君もとい男子諸君。これがうちの看板娘だ。さあ,彼女の出来たての料理を最初に味見をするのは誰だ!!」
それを聞いた瞬間,男子生徒は我こそはと手を上げて行き,その間に前に立っていた3人は他の部活にいた女子生徒達に連れられて避難させられていた。
「美月,おつかれさま。」
「お姉ちゃん?来ていたんだ。」
愛くるしい妖精のような微笑みを向けた彼女,双子の妹である
「部長さんも相変わらずのノリね。」
「あはは……。お姉ちゃん,生徒会の方はいいの?」
「今も見回り中よ。見回りのついでに来てみたけど本当に美月って人気者ね。」
「私はあまり目立ちたくはないんだけどね。それに,誠央学園の男の子達には申し訳ないんだけど,私には……。」
――カチャ
言い終わる前に,彼女の前にティーカップが置かれた。その中には入れたての紅茶が入っており,凄く落ち着く香りが部屋中を漂わせた。
「美月ちゃん,お疲れ様。温かいうちに飲んでね。」
「
「どういたしまして。……常盤さん達も飲むかな?」
金髪という目立った髪の色をしているのに眼鏡を掛けて前髪で顔が少し隠していた如何にも陰キャと見間違えるような男子生徒がポットを片手に尋ねて来た。
「ええ。頂こうかしら,神条君。」
そう言うと彼,
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「もう最低!どうして急に降るのよ!!」
少し濡れた髪をハンカチで拭きながら土砂降りな空を見て憂鬱な気分になった。何せ,雨が降るのは夜からだと思っていたので美陽は傘を持ってきていなかったのだ。
「これなら美月に折り畳み傘を借りておけばよかったわね。それにしてもいつ止むのかしら。早くしないと時間が……。」
そう思い,スマホを取り出して時間を確認しようすると少し雨が和らいできた。その天気を見ると美陽はチャンスだと思い,スマホを鞄にしまい込むと急ぎ足で雨宿りをしていた建物から走り出した。
だが,この行動が間違いであった。
何せ,雨が止んだのはほんの一瞬で先ほどよりも酷くはないが,どんどん雨脚が強くなってきていたのだ。そして,更に運悪く,信号に引っ掛かってしまった。
「もう!何で今日はこんなにツイてないのよ!」
通学用の鞄で雨を避けながらまだかまだかと信号を待っていると急に雨が止み出した。いや……誰かが,傘を広げてくれたのだ。
「えっ?」
「え~っと,ご迷惑でしたか?」
前顔まで伸びた金髪に眼鏡を掛けた目立つような目立たないような風貌をした男の子が声を掛けて来た。よく見ると,彼は見たことがある制服を着ており,自分達,誠央学園が編入してきた星稜学園の制服であった。
「い,いえ……。その……。」
彼女は挙動不審になりながらどうすればいいか困惑していた。
無理もない。何せ,彼女は【男性恐怖症】。見も知らない男の子に声を掛けられて動揺してしまったのだ。
すると,彼は急にさしていた傘を広げたまま地面に置くと自分の鞄から折りたたみ傘を出して自らはそれを使った。
「その傘は好きに使ってください。それじゃ,僕はこれで。」
そう言い残すと彼はそのまま信号を渡り立ち去って行った。
「……どういうこと?」
彼が立ち去った方向を見ながら美陽は不思議そうに置かれた傘を拾い上げた。
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あの雨の日,彼との初めての出会いであったのだ。そして今,そんな彼は家庭科室で手慣れた感じで自分達に紅茶を入れてくれていた。
「熱いから気を付けてね。それと,こちらもどうぞ。」
「やったぁ!ケーキだ!」
出された苺のショートケーキを見ると結衣は目を輝かせた。そう,外で女子達が並んでまで待っているのは彼のケーキが目的だからだ。
そして、結衣は出されたショートケーキを食べるとご満足げに笑顔となった。それは隣にいる葵も同じで本当に美味しいのか,黙々とケーキを食べていた。
「本当に遙人君ってお菓子作り上手よね。これ,お店で出せるんじゃない?」
「そうよね。でも,カロリーが……。」
「心配しなくても大丈夫だよ。作り方と材料を工夫してるから普通のよりカロリーは抑えているから。」
神か!?と先ほど美月と一緒に収録に出ていた彼女達はショートケーキを食べながら彼を崇めた。そんな彼女達を見て微笑むと私もショートケーキをを口に運んだ。
口に入れると上品なクリームの甘さが口いっぱいに広がり幸せな気分になった。これは,本当にプロのレベルでは?と本気で考えてしまった。
先程,何故この学園の女子達は並んでまでこれを食べたいのかと考えたが,これはお店で並ぶよりこちらで並んだ方が十分に価値がある物だと理解した。
そして,隣では私と同じように幸せそうな顔で彼が作ったケーキを食べていた美月であったが,食べていたケーキを見て気になることがあったらしい。
「遙人君、クリームの材料,少し買えたのかな?」
「美月ちゃんにはわかっちゃうかな?実は産地を変えてみたんだ。あと……。」
楽しそうに話をする二人を見て美陽は未だに不思議に思うしかなかった。信じられないが,美月と彼は恋人同士だからだ。そのことを私が知ったのはちょうど彼に傘を置いて行った翌日,急に美月から紹介したい人がいるんだけど……と言われて彼を紹介された時はまさか妹に彼氏が!?と色々と驚いてしまった。
どうやら,彼は美月から私のことを聞いており,あの時に傘を貸してくれたのもそれが理由だったらしい。だが,美月はその傘の話をしたら彼を見て驚き,
『遙人君,お姉ちゃんが【男性恐怖症】って知ってたの!?』
『ううん,知らなかったよ?だけど,僕を見て挙動不審だったから何かあるんじゃないかなと思ってね。』
その話を聞いた時は私だけじゃなく一緒に居た葵や結衣も驚いていた。今まで私に好意を持つ男性は本当に碌な者がおらず,何かある度に事件を起こしそうになっており,未だに誠央学園には私を諦めない男子が一部いたりもするのだ。
それに比べて彼が取った行動は今まで出会った男性達とは行動パターンが違い,私の態度を見ただけで自ら接触を控えようと考えてくれたのだ。
「それにしても,美月の彼氏があんなタイプだったとは。」
「葵,それって神条君に失礼だよ?」
「むしろ,美月を褒めているのよ。見た目で判断せず,中身を見て選んでいるんだから。それにしても本当に美味しいわね,このケーキ。」
ケーキを食べていた葵は二人を見て正直な感想を言うと再びケーキに夢中になりだした。その言葉を聞くと美陽も同じように思ってしまった。何せ,美月と彼はどう見ても釣り合うような関係にはまず見えないのだ。
片方は【星稜学園の妖精姫】と言われる絶世の美少女で片方は前髪で顔を隠して如何にも内気な男の子と思えるような見た目をした陰キャ男子。はっきりと言ってしまえば,周りから釣り合ってないと言われてもおかくしない関係なのだ。
だが,星稜学園の学生達は二人を見てもまったくそう思っていないのだ。
むしろ……。
「お~い,遙人~。ケーキ以外って何あるんだ?」
「軽食でいいなら冷蔵庫にローストビーフを挟んだサンドイッチが……。」
「まじか?!お前等肉もあるらしいぞ!」
「「いつもごちになります!!!」」
「あはは……。たくさん作ったからあとで運動部に持って行ってもらっていいかな?各部活の部長さんには差し入れを持っていくって話は通しているから。」
男子達から普通に人気があるというか,美月のことを何も言われないのだ。
そして,女子はというと……。
「遙人君~,今度別のケーキも作って~。」
「う~ん,チーズケーキでいいなら。もしくはシュークリームとかも……。」
「「シュークリームでお願い!!」」
「それじゃ今度作っておくね。部長,材料の方ですけど……。」
今度は競売が終わった部長の所へ行き,女子達にお願いされたデザート作りで使う材料の話を確認しに行った。
「神条君って美月ちゃんと同じで人気者だよねぇ。皆から信頼されているというか……。」
「かといって使いっパシリされているようには見えないし。何者なの,彼?」
「う~ん,ちょっと変わっているのは確かかな?でも,優しいし気配りも出来るから私は遙人君のこと信頼しているよ。」
「美月,それって惚気かしら?」
自分の妹からまさか惚気話を聞くことになるとは思いも寄らず,美月は顔を赤くして違うよと否定した。しかし,それは星稜学園の中の話で合って今は状況が違ってきていたのだ。それは,美陽自身も気にしていることでもあった。
「誠央学園の男子からは何も言われてない?」
「う~ん,4,5回は告白されたかな?彼氏がいるって言ったらすぐに下がってくれたけど。」
「さすがに大丈夫なんじゃない?美月が美陽の妹っていうのはもう周知の事実だから誠央学園の男子もあなたに喧嘩を売ってまで近付く度胸はないわよ。あいつ等だけは除くけど……。」
私は苦い顔した。彼等がこちらに来て何かをしたという話はまだ何も聞いていないが,水面下では何か起こっているかもしれないからだ。だが,編入されてまだ1ヵ月ほどしか経ってないので彼等も色々と忙しくて動けないのではとも思った。
「そういえば,悠人君と翔琉君は?朝のHRから全然見てないけど?」
「二人は一緒に回っているはずよ。多分,運動部の方を見て回っているんじゃないかしら。誠央学園ではバスケ部に居たから。」
私は今ここに居ない腐れ縁の二人を思い浮かべると誠央学園の女子達にケーキと紅茶を振舞って大そう喜ばれていた遙人を見た。まさか,彼がその腐れ縁の 一人と双子の兄弟であると一体,この学園の学生達がそう思うだろうか?
おそらく,彼等からそう言われるまで誰も気付かないだろう。だが,それよりも私は彼等兄弟について気になることがあった。
「お姉ちゃん。その,
「ギクシャクしているわね。ユウも理由を話してくれないから困ったものよ。」
「喧嘩しているのかな?でも,悠人君は怒っているというよりも後ろめたさがある感じ出し,神条君は怒っているけど,何かおかしいことばかりだし……。」
結衣がそう言うと美月は自分の彼氏を見て不思議そうに思っていた。そして,私自身も妹の恋人と自分の腐れ縁である彼が何故ギクシャクした関係になっているか分からず,大きな溜息を吐くとカップに入った紅茶を全て飲み干した。
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