風呂癖

砂糖鹿目

風呂癖

バスルーム、我が魂の泉、我が身体の糧。

「バ•ス•ル•ー•ム」

口の中で圧縮された空気が放出される瞬間、それが空気と湿気と沈黙と雑音に満ち溢れた風呂場の雰囲気を思い出させ、連鎖的に風呂全体をし我が魂をもさせる。

正にバスルームという言葉は我が生命の息吹、創造主、目的、道標に他ならない。

私は風呂を愛している。

私は風呂場以外の場所でも常に風呂での動き方を頭の中でシュミレーションし、どうすればその動きに近づくことができるのか日々探求している。

例えばさっきコンビニ行った時、私はレジの前で思いっきり転んだ。

それはこの時が風呂で転ぶ時の状況(体内外を含めた湿気、温度、静けさ。どんな転び方なのか、どんな体勢なのか、どんな心境なのか、どんな原因なのか、どんなところが痛むのか、どんな記憶として残るのか、どんな経験として解釈するか、どんな人生を過ごすのか、どんな死後を迎えるのか、どんな真理に辿り着くか、どんな所に起源(期限)を見出すのか)とある程度マッチしたと思ったからだ。

店員とお客は驚いた様子で見下ろしていたが、私はそこに風呂を見出した。

「うーん、なるほど風呂に命を見出す男ですか、、、それはまた変な話ですな。一体どんな人生を送ってきたのか興味深い」


「彼は履歴上特に変わった所はありません、一見普通そうに見えますが違うんです。多分彼の行動理念と私達の行動理念は根本的に違っているのです、私達は生存の為に行動しますが、彼は風呂の為に行動しています。普通に見えるのは私達の理念と彼の理念がたまたま合っている様に見えているだけなのです」


「じゃあ、従来の精神分析では合いませんな。全く掴みどころがない」


「はい、多分彼は生きることより風呂が優先なんです」


「えーっとつまり、私達は生きる事を考えてから物事を連想するが、彼は風呂の事を考えてから物事を連想するのだな」


「まあ、正確には違いますがそう捉えてもらっても殆ど変わりないでしょう。彼は風呂を想像して行動しているにまだ過ぎません、だがしかしその想像力は実在をも上回る勢いの物なのです。つまり彼は風呂と生存の複雑な間にいるのです」


「えーっと、つまりは論理が感情を超えて考えることができない様に、風呂も生存を超えて考えることはできないが生存を風呂と解釈しようとしているということですかな?」


「そうです」


「バカな!そんなナンセンスな事が思いつくのか!感情に根本的でない論理(理由)を付けることなどできないはずだ!」


「それを可能にしようとしているのが彼です、彼が風呂を愛していると言っている内はまだ大丈夫だと思います。まだそれは愛ですからね」


「まあ、彼の監視を続けてくれどうなるか楽しみだ」


「はい、結果は後ほど」


後に彼が生存を風呂と解釈し、超越した存在になったことは想像に難くはないだろう。

彼は風呂場で動かなくなったかと思うとその場で何もせず過ごした。

数日後に死亡が確認された。

一体彼は風呂場で何をしていたのか?

最低でも生きているという感覚はなかっただろう、私達が生物学上生きていると定義できるのは定義は定義として解釈できるからだ。

つまり彼にとっては生きているとは別の状態、要するに風呂という状態になったのだ。

我々の定義の概念を超越し(彼にとってはこの言い方は正解ではないが我々はこの言い方でしか理解ができない)風呂になったのだ。

私は人間の頑固さに失望すると同時に彼から大切な事を教わった。

彼がこれから我々の息吹となり創造主となり目的となり道標になるのだろう。

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