第55話

「でも……ナタリーはハロルド様と……」

私が言い淀むと、


「それは本当に申し訳ないと思ったわ。我が子ながらどうしてこんなに阿呆なのかと。だから私も一度は覚悟したのよ。ナタリーとも上手くやっていきたいと。でも、ナタリーは私の事も馬鹿にした」

そうカミラ様はため息を吐きながら、首を振った。


「そんな事が……本当に申し訳……」

私が謝ろうとするのを、カミラ様は遮った。


「待って。貴女達はいつもナタリーの代わりに謝るでしょう?それがダメなの。ナタリー自身が反省して自分の言葉で謝らなければ。だからいつまでもナタリーは自分の欠点に気付けない。……なんて言っても、私も色々と失敗したからハロルドがあんな風な浮気者に育ってしまったのだけどね」

カミラ様は最後、自嘲気味に笑った。


「あの踊り子の女性を余興として呼んだのはカミラ様ですよね?」


「ええ、そうよ。ストーン家には申し訳ないことをしたけど、あの騒動がなければ、私はこんな思い切った事を出来ないと思って。貴女にも迷惑をかけたわ。ごめんなさい」


そう謝られても、許す事は難しい。この事で殿下やレナード様にまで迷惑をかけてしまった事実は変わらない。


「もっと他のやり方があったのではないですか?」

つい責めるような口調になってしまったが、それは仕方ないと思う。


「あの時は他の方法を思いつかなかったの。ラッセルをハロルドをナタリーを困らせてやりたかった。貴女の事を考えてあげられなかったのは本当に申し訳ないと思っているわ。ハロルドがあの踊り子に熱を上げている事が分かって……使えるとそう思ったの」


「ナタリーがあの女性の事を知っている事も?」


「フフ。宝石商を呼んだのはこの私。ハロルドの名であのネックレスを注文したの。ナタリーの性格なら、きちんと調べないだろうと思ったわ」


「じゃあ……ナタリーは勘違いを?」


「あのネックレスに関してはね。でもあの踊り子とハロルドが関係があったのは事実。私があの騒動を起こさなくても、遅かれ早かれバレていたでしょうね。ハロルドは意外と嘘が下手くそなの」



……驚いた。彼女のどこにそんな力が眠っていたのだろう。ネガティブな感情というものが、こんな風に彼女を変えてしまったのか。


カミラ様は続けて、


「でもね、貴女はハロルドと一緒にならなくて良かったのよ。だって今、貴女は幸せそうだもの。ハロルドと居た時よりずっと」

とカミラ様は笑顔でそう言った。


「あ、ありがとうございます」

何となくお礼を言ってしまった私にカミラ様はクスッと笑う。


私はそのカミラ様に逆に質問した。


「カミラ様は自由になって……幸せですか?」

と。


カミラ様は


「幸せよ。自由って素敵ね」

と綺麗に笑った。


カミラ様の背中を見送ってから、私達は屋敷へと帰ってきた。


「……ハロルド様にお知らせしますか?」

とバーバラに尋ねられ、私は横に首を振った。


「もうナタリーも離縁されたのなら、パトリック伯爵家とは縁が切れているもの。それに、あんなカミラ様を見ては……」


私はカミラ様の言葉を思い出していた。

『エリン、女の幸せを男に委ねてはダメよ。自分で幸せを掴まなきゃ』


そう言ったカミラ様は今までのカミラ様とは全く違った。本当に幸せそうだった。今からカミラ様がどうやって生きていくのかは分からないけれど、私にはそれを邪魔する権利はないと思う。


「でも……前パトリック伯爵が寝込んでいる事は言わなくても良かったのでしょうか?」


「それを言って……カミラ様はどう思われるかしら?私には……パトリック伯爵家に戻るとは思えなかったの」


「そうですね……」


私とバーバラはそれ以上何も言えなくなってしまった。ここで二人であーでもない、こーでもないと話たところで、カミラ様の気持ちはカミラ様だけのものだ。誰かに従う人生を彼女はもう選ばないだろう。


夜レナード様にカミラ様の事を話したが、私と同じ意見のようだった。

まぁ、それよりもうパトリック伯爵家に関わるなと言いたい様だ。


「もう君はパトリック伯爵家とは関係なくなった。ハロルドとやらとはきっぱり縁が切れたんだから、もう気にするな」

とレナード様は何故かほんの少し笑顔でそう言った。



数日後兄からお詫びの様な報告の様な、何とも言えない手紙が届いた。




『エリン、報告が遅れてすまない。ミネルバとは無事婚姻証明書を提出して、晴れて夫婦となった。

結婚式はストーン伯爵領で行う予定だが、ちょっと色々と事情があって来月になりそうだ。急ですまながよろしく頼む。また改めて日取りが決まったら今度こそ、直ぐに連絡する。

父上は最近、上半身を起こせるまでになった。それに腕も動くんだ。言葉こそ話せないが、短い文なら筆談で会話も可能になった。まぁ、ミミズが這った様な字だから、母上しか解読できないが。あ、言い忘れていたが、ナタリーが離縁されて戻って来た。だが、安心しろ。ちゃんと考えている』


私はこの手紙を読んで突っ込み所が多すぎて、目眩がした。

まず、挙式前に結婚するなんて聞いていない。それに式は王都で行うと言っていた筈だ。なんだ色々な事情って。それを教えて欲しい。

それより、私が一番尋ねたかったのはナタリーの事だ。なのに、ナタリーについての記述は二行。たった二行。しかも何故教えてくれなかったのかの答えもない。


まぁ、この手紙で分かったのは兄が結婚した事と、父の具合が良い事だ。……私はさっそくミネルバに手紙を書こうと心に決めた。

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