第56話

ありがたい事にミネルバからの返事には、私の知りたい事の全てが詰まっていた。



「これはまた……驚きだな」

私がミネルバからの手紙をレナード様に見せると、レナード様は目を丸くしながら、ミネルバの几帳面な文字を目で追っていた。


「はい。慌てて結婚した理由はミネルバの妊娠……の様です」


ミネルバからの手紙には『あまり大きな声で言える事ではないんだけど……』と妊娠の事を書いてあった。順番をうるさく言う人もいるだろうから……と結婚を急いだのだそうだ。同じく結婚式もそうだ。せっかくのドレスが着られなくなる前に……と急遽来月にしたのだと書いてあった。


最近は領地と王都を行ったり来たりしていたのだが、ミネルバはもう、一人領地に越したらしい。

領地との往復が体の負担にならないうちにというミネルバの気持ちはとても理解出来る。


「兄の事は……まぁ、手が早いとしか言えませんが、おめでたい事なので、正直嬉しいです。しかし、ナタリーの事が……」


「あぁ。この家は元々ストーン伯爵家と繋がりが?」


「いえ。初めて聞きました。でもミネルバ曰く、今後共同事業を始めるとか。兄がここまで家の為の縁談に拘るとは思っていませんでした。ナタリーはこの縁談に納得はいっていない様ですが……レナード様はこちらの方をご存知ですか?」


「まぁ……な。確か歳が……五十を過ぎていたような。男爵だが、商会を営んでいてある程度金はある……結構野心家だった覚えがあるな。

男爵領はストーン伯爵領と割と近くて、確か山の麓の小さな領だ」


「五十過ぎ……。後妻とは書いていましたが、そんなに歳上だとは。下手をすれば父より歳上かも。

ミネルバも書いていますが、兄はナタリーを許しておらず、これ以上ストーン家に迷惑をかけるなら、修道院行きも視野に入れていたそうです。その二択で……」


「ナタリーが嫌がる方を選んだ……か。ジュードは本当に妹君を許していない様だ」


そう言うとレナード様は私へ手紙を寄越した。


ミネルバの手紙にはこうも書いてあった。母も、もうナタリーについては兄の方針に従い口を出さないと。

ハロルドとの結婚式での出来事で、流石の母もナタリーを更生する事は諦めた様だった。自分達がナタリーを甘やかしたせいだから……と。

今の当主は兄だ。ハロルドとのあれこれでナタリーがストーン家に損害を与えたのは間違いない。


「せめて、最後にストーン家の役に立て……という事らしいですが……かえってご迷惑になりませんかね。ナタリーを……その……妻として迎えるのは」


私は思わずナタリーの再婚相手である、ボーエン男爵に少し同情してしまった。


兄とミネルバの結婚式はとてもアットホームでこじんまりしたものだった。


しかしお互いの家族と、ストーン伯爵領の屋敷で働く使用人たちに囲まれて、二人はとても幸せそうだった。……そして、その笑顔の輪の中にナタリーの姿は無かった。


「ナタリーはもうボーエン男爵家に?」


「ええ。ジュードがあちらの気が変わらぬ内にと」

と母は少しだけ寂しそうな顔をした。


「ナタリーはパトリック伯爵家の家政を全くしていなかったのでしょう?ボーエン男爵はそれで大丈夫だと?」

私は心配していた事を尋ねた。


「実は男爵のお姉様という方がいらっしゃるの。その方が今までも家政を一手に引き受けていらっしゃったらしいから、ナタリーは何もしなくて良いと」


「何もしなくて良い……」

私は母の言葉を繰り返しながら、そんなうまい話があるのだろうか?と考えていた。



結婚式が終わり、私達は領地に戻って来た。


何だかここ最近、ずっと結婚式に出席している気がする。自分の結婚式も含めて。


「これでやっと落ち着くか」

レナード様も同じことを思っていた様だ。


ナタリーの離縁の事を私に知らせなかったのも、ハリソン様の結婚式に水を差したくなかったからだと兄も言っていたっけ。


ナタリーの事が気になるが、兄からは里心がつくから、手紙など送らぬ様にと釘を刺されている。



ただ、兄とミネルバが領地へと移り住んだ事により、父と母だけが王都に残る事になった。


ナタリーがハロルドと結婚したのなら、ナタリーも王都に居るし……と、どこか安心していたのだが、母が大変なのではないかと、気になってしまう。だが、私が王都に行くと言うと必ず付いてくると言う人がいるので、気軽に王都に行く事は憚られた。


お義父様の怪我もすっかり良くなり、またもや釣りに勤しんでいる様だ。


そうこうしている間に、ハロルドがある令嬢と結婚したと風の噂で聞いた。その令嬢というのが、あの元踊り子だと言うのを聞いた時には、本当に驚いた。パトリック前伯爵がお元気だったら、間違いなく反対していた事だろう。

しかし、彼女は貴族だったのだろうか?あの名前にはファミリーネームが付いていたが、芸名だと聞いた。

王都から遠く離れたこの地で私が考えても分かることではないのだろうが。


そうこうしている間に、社交シーズンになった。クレイグ辺境伯夫人となって、初めての夜会に私は緊張していた。

レナード様も何故か緊張している。


「今まで、騎士団が忙しいと言い訳して逃げていたからな……」

レナード様は社交が苦手で、今まで夜会は避けていたと言っていた。久しぶりの夜会に緊張している様だ。


「ですから、私一人でも良いですよ……と言いましたのに」

会場に入る前、名前を呼ばれるのを待っている私がレナード様にそう言うと、


「一人なんて、絶対にダメだ!」

と力強く否定された。



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