第53話

セルに付いて行くと、少しずつ見慣れた景色が広がってきた様に思えた。……勘違いではなさそうだ。セルはやはり私達の道案内をしてくれているようで、私はセルの賢さに驚きを隠せなかった。



しばらく行くと、急にセルが立ち止まって耳をピクピクと揺らす。私とユラも合わせて立ち止まると、風の音の中に誰かの声が混じって聞こえた様な気がした。


セルはチラリと私達を振り返ると、サッと横道へと走り去った。私はその行動に驚き、


「セル?!」

と名を呼ぶも、セルの姿は直ぐ様見えなくなった。追いかけようかとしたその時、遠くから


「エリン!!エリン何処だ?!何処にいる?!!」

という声がはっきりと聞こえた。


「レナード様?レナード様!!!こっちです!!」

その聞き覚えのある声に、私はありったけの大きな声で答えた。


レナード様とレナード様の馬のシドが砂埃を上げながらこちらに近づいて来た。

私の姿を見つけると、レナード様はヒラリと馬から降りる。

私もそれを見て、急いでユラの背から降りてレナード様へと駆け寄った。


レナード様も私に走り寄ると思いっきり私を抱きしめた。


「どうしてここに?」

「どうしてこんな所に?!」

私とレナード様の声が重なり、思わず笑顔になってしまった。


私は改めて、


「レナード様おかえりなさい」

と更にぎゅっと抱きついた。


「あぁ……いや、それより何故こんな所に?ここは帰り道から少し外れているだろう?」

そう尋ねるレナード様に私は先ほどの熊に遭遇した所から話をした。


「だ、大丈夫だったのか?怪我は?」

青ざめて私の体をペタペタと触りながら異常がないかと確認するレナード様はとても焦っている様子だ。


「言ったようにセルが助けてくれましたから。でもレナード様の声を聞いたからか、安心して何処かへ行ってしまいました」


「森に帰ったんだろう。セルには何か褒美をやらねばな」


「でも……何故セルはこんな所まで……。森からは随分と離れていますのに」

私が首を傾げると、


「あいつにはクレイグ辺境伯家の『宝』を守るように言ってある。セルは俺の宝物を良く理解している様だ」

そう言ってレナード様は私の頬を撫でた。


暗に私の事を宝物だと言ってくれるレナード様に思わず照れて頬が赤くなる。でもとても嬉しい。

私は気持ちが温かくなるのを感じた。


恥ずかしさを誤魔化すように、少し咳払いをした後、私はレナード様に尋ねた。


「レナード様はどうして此処に?」


「屋敷に戻ったら、エリンは父の所へ行ったというじゃないか。せっかく騎士団にも寄らず真っ直ぐ屋敷に帰ったというのに。

待っておく時間も勿体なくて急いで父の別宅へと向かったらもうエリンは出発したと言うだろう?だが、俺は道すがらエリンとすれ違わなかった。途端に心配になって探し回っていたんだ」


……お義父様のお見舞いは?そう思ったが今は言わないでおこう。



レナード様は翌日、良い肉をセルへの褒美として森へ持って行った。


皆が私に『もう一人で馬に乗るのはダメだ』と口を揃えて言うので、あの熊はたまたまだと反論したい気持ちを抑えて私は頷くしか無かった。心配をかけたのは本当だ。ここは素直に聞いておこう。


それから数週間が経ち、ハリソン様の結婚式が盛大に行われた。

ミューレ様は質素で良いと言っていたらしいのだが、ハリソン様がミューレ様を着飾らせたかったらしく、ミューレ様はまるで着せ替え人形の様に五回も衣装替えをした。


彼女が後でこっそりと『疲れたわ』と私に耳打ちをしてくれたが、それでもとても幸せそうに笑っていたのを見て私も笑顔になった。


幸せのお裾分けというのはこういう事を言うのだろう。この場が幸せで溢れれば溢れる程、少し前のナタリーの結婚式が思い出されて、心の奥がキュッとなる。



「良い結婚式でしたね。お義父様も随分と良くなられて……安心しました」


少し疲労した体を長椅子に投げ出す様に腰掛けたレナード様にそう私は話しかけた。


「そうだな。だが慣れない事をするのはやはり疲れる。剣を振るっている方がずっと楽だ」


「ふふふ。そんなものですか?」


「だが……兄が幸せそうで何よりだ」

レナード様はそう言って嬉しそうに微笑んだ。

随分とレナード様の表情は柔らかくなった。

最近は皆からそう言われてレナード様は満更でもなさそうだ。


そんな風に二人で過ごしていると、控え目なノックの音が聞こえた。


声を掛けると、申し訳なさそうなバーバラが顔を覗かせる。


「あら?バーバラどうしたの?」


「あ……あの……すみません。実はさっき私の弟からの手紙が届きまして。あ!別に家族の誰かに何かあったわけではなく、トミーと結婚を考えている事を報告しようと私が手紙を書いたので、その返事が届いた訳なのですが……」


バーバラは何とも歯切れの悪い感じで俯いた。



「バーバラ?何が言いたいの?貴女らしくないじゃない」


バーバラは物事をはっきりと言うタイプだ。私が不思議に思っていると、


「こんなめでたい日に言うのは憚られたのですが……。ナタリー様が離縁されたそうです」


バーバラが決心した様に言ったその言葉に私は驚いて固まってしまった。

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