第45話
「とにかく。私はハロルドとの結婚は辞めるわ!」
「無理よ。貴女……ハロルド様に体を許したのでしょう?あの時……貴女が侍女に怪我をさせたからと向こうから婚約解消の申し出があった時、貴女がそれを皆の前で告白したのでしょう?貴女が純潔でなくなった事は皆が知るところになってるのよ?そんなの無理に決まっているでしょう?」
私の言葉にナタリーはグッと言葉に詰まった。
ハロルドの浮気疑惑に、頭に血が上って家を飛び出したのかもしれないが、そこを無視してこの結婚を無かった事になど出来ない。
私はナタリーの返事を待たずに
「いい?良く聞いてね。貴女がこの結婚をどうしても嫌だと言うなら、ストーン伯爵家と縁を切ってから家を出て行きなさい。貴族は家の繁栄を願って縁談を決めるのよ?貴女のわがままでストーン家に泥を塗る事は許されない」
そう念を押した。
しかしナタリーは私を睨んで、
「お姉様のせいよ!!お姉様がハロルドと婚約なんてするからこんな事になったの!」
と叫んだ。
???
私の頭の中は疑問符だらけだ。
「貴女の言ってる意味が分からないのだけれど」
「だって……ハロルドって美丈夫で有名だったのに、冴えないお姉様なんかと婚約するって言うんだもの。私の方がお姉様より数倍可愛いのに、何で?!って思っちゃうじゃない」
「……………」
こんなにはっきりと悪口を言われるなんて……昨日から思っていたけど、私、ナタリーに嫌われてるの?
私の隣のバーバラも口をあんぐりと開けている。分かる。分かるわ……私も何も言えないもの。
「でもお姉様って不思議とモテるのよね。地味なくせに。良妻賢母?って言うの?お姉様と結婚すると幸せになれそうとか、何とか言っちゃって。子どもの頃から、男の子に人気があったのよね。本当に不思議だった」
「……私、モテた覚えなんかないわ。男の子に囲まれていたのは貴女でしょう?」
「お姉様ってお高くとまってたから。でも、結局は皆、私が好意を見せればホイホイと私に乗り換えてたけど。まぁ、男なんて単純だもの。自分を好きだと言ってくれる女が好きなんだし」
「何でそんな事を……?」
ナタリーの言葉をそのまま受け取るなら、私に好意的だった男性を誘惑していた……という風に聞こえるのだけど……?
「だって……私、お姉様が嫌いだもの。ずっと、子どもの頃から。真面目ぶってて、私の事をいつも馬鹿にして見下してたでしょう?
大して可愛くもないくせに、高嶺の花みたいに扱われちゃって。だから、お姉様に好意を持つ男性はぜーんぶ私が獲っちゃおうと思って。私が色目を使えば、結局皆鼻の下を伸ばして、私に愛を囁いて来たの。それを見ると本当にスカッとしたわ。その中で一番良かったのが、ハロルドだった筈なのに……。私みたいに可愛い婚約者がいながら、浮気するなんて……本当に最低!あ~あ、失敗しちゃった」
ナタリーはそう言ってふくれっ面をしてみせた。
そんな顔もいつもなら可愛く見えるはずなのに、今の私には恐ろしいものに思えてならなかった。
その後の馬車の中は居た堪れない程の重たい空気に支配されていた。
ナタリーは『レナード様を返してよ。本当は私のモノなんだから』と一言最後に捨て台詞を吐いた後は黙って外を眺めていた。
私は正直衝撃を受けていた。
仲の良い姉妹ではないと分かってはいたが、ここまでナタリーに嫌われていたとは。
ナタリーも私に対してコンプレックスを感じていたという事なのか……。だが、この前レナード様が言ってくれた様に私の出来が良いように思えるのならば、それは私の努力の上に成り立っている。
結局ナタリーはあの時にレナード様に言われた事を少しも理解しようとしていなかったという事の様だ。
隣のバーバラもこの重たい空気に押しつぶされそうになっている様で、気を紛らわす為か、レース編みの手を黙々と動かしていた。
学園で私に話しかける男性など一人も居なかった。もちろん婚約者が居たので、そんなものだと気にしたこともなかったが、さっきの話でナタリーがそうさせていたのかもしれない……そう思った。そこまでしてでも私に惨めな思いをさせたかったのだろうか?血が繋がった姉妹だというのに、悲しいことだ。
宿屋ではナタリーの周りをぎっちりと護衛が取り囲んでいる。
「いい加減にしてよ!息が詰まるわ!!」
「逃げ出さない為に必要な事よ」
「もう逃げないわよ!辺境伯領に行くまでに全部お金使っちゃったんだもの!」
「貴女を信用する事は出来ないわ」
押し問答になったとて、私にはナタリーを実家まで送り届ける義務がある。兄のあの手紙……兄がナタリーに怒っているのは間違いない。
そうして私達三人は何とも言えない王都までの旅路を終え、ナタリーを無事(?)実家へと送り届けた。
王都にあるクレイグ辺境伯邸に向かおうとする私に、
「今日ぐらい泊まっていったら良いじゃない」
と母が声を掛ける。
「……やめておくわ。ナタリーの顔をこれ以上見ておくのは疲れるもの」
苦笑する私に『それもそうね』と母も苦笑いだ。
まぁ、ナタリーも私の顔などもう見たくない筈だし……。
父は相変わらず寝たきりであったが、顔色は前よりも良くなっている様に見えた。私が顔を出すとぎこちないが笑顔を見せてくれたので、私はホッとした。
「エリン、ありがとうな」
玄関ホールに居た私に兄がやって来て声を掛けてきた。
さっきまで、随分とナタリーに説教をしていた様だ。
「まぁ……うちに来てくれて良かったわ」
「しかし、何故お前の所に?」
「うーん……。レナード様に乗り換えたかったらしいわよ?」
そう言った私に兄は眉を顰めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます