第46話
「ナタリーはお前の嫌がる事をしたいんだよ」
兄の言葉に、
「そのようね。大嫌いだと言われたわ。私、ナタリーに嫌われる様な事、何かしたかしら?」
私は首を傾げた。
「お前は別に何にも。強いていうなら真面目にコツコツ勉強して、両親に迷惑をかけない様に頑張っていただけだ。姉だからと色々と我慢する事も多かったしな。……そこは僕にも心当たりがある。僕は逃げ出したがお前は逃げなかった」
と兄は苦笑するが、それが全ての発端であるのだから、笑い事ではない。……まぁ、そのお陰で私はレナード様と結婚出来たのだからそれは感謝しているが。
「ナタリーはお前が『何もしていない』と思ってるんだよ。見てない事は無かった事になってるんだ。ナタリーは可愛かったから、チヤホヤされていたが、周りから褒められるのは結局お前だったから。だから『何にもしていないくせに褒められるエリン』が嫌いだったんだろ」
「お兄様……ナタリーが私を嫌っていた事、知っていたのね」
「あぁ。まぁ、子どもの頃だけの話かと思っていたんだ。まさか、こんな歳までそれを引きずっているとは思ってなかった。案外しつこいな、ナタリーも」
と、また兄は笑う。今度こそ、私は笑い事じゃないのに……と口を尖らせた。
「悪い、悪い。とにかく!あいつの事はハロルドに押し付けるさ。もう僕の手には負えないからな。あと少しの辛抱だ」
大袈裟に肩を竦める兄に、
「無事に結婚式が終わる事を祈ってるわ」
「あぁ。僕もだ。ナタリーを嫁にやらないと、僕がおちおちと結婚出来ない」
「そうね。ミネルバをあまり待たせすぎないでよ?また婚約者に逃げられるのはみっともないわ」
私がそう言って笑えば、
「違いない。今度こそ逃げられない様にしっかりと捕まえておくよ。……エリン、お前は今まで本当に頑張ってくれた。もう安心してレナード様に幸せにしてもらえよ」
と兄は私の頭をポンポンと軽く撫でた。
その日の夜遅く、レナード様が王都へとやって来た。
「エリン!会いたかった!!」
と私を抱き締めようとするレナード様に、
「旦那様!せめてお着替えをされてからにして下さい!」
とバーバラが割って入った。
「バ、バーバラ……」
埃だらけの自分の姿を見下ろしながら、後退るレナード様に笑いが溢れる。
「レナード様、先に湯浴みをされてはいかがです?お腹は減っていませんか?」
「あ……あぁ。そうしよう。そうだな、もう夜も遅いから軽めに食べるとしよう。……エ、エリン…その……俺の食事が終わるまで……」
モジモジするレナード様に、
「私もレナード様とご一緒しても?夕食はたくさん頂いたのですが、喉が渇きました」
と私が微笑めば、レナード様も嬉しそうに口角を上げた。
「浮気……」
私が今回、ナタリーが家出に至った経緯を話すと、レナード様はナイフを握る手を止めた。
「確定ではありませんが、ナタリーが言うには。ただ……私も実は……」
私は花屋で見た光景をレナード様にも説明すると、
「なるほど。エリンは二人がとても仲睦まじく見えたと言うんだな」
「はい。もちろん二人の関係がどうであるのかは分かりませんが、少なくとも親しい様子は窺えました。花束を贈られていた女性がそのネックレスの女性と同一人物かは分かりませんが」
「イライザ・コーエンかぁ……俺も聞いた事がない」
とレナード様も首を捻る。すると、
「あの……お話中、口を挟んで申し訳ありません……」
と給仕についていたメイドからおずおずとした声が掛かる。
「ん?何かしら?」
「先ほど旦那様が仰いました『イライザ・コーエン』という名前ですが……」
メイドは少し言いにくそうに話始めた。
「その女性に心当たりが?」
「あ、はい。多分なんですけど王都では最近話題の踊り子の方がそんな名前だったかと……」
「「踊り子?!」」
思わず私とレナード様との声がハモる。
「あ!私が直接知っている訳ではないんですが、私の主人が商会勤めで、顧客の方に誘われて何度か彼女が踊っているお店に行った事がありまして……色っぽくて美しい女性だと聞いたことがあります。その顧客の方が随分と……その、言葉は悪いのですが入れ込んでいるようでして、その様子を主人も心配しておりました」
「それはどんなお店なの?」
私は少し前のめりになって、質問する。
「踊り子の方々の舞台を鑑賞しながらお酒が飲めるお店です。王都では最近その様なお店が増えてきたんです。でも……貴族の方が行く様なお店ではないんですよね。どちらかと言うと、裕福な平民向けと言いますか……」
とメイドは首を傾げた。
「ハロルド様はどこでその踊り子の女性と知り合ったのでしょうか?」
寝室でレナード様とまた、イライザ・コーエンという女性の話になった。
「さぁ……。俺はその手の店には疎いしなぁ。ジュード殿は?」
「お兄様もそういうお店には……」
「どうする?明後日は結婚式だ。その前にその踊り子に会いに行ってみるか?」
そう言いながらもレナード様の顔は険しい。
「?レナード様、何か気に入らない事でも?」
「気に入らない。君がいつまでもハロルド殿の事を気にしている様で、全く気に入らん」
レナード様はそう言って腕を組んだ。
「正直その女性の事は気になりますが、今更私が会った所で、明後日の結婚式が取りやめになるわけではありません。ここは静観する事にいたします」
私がそう言うとレナード様が寝台に腰掛けたまま、私に向かって両手を広げた。
私はその腕に引き寄せられる様にふわりとその腕に飛び込んだ。レナード様はそのまま私を膝の上に乗せる。
「まぁ……結婚前に遊ぶ男も居る」
「あら?まさかそれはご自分の事ではないですよね?」
「当たり前だ。俺は結婚前も女に無縁だった。それに俺には君が居ればそれで良い」
そう言ったレナード様は私を抱きしめる。
「さっきはバーバラに邪魔されたからな。今から思う存分君を堪能させてもらおう」
「馬で二日で駆けてきたのに疲れていませんの?」
「君に会えたら、疲れなんて吹っ飛んだ」
そう言うレナード様につい笑みが溢れてしまった。
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