第41話


「エリンの努力を知らずに物を言うな」

レナード様のその静かな声には怒りが込められていた。


「たった数週間一緒に居ただけでしょう?お姉様の何が分かるの?

お姉様はそうやって、さも自分が『一生懸命やってます』っていう風に振る舞うのが得意なのよ。本当は最初から何でも出来るの。不器用なフリをしているだけ。お義兄様も騙されてるのよ」


ナタリーの言い分に私は固まってしまった。本気?ナタリーは本気で……ずっと私の事をそういう目で見てたって事?

私は唖然として何も言えないでいた。悲しい……のとも少し違う。彼女が私をそういう『ズルい』人間なのだと思っていた事に驚きを隠せない。



その言葉を聞いたレナード様は少し顔を顰めると、


「君は……可哀想な人間だな。自分以外の人間がどのように考え、どのように生きているのか想像すら出来ないのか」

と憐れむようにそう言った。


「は?それぐらい想像出来るわよ!」


「そうだろうか?俺も自慢ではないが昔から『器用な奴だ』と言われてきた。確かに要領は良かっただろうし、体格にも恵まれた。だが、それを天性のものだと褒める奴は、俺が毎日剣を振っている事も、辛い訓練に耐えている事も、全て無視だ。その事を無視した上で羨んでくるのだ。賛辞はありがたく受け取っておくが、想像力に乏しい者だと思わざるを得ない」


レナード様の言葉を聞いて、ハリソン様が辛そうな顔をした。……きっと、自分にも思い当たる節があったのだろう。それは、私も同じだ。羨むばかりで、想像出来なかった……。


レナード様の言葉は続く


「エリンがご両親に褒められているのは、エリンの努力をご両親が知っているからだ。

数週間しか一緒にいなかった俺が気づいて、君が気づかなかった理由は君がエリンをきちんと見ていないからだ。エリンの努力を無視しているからだ。

そうやって自分以外の者は神から何か見えない力で得をしていると思い込んで、自分の怠慢を正当化したいからだ」

きっぱりと言ったレナード様にナタリーは何も言えずに真っ赤な顔をして黙り込んだ。


そしてナプキンを叩きつけて、離席しようとするナタリーに


「ナタリー!急に訪ねて来た貴女の為に、急いで食事を用意してくれた使用人にも、そして私達の為に命を捧げてくれた動物達にも失礼よ。座って最後まで食べなさい」

そう私が声を掛けると、ナタリーは渋々といった風にもう一度席に座り直して、今度は黙って続きを食べ始めた。


かなり重苦しい雰囲気で私達は夕食を終える事になった。



食事が終わり、お義父様が席を立つ。食堂を去る間際私がそっと側に行き、不躾な行動を謝罪すると、


「気にするな。十分楽しませて貰ったよ。ハリソンだって今はまともに食事しているが、何度も君の前で無作法な真似をした。それが親の責任だと言うなら、私も反省しなくちゃならん。お互い様だ。

……それに、レナードがあんなにたくさん話すのを初めて聞いた。あいつの気持ちもな。レナードを変えたのは、エリン、君だよ。いや……レナードは君の為なら変われると言う事だろう。良い傾向だ」

と朗らかに笑って、許してくれた。


その後バーバラが直ぐにやって来て、ナタリーに、


「客間の用意が出来ました。湯浴みの準備も出来ましたので案内いたしましょうね」

と優しくナタリーに話しかけるも、ナタリーはガシャンと食器が音を立てる程激しくテーブルに手をつくと、ツカツカと食堂を出て行った。

バーバラが軽く私達に頭を下げてから、ナタリーを追いかける。……後でバーバラにも礼を言っておかなくちゃ……と私は心に決めた。




「ごめんなさい、私が煽ってしまったせいで……」

二人が食堂から退席した後、残された私達四人は何となくその場に留まり、お茶を飲んでいた。


沈黙を破ったのはミューレ様のそんな謝罪だった。


私は首をゆっくりと横に振った。


「いいえ。正直あんな風にナタリーに面と向かって言った人は初めてでしたから、……ちょっぴりスカッとしました」


ミューレ様には私がハロルドと婚約解消した経緯を仲良くなってから話した。彼女が自分の事のように怒ってくれた事が私には嬉しかった。


次にハリソン様が


「レナード……すまなかった。お前の努力を無視して羨んでいたのは……僕だ。お前は何もしなくても優秀なのだと思い込む事で、自分が劣っている事の言い訳にしていた。本当にすまなかった」

と頭を下げた。


「兄上……。貴方だけじゃない。多くの人がそう俺を評した。あの言葉は貴方に向けた言葉ではない」


「それでも……その大勢の中に自分は居た」

素直にそう告げたハリソン様の手を握ったのはミューレ様だ。


「自分の過ちを素直に認めることはとても勇気が必要です。貴方は勇敢だわ」


「ミューレ……」


二人は見つめ合う。私は思わず咳払いをした。すっかり二人の世界に浸ってしまいそうなハリソン様とミューレ様。放っておけば口づけでもし始めかねない。


「ゴホン。それを言うなら私も同罪です。私もナタリーを羨んだ。彼女だって、あの天真爛漫さには努力を……」


「「「それは違う!」」」

私がそう言い始めると、三人は揃ってそれを否定した。


「努力などではない……あれは生まれ持ったもので間違いない」

「そうですわ!エリン様、そこをごっちゃにしてはなりません」

「エリン……あれに努力は必要ないよ」


三人からそう言われ


「そう……ですか?」

と私は頷く他なかった。



「バーバラ、ナタリーはどうしてる?」


私は湯浴みの後、バーバラに髪を乾かして貰いながら彼女に尋ねた。


「随分と不機嫌でした。……正論を言われて何も言えなくなった様ですが……」


「少しはレナード様の言葉が響いてくれているかしら?」


「どうですかねぇ……なんといってもナタリー様ですから」

とバーバラは眉を顰めた。


「ところで、さっきのお話ですけど、明日王都に発たれるのですか?」


「そのつもりなのだけど、レナード様も一緒に来ると言っているのよ……そんな急に騎士団の方を離れるのは難しいと思うわ」


「でも、これ以上こちらにナタリー様を置いておいても……結婚式に間に合わなくなってしまっては本末転倒ですし」


「そうなの。それにまた逃げられても困るし」


一応、門番にはくれぐれもナタリーを通すなと言ってある。今日はもう遅い。今晩は大丈夫だろうが、明日の朝にでも逃げられると困る……とはいえ、好きでもない姉の所に来るぐらいだ。

他にナタリーに行くあてなどないことは分かっているつもりだ。

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