第40話

そんな話をしていると、執事が早歩きで食堂に入って来て、お義父様にそっと耳うちをした。

お義父様の視線が私の方へと注がれる。……嫌な予感……。


「何か……」

私が口を開きかけた時、


「ちょっと!!早く呼んできてよ!!」

と玄関ホールの方から大声で叫ぶ女性の声が聞こえた。しかも……その声に聞き覚えがある私は、


「……ナタリーが来たんですね……」

とその声の主の名前を口にした。


「ああ、そのようだ。……君に会いたいそうだよ。エリン、どうするかい?このまま追い返すより、ここに留まらせて兄上に連絡を差し上げた方が良いのではないか?」


「そうさせていただけると助かります。こちらにご迷惑でなければ、今日は此方に泊めてもよろしいでしょうか?」

私が申し訳なさそうにすれば、お義父様は


「今日と言わずにいつまででも……と言いたいが結婚式まではもう一週間を切っているのだったな」

と顎をさすった。


「そうなんです……。私が王都に行く予定日より少し早いですが、明日には王都に向かう馬車で一緒に連れ帰ります」

と言う私の言葉に、


「!!では、俺も一緒に行こう」

とレナード様は慌てるのだった。



食事を中座する事を皆に詫びて、私は執事と共に玄関ホールへと向かう。私の少し前を歩く執事の背中に、


「客間を用意して貰えるかしら?」

と声を掛けると、


「既に手配済みです。ご安心下さい」

という答えが返ってきて、私は何だか申し訳ない気分になった。

こんな時間に訪ねてくるなんて……相変わらずのナタリーの常識の無さに頭が痛くなった。


「お姉様!!遅いわ!随分待ったじゃない!」

私の顔を見た途端にそう喚くナタリーにますます頭が痛くなる。


「ナタリー……。貴女どうして此処へ?もう五日後には結婚式でしょう?」

ナタリーの不満に答えるつもりはない。それよりも何故此処に居るのかをまず訊きたい。



「私、結婚辞めるわ!」

……また意味不明な事を……。


「何を言ってるの。そんな事許される訳ないでしょう?」


「嫌よ!私はハロルドとは結婚しないから!!それより、私、お腹すいちゃった!!今日は朝から何も食べてないのよ」

とわざとらしくお腹を擦るナタリーに、ため息しか出てこない。


そのやり取りを見ていた執事が


「此処で立ち話もなんですから、奥様、夕食をご一緒していただいては?直ぐに準備させますので」

と私に微笑んだ。……あぁ、ますます申し訳ない。


「へぇ~やっぱり辺境って田舎なだけあって肉とか魚とか美味しいんだぁ~」


テーブルマナーは一応出来ている。出来てはいるが、食事中の会話のマナーが全然だ。


「ナタリー……語尾をあまり伸ばさないで。それにその言い方は失礼にも当たるわ」


「え?!褒めてるのに?」


私はチラリとお義父様の方に視線を向けて、目だけで謝罪する。お義父様は小さく片手で『まぁまぁ』といった風に手を振ると私にウィンクしてみせた。


「口に合ったようで何よりだ」

と言うお義父様に、


ウンウンと頷くだけのナタリーに目眩がした。

ダメだ……そりゃパトリック伯爵に嫌われる筈だ。パトリック伯爵家でマナーや仕来りを学んでいたのではないのか……いやいや、これはうちの実家のせいだ。うるさく言うと癇癪を起こすナタリーを放っておいた私達の罪だ。

……後でお義父様に謝ろう……私がそう心に決めていると、


「うふふふふふ」

と控えめな笑い声が聞こえた。私はその笑い声の主、ミューレ様に目を向ける。

ミューレ様は堪えきれないといった風に笑みをこぼすと、


「ナタリー様はもうすぐご結婚とお聞きしていたのですけど……ご年齢は十歳程でしたかしら?」

と首をコテンと傾げてナタリーを見た。


「な!私は十七歳です!失礼な!」

少しムキになって反論するナタリーにミューレ様は目を丸くした。


「まぁ!!十七歳でしたの……ごめんなさい。十歳なら、その振る舞いも許されるでしょうけど……まさか十七歳だったとは。失礼しました」

謝罪の言葉とは裏腹な微笑みをたたえたミューレ様は、


「エリン様、ナタリー様がご結婚を取りやめるのはご賢明な判断だと私は思いますわ。体だけ成長しましても……ねぇ」

と私にそう語りかけた。


「ちょ!ちょっと!それどういう意味よ!」

とテーブルにバンと手をつき立ち上がったナタリーに、私が


「ナタリー!」

と声を掛ける前に、


「そういう所です。お姉様の婚家に来ての振る舞いとして、それが正しいと思っていますの?

私はエリン様と貴女が姉妹だという事にも信じられない思いです。エリン様は淑女としての振る舞いが完璧でいらっしゃいますのに、同じ姉妹でもこうも違うものかと」

とミューレ様はナタリーに厳しい視線を向けた。


「なっ……!貴女に何がわかるのよ!元々お姉様は出来が良かったの。

大して苦労せずに、お母様にもお父様にも褒められて。

それに、本当なら私が此処に嫁ぐ筈だったのを横取りしたのよ?!何も知らない人が、勝手な事言わないで!」


私は驚きすぎて声も出なかった。『横取りした』とは?自分がハロルドとの結婚を決めたのに横取り?

すると、隣から


「エリンに謝れ」

とレナード様の低い声が聞こえた。

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