第37話

厩舎から、レナード様の馬……シドを出し、


「今日は一緒に乗っていくぞ」

と私を乗せた。


「いつか私もユラと遠乗りが出来る様になりますか?」


「フッ。気が早いな。気に入ったか?」


「はい、とても。レナード様ありがとうございました」


「礼を言うのはまだ早いかもしれないぞ?乗ってみなければな。それに俺の指導は厳しいかもしれんぞ?」


騎士団ではとても厳しいらしいのだが、私には優しい顔しか見せてくださらないので、どうしても厳しいレナード様を想像出来ない。


「頑張りますが、私は何事も不器用で……時間がかかっても見捨てないでくださいますか?」


そう言った私をレナード様は何故か後ろからギュッと抱きしめて


「可愛い、可愛い、可愛い、可愛い過ぎて……どうしよう」

と呪文の様に呟いていた。


そうこうしている内に、私達は鬱蒼とした森の前に着いた。


「シド、お前は此処で待て」

そう言われたシドは鼻を鳴らして足元の草を食べ始めた。



レナード様は私の手を取り、森の方へと足を踏み入れた。

昼間だというのに、森の中は木々が日の光を遮る様に伸びている為、薄暗かった。


私は少し怖くなり、レナード様の手をギュッと握り締めた。レナード様もそれに答える様にキュッと改めて握り直してくれる。


随分と森の奥に入って来た。


「そろそろ良いだろう。きっと気づいてる筈だ」

そうレナード様は口に出すと、指笛を吹いた。


静かな森に甲高い音が響く。

すると、少し奥の低木の影からゆっくりと大きな獣がこちらに近づいて来た。


私は思わずレナード様の腕にしがみつく。


「……狼……?」

その獣は銀色の毛並みを持つ大きな狼だった。


狼はどんどんと近づいて来る。レナード様が驚く様子がないところを見ると、あの指笛はこの狼を呼ぶためだと分かる。


その狼は私達と少し距離を保ったまま、ピタリと止まる。


「こいつは我がクレイグ辺境伯領の守り神だ」


「守り神?」


「ああ。こいつの名はセル。セルの先祖がうちの先祖と共にこのクレイグ辺境伯領を攻めて来た蛮族を追い払ったと言われている。

代々、セルの血族がこの森を守っている。この森の奥にはクレイグ辺境伯の宝が眠っているんだ」


「宝……ですか」


「そうだ。その宝の在処は限られた者しか知らない。その上、このセルが守っているからな。おいそれとは近づけない」


「では……クレイグ辺境伯の家紋は……」


「このセルの先祖だ」


本でしか見る事のなかった狼だが……こんなに大きくて綺麗な獣なのだろうか?

綺麗な銀色の毛並みと金色の瞳は、この薄暗い森の中で神々しいまでに輝いていた。


「狼って……こんなに美しい生き物だったんですね。本で読んだだけでは、知る事が出来ませんでした」

ただ、この大きさも相まってまだ恐怖の方が勝っている。


「怖いか?」


「す、少し。こんな近くで見る事が出来るなどと思っていませんでしたから」


「こちらが下手な動きをしなければセルが俺達を襲ってくる事はない。だが、セルは動物だ。俺達だってそうだが、命の危険を感じれば反撃してくる。それが自然の摂理だ」


「……ペットではないですもの。当たり前です」


「その通りだ。正直……セルが警戒しないのは、俺と父……それと兄ぐらいだ」


「で、では……私は……?」


私はまた少し怖くなり、レナード様の腕にギュッとしがみつく。


「エリンも、もう大丈夫だ。でなければ連れて来ない」


「『もう』……とは?」

私が尋ねると、レナード様の顔が赤く染まる。

不思議に思っていると、


「……エリンに俺の匂いが……染み付いている頃だ。……交わると……その……」

とレナード様がしどろもどろになる。


「匂い……」

私も理由がわかって思わず顔を赤らめてしまった。



レナード様が頷くと、セルはゆっくりと私達に背を向け、森の奥へと戻って行った。


無意識に体に力が入っていたのか、セルの姿が見えなくなる頃には、なんとなく疲れを感じていた。


「フッ。疲れたか?」


「思わず力が入っていた様です」

私がぎこちなく微笑むと、レナード様は私の頭をポンポンと撫でた。


「セルだって自分に悪意がない者に牙を剥く事はない。ただ、ここはあいつの領域。不用意に足を踏み入れない方が良い」


「心得ております。レナード様と一緒でなければ、此処には来ませんから」


あの美しい獣に嫌われたくない。私は素直にそう思った。


「でもあの美しい毛並みを私の技量では刺繍で再現出来そうにありません」

私がそう言って眉を下げると、


「ん?では俺が教えようか?」

とレナード様は微笑んだ。




森から帰ると、ちょうどハリソン様と小柄な女性が玄関ホールで挨拶をしている所だった。


お見合い相手の方だろうか?綺麗に編み込まれた鮮やかな赤毛が深緑のデイドレスに映えていた。


「おかえり」

私達に気づいたハリソン様が声を掛けて、


「こちらはエドモンド伯爵のご令嬢のミューレ嬢だ」

とその女性を紹介してくれた。


「はじめまして。ミューレ・エドモンドと申します」

綺麗なカーテシーは彼女の所作の美しさを際立たせていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る