第33話


「お前も婚約解消されたと聞いた…弟と結婚するのは妹のはずだったと。何故だ?」


「ハリソン様は詳しいお話は?」


「聞いていない。僕はいつだって蚊帳の外だ」


……いや、多分話すほどの事ではないと判断しただけだろう。レナード様も最初は誰でも良いと考えていたみたいだし、顔合せしたご令嬢は、クレイグ辺境伯という地位に興味がお有りの方ばかりだったようだし。


「そうでしたか。まぁ、簡単に言えば、妹が私の婚約者にプロポーズされた……ただそれだけの話です。実は……という程深い話でもありませんね」

私は明るくそう言った。きっと顔も微笑んでいた事だろう。正直、今は本当にそう思っている。『大した話ではない』と。

しかし私の表情とは裏腹に、ハリソン様は難しい顔をして、


「なんだそれは?」

と吐き捨てた。


「そのままです。私より妹の方が良かった元婚約者が私から妹に乗り換えたかった。でもそんな風に言うとレナード様がハズレくじを掴まされたみたいで、それは失礼な言い方になっちゃうかもしれませんね」

私が軽く首を傾けると、


「どうしてそんな明るく言えるんだ。……悔しかった……だろ?」

とハリソン様はますます難しそうな顔をした。


「だって……私は今幸せだからです。私も妹には並々ならぬコンプレックスを抱えていました。……今のハリソン様のように」

そうからかうように私が言えば、ハリソン様は面白くなさそうな顔をした。だけど席を立つ様子はない。ならばこのまま話を続けても良いという事だろう。


「妹はとても華やかで可愛らしくて……私とは正反対なんです。小さな頃から『お姉さんなんだから』と我慢させられる事も多かったせいか、つい自分と妹とを比べるようになってしまいました。意識しないようにと、考えれば考える程深みにハマってしまって」

そこで私が笑いだせば、ハリソン様は不思議そうに


「どうして笑える?不公平に感じた事もあっただろう?それにそんな妹に婚約者をとられたんじゃないのか?」

と私に尋ねた。


「確かに不公平を感じる事もありましたし、その場面に遭遇した時はとても悲しかったです」


「その場面に遭遇……って妹が婚約者にプロポーズされてるのを見たって事か?」


「はい。たまたまですが」


「きっつ……」

絶句するハリソン様の顔がおかしくて、私はまた笑ってしまった。


「本当『きっつ』ですよね。でも……正直こうなって本当に良かったと心から思っています」


「それは……レナードか?」

ハリソン様のレナード様コンプレックスは根深い。レナード様の名前を言う時に少し眉間にシワが寄るのは仕方ない事だろう。



「その通りです。レナード様は私は私で代わりはいないと言って下さいましたから。ハロルド様……前婚約者ですけど、彼と結婚していたら……ずっと自分を誰かと比べたままだったかも知れません」


「ふん。でも結局お前……エリンは、クレイグ辺境伯夫人だ。パトリック伯爵家よりずっと格上。そのハロルドとか言う奴と結婚しなくて良かったってのは、どちらにせよ当てはまる」


「私は嫁ぐまでクレイグ辺境伯夫人になるなんて知りませんでしたよ?クラーク子爵夫人になるとばかり」


「では、レナードが辺境伯を継ぐことを……?」


「はい、知りませんでした。でも私はレナード様と少ない時間でしたが、手紙をやり取りする中で彼の優しさと気遣いに触れる事が出来ました。別に辺境伯だからと、嫁いだ訳ではありません。結果はそうなってしまったので……あまり説得力はないかもしれませんが」


「じゃあ、レナードが子爵になっていても、エリンは結婚していた?」


「もちろんです。最初からそのつもりでした」


今の会話の中で少し引っ掛かりを覚えた私はハリソン様に恐る恐る質問した。


「もしかして……ハリソン様は前の婚約者の方に何か……『子爵は嫌だ』とでも言われたのではないですか?」


ハリソン様は私のその質問に苦虫を噛み潰したような表情になる。きっと答えは『YES』なのだろう。


「ハリソン様……」

私が掛ける言葉を探していると、


「僕は長男だ。普通に考えればクレイグ辺境伯を継ぐものだと思われていてもおかしくはないだろう?だが、結果はこれだ。……彼女は『話が違う』そう言って去っていった」


「では……ハリソン様が断った訳では……」


「誰にも言うな。原因はこの僕。そうしないと……」


「あちらの有責となる。それでハリソン様から断った事に」

私の言葉にハリソン様は小さく頷いた。


「ハリソン様は……その方の事を愛しておられたのですね」

私の言葉にハリソン様は『フッ』と鼻で笑った。


「愛だとか、恋だとか、考えた事もなかった。幼い頃から彼女と結婚するのだと、生涯を共にするのだと言われて、そう信じて生きてきた。それに疑問を持ったことも、嫌だと思った事もない。だが……彼女の隣は居心地が良かったし、彼女も僕と同じ気持ちなのだと思っていた。……滑稽だろ?そう思っていたのは僕だけだった」

そう言って、ハリソン様はまた自嘲気味に笑った。

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