第34話


「明日……お見合いをしてみてはいかがですか?」

スープを飲み終わっても、ハリソン様は席を立つ気配はない。

せっかくの機会だ。ゆっくりと話してみようと私は微笑んでそう言った。


「どうせ逃げられない」


「そうですが……今回の方は最初からクラーク子爵に嫁ぐつもりでハリソン様とお会いするのですよね?ならば、前のような事にはなりませんでしょう?」


「そうかもしれないが、僕なんか……」

『僕なんか……』か。私もよく同じ様に思っていた。『私なんか』と。


「今日のこの日、この時間から、やめましょう。『僕なんか』と言うのは。私も『私なんか』と言うのはやめます」


「は?お前も?」


「はい。私もです。私もよく自分と妹を比べてはその言葉を使っていました。だから、お互いやめましょう。もし……使った場合は……そうだ!罰として、今までで恥ずかしかった事を一つお互いに話す事にしましょうか」

私がそう言って手を一つ叩くと、ハリソン様は奇異な者を見るような視線を寄越した。


「何故そんな……」


「いいじゃないですか。なるべく後ろ向きな言葉を使わない様にする訓練です」


「なら別に罰は無くても良いだろう?」


「おや?もしや自信がないのですか?そんな事だと私に勝てませんよ?」


「……勝負なのか?これは」


「ええ、勝負です。だから、そんな事を言わずにお見合いを楽しみましょう!」


「……楽しめるわけないだろう」


またハリソン様のテンションは下がっていく。


「どうして?絵姿はご覧になられたのですか?」

こんな風に尋ねると、まるでお相手の美醜を尋ねているようで、申し訳ないが。


「見てない」


「見ていない?どうして?」

かくいう私もレナード様の顔など全く知らずに婚約を決めたので、なんとなくハリソン様の気持ちはわかる。

前の自分も『私なんかが絵姿を見てどうこう言える立場ではない』と思っていたので、ハリソン様もそんな投げやりな気持ちからではないかと想像が出来た。


「どうして……って。僕なんかが選ぶ立場には……」


「あ!!今!!言いましたね?『僕なんか』って言いましたね?さぁ、今までで一番恥ずかしかった出来事を教えて下さい」


「さっきは『一番』なんて言ってなかっただろう?後からズルいぞ!」


「では、二番でも良いですよ?」

私がニッコリと笑うとハリソン様は不服そうに口を尖らせた。


結局、ハリソン様が渋々口を開いて告白した恥ずかしい事は、子ども時代なら誰にでも経験のある、可愛らしいものだった。


「フフフ。ハリソン様にも可愛らしい時があったのですね」


「し、仕方ないだろう?この屋敷は古いし、夜は暗いし」


「わかります。私も子どもの頃はいつもバーバラを起こして付いて来て貰っていましたから。特にこのお屋敷だと、ご不浄まで遠いですしね」


「わ、笑うな!そ、それとレナードには……内緒だ」

私が未だクスクスと笑っているのをハリソン様は苦い顔でそう言った。


「わかりました。でも、これからもあの言葉を言ったら罰がありますからね?」


「それはお互いだろ?……エリンも言うなよ?」


お前……ではなくエリンとすんなり口にしたハリソン様に私は笑顔になった。するとハリソン様も笑顔になる。すこぶる良い傾向。


「ハリソン様、明日もその笑顔なら、きっとお見合いも上手くいきます」

ハリソン様の笑顔が少し曇るが、それを払う様に緩く振った。


「そうだな。最初から諦めるのは良くない」


「そうですよ。きっとハリソン様の為人を見て下さる方がおります」


「僕の為人かぁ……あまり良い人間ではないがな」

と苦笑するハリソン様に、私は答える。


「良い人間など、そうそうおりません。皆、どこかに短所はありますし、完全な人間などおりませんから。不完全でも良いではないですか」


「……まぁ、肉が食べられずとも、生きていける。騎士としてはこんなひょろひょろとした体では不向きだろうが、羊飼いとしては問題ない」


クラーク子爵領は広い領地を活かして羊毛産業が盛んだ。子爵といえども裕福であるし、今は便宜上クレイグ辺境伯が二つの領地を治めているが、ハリソン様がクラーク子爵を継げば、もっと領地経営にも力を入れる事が出来るようになる。発展する可能性は無限大だ。


確かに婚家の爵位に拘る人がいるのは確かだ。だが、気にしない人がいるのも、また確かな事なのだ。


「ごちそうさま。美味しかったよ」

とスープ皿を持ちハリソン様は立ち上がった。


「私が片付けておきますよ」

と言う私の声に、


「いや、君にこれ以上させるわけにはいかないよ。僕がやるから先に休むと良い」

とハリソン様は笑顔で答えてくれた。ほら、良い所もあるじゃない。


「では、遠慮なく。それではおやすみなさい」

私は改めて水を注いだ水差しを持って部屋へと戻る事にした。



寝室へ着き、静かに扉を開ける。

そっと中を覗いて、驚きで思わず声を上げそうになるのを必死に抑える。水差しも取り落としそうになり、慌てて握り直した。


「レナード様、起きていらっしゃったのですか?」


そこには、寝台に項垂れた様に腰掛けるレナード様の姿がわずかなろうそくの灯りにぼんやりと照らされていた。……なんかちょっと怖い。



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