第32話
「ハリソン……レナードに八つ当たりするのはよせ。お前が不貞腐れても明日の予定は何も変わらん」
お義父様にそう言われたハリソン様は一瞬顔を歪めたが、直ぐ様乱暴に席を立ち、
「わかってますよ。だけど向こうから断るでしょうよ。しがない子爵に嫁ぐのなんて嫌でしょうから」
と言い残して、食堂を出て行こうとした。
「おい!ハリソン!」
そう呼ぶ声に振り返る事もなく、ハリソン様はさっさと部屋を出て行く。
そこにはほとんど手つかずの肉が皿に残っていた。
「まったく……」
お義父様はため息を吐くと、また食事を再開させた。
「明日は見合いですか?」
レナード様の問いに、
「あぁ。そうなんだが、あいつは例のごとく嫌がっていてな。お前がもうすぐ当主になる。兄がこの屋敷に居座っていてはおかしいだろう?
さっさと腹を括って嫁を取り、子爵を名乗れと言ったんだが……」
お義父様は緩く首を横に振った。
……私もコンプレックスを持っていたから、ハリソン様の気持ちが分からない訳ではないのだが……。
出来れば、ハリソン様にも私にとってのレナード様の様な、自信をくれる人が見つかれば良いのにと思う。明日のお相手が都合良くそうであれば良いが。
少し重たい雰囲気の中、私達は残りの食事を平らげた。
その夜。
夜中に目覚めた私は喉の渇きを感じて、隣で眠るレナード様を起こさないようにそっと寝台を降りた。
水差しを持ち厨房へ向かうと、灯りが漏れているのが見える。
「まだ誰か働いているのかしら……」
静けさの中、私の呟きが大きく響いた気がした。
私がそっと覗くと、そこには……
「ハリソン様……?どうされました?」
私と同じ様に夜着にガウンを纏ったハリソン様がいた。
私に声を掛けられたハリソン様はピクリと驚いた様に肩を揺らしたが、直ぐ通常通りの不機嫌そうな顔つきに戻った。
「なんだ……お前か。別に、少し喉が渇いただけ……」
そう言いかけたハリソン様のお腹が『グーッ』と大きな音を立てた。
ハリソン様は顔を赤くしてお腹に手を当てると、その音を誤魔化す様に大きな咳払いをする。
「ぼ、僕はもう寝る!」
と厨房を出て行こうとするハリソン様に私は慌てて声を掛ける。
「あの!……何か召し上がりませんか?簡単なものしか作れませんけど……」
「べ、別に必要ない!は、腹が減ってるわけでは……」
と、そのハリソン様の言葉を遮る様にまた『グーッ!』とお腹が派手な音を立てた。
言葉とは裏腹にハリソン様のお腹は素直に空腹を主張している様で、私はついおかしくなってクスリと笑ってしまった。
「ハリソン様、お野菜は食べられますか?」
私は厨房を見渡してそう尋ねた。
「……野菜は大丈夫だ」
お肉は残していらっしゃったものね。そう考えた私は簡単な野菜のスープを作る事にした。
何だかんだで、ハリソン様が厨房から出ていかない所をみると、やはりお腹が空いていたのだろうと思う。そんなハリソン様につい笑ってしまいそうになるが、我慢だ。またへそを曲げられたら困る。
「すみません、お待たせしました。そこにお座り下さい」
私がテーブルにスープを置くと、ハリソン様は無言でテーブルについた。
「熱いので気を付けて下さいね」
そう声をかけると、ハリソン様はスプーンの上のスープにフーフーと息を吹きかけて冷ましている。
スープを口にしたハリソン様が少し口角を上げた。……喜んでくれているのかしら?
私がついその様子をジッと見つめていると、
「そんなに見られていては、食べられない」
と言われてしまった。
「すみません」
苦笑しながら、私が向かい側に腰掛けると、ハリソン様は驚いた様な顔をした。
「何故、まだ居るんだ?」
「え?自分が作った物ですから、最後まで食べていただけるか気になるじゃないですか」
「……ちゃんと食べてるだろうが」
「はい。食べていただけて安心しました。……もしかしてハリソン様はお肉を食べると……お腹を下したりするのではないですか?」
私が尋ねると、ハリソン様はスプーンを置いて、
「食事中にする話じゃないだろ」
と嫌そうな顔をした。
「あ!本当ですね。すみません。配慮に欠けました」
素直に謝罪した私にハリソン様はまたスプーンを手に取ると、一口スープを啜った。
「いや……別に良い。だが、どうしてそう思った?」
「実は私の父がそうだったのです。少量なら問題ないのですが、脂肪の多い肉をたくさん食べるとその……」
と私は先程注意を受けた事もあり、口籠った。
「……その通りだが、これを誰にも言った事はない。肉が食べられないのは騎士にとっては致命的だからな。だが、よくわかったな」
「最初にお会いした時の晩餐でも切り分けるだけで、殆ど肉には手を付けていませんでしたから。父の事もありましたし、ひょっとして……と思ったのです」
「情けないよな。こんな事で騎士に相応しくないと言われ、長男なのに父の後を継ぐ事も出来ない。優秀な弟と比べられてばかりだ」
「ハリソン様……。私には騎士が何たるか……など分かっておりませんので、そこについては何も言う事が出来ませんが、身近に比べてしまう人物が居ると、少し卑屈になってしまうその気持ちはわかります」
私がそう言うと、ハリソン様は私の顔をジッと見た。
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