第31話

『バーン!!』

応接室の扉が思いっきり開いて、怒りのオーラを纏ったパトリック伯爵が出て来た。レナード様は私を後ろに隠すようにする。


パトリック伯爵は私達を見て、


「失礼!!」

と大股で横を通り過ぎた。開いた扉からは青い顔をしたハロルド様と泣いているナタリー、呆れた表情のお兄様に、頭を抱えた母が見えた。


執事が伯爵を追いかけて玄関ホールへ向かうが、その顔には焦りが見えた。


どうしよう……応接室に入って事情を聞くべきなのだろうが、ちっとも気が乗らない。入りたく……ない。


そんな中、ハロルドと目が合う。ハロルドは気まずそうに目を逸らした。

……何をやらかしたのかしら?あ!お母様、やはりあの女性の事を持ち出して……そう私が考えていると、執事がため息を吐きながら戻ってくるのが見える。


その執事に私より先にレナード様が声を掛けた。


「何があった?」


執事はチラリと応接室の中を見て


「ちょっとこちらへ」

と私とレナード様を別室へと案内した。



「え?ナタリーとハロルド様が?!」

私は思わず驚いて口を押さえた。……もしや……あの日かしら?


「はい……あまり大きな声で言える事ではないですが、ハロルド様もお認めになりましたので、これでハロルド様とナタリーお嬢様との婚約は解消とはならないはずです。ナタリー様にとっては『良かった』と言えるかもしれませんが、パトリック伯爵としては不本意だったのでしょう。それにジュード様も奥様も……そんな形で結婚を認めさせたくはなかったようで……皆がモヤモヤと」

執事がまた大きなため息を吐いた。


「では……結婚は?」

レナード様が尋ねると


「もう少しでハロルド様の誕生日。改めて話し合う日を設けなければなりませんが、近々となる事は間違いないでしょう」


……どうも私はまた直ぐに王都へと舞い戻らなければならなくなりそうだ。



私達は執事と別れ、当初の目的地であった、父の部屋へと赴いた。


「お父様、今日辺境伯領へと戻りますね」

父がゆっくりと瞬きをした。

すると、レナード様が


「一度、父と一緒にお会いしましたね。縁あってエリンと結婚する事が出来ました。……エリンを幸せにすると誓いますので、安心してください」

と父に向かって力強く宣言した。


父の唇が震えている。片方の目からは涙が零れ、ギュッと瞬きを繰り返す。父が喜んでくれているのだと分かって、私も思わず泣きそうになってしまった。


「まさか、ナタリー様がハロルド様と……その……」


辺境伯領に戻ってからバーバラにはゆっくりと、事の顛末を話した。


「わかるわ。口にするのは憚られるもの。私もこちらに戻る前……お母様と話した時、何とも言えない思いをしたわ」


私は頭を抱えた母の顔を思い出していた。


あの婚前旅行の初日。急に降り出した雨のせいで急遽宿泊する事になった宿で、ハロルドとナタリーは体を重ねてしまったのだという。

……あの時の私の嫌な予感は的中してしまったという訳だ。

あの後お兄様が帰って来たり、レナード様から結婚式を早めるという話をされたりで、私もすっかりそんな事は忘れていた。


ハロルドと結婚出来なくなるかもしれないと危機感を持ったナタリーが応接室へと突撃し暴露した……それがあの日、パトリック伯爵が怒って部屋を飛び出した事の顛末だ。

もちろんパトリック伯爵が怒ったのはハロルドに対してだが、ナタリーとの結婚を白紙に戻したかったパトリック伯爵としては、愛息子の仕出かした事とはいえ、不機嫌になるのも分からなくはない。

婚約者だから……そう言われればそうなのだが、時期尚早。二人共浅はかだったと言わざるを得ない。



結局、私が辺境伯領へ帰った三日後には来月結婚式を挙げるという招待状が届いた。


「辺境伯譲位と重ならなくて良かった……と言うべきでしょうが……」

私はレナード様に招待状を見せながらそう言った。


「まぁ、今回は予想出来た事だ」


「確かにそうなのですが。あの……今回の結婚式は私一人でも……」


「いや、一緒に行く」


……こんなに頻繁に実家に戻る私もどうかと思うが、それに付いて来るレナード様もどうかと思う。



夕食時、私は辺境伯……いやお義父様に申し訳なく思っている事を伝えた。


「度々、申し訳ありません」


「なに、気にすることはない。どちらも目出度い事じゃないか」


……今回の結婚については、結果はどうあれ、過程にモヤモヤが残る。……さて、パトリック伯爵はどんな顔で参加するのか。目出度いと手放しで言えないところが辛い。



すると、私の向かいに座るハリソン様が、口の端を上げて言った。


「ふん。いい気なもんだな。嫁の尻ばかり追いかけて。そんな事で団長が務まるなど……辺境伯騎士団も質が落ちたと言う事か?」


すると、レナード様がまた心配そうな顔で私を見る。

……もう!!そんな事を言うとレナード様がまた気にしてしまうのだから、本当に黙っていて欲しい。


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