第26話


「レナード!!会いたかったぞ!!」


私達が挨拶をする前に殿下は私達の方へと自ら近づき、隣のレナード様に抱きついた。レナード様は迷惑そうな顔で


「挨拶ぐらいさせろ」

と言って自分をぎゅうぎゅうと抱き締めている殿下の腕を引き剥がす。


「お前が結婚式に招待してくれなかったから、寂しかったじゃないか!」


「王族を呼べば、警護に人を割かねばならん。折角の結婚式の日ぐらい、皆に休息を与えたかったんだ」


「お前だって、一応王位継承権を持ってるくせに何を言っているんだよ」


「俺は末席だ。回ってくる事もなければ王になるつもりもない。クレイグ辺境伯を継ぐ者の役割と言われて甘んじて受け入れてるだけだ」


私は二人のやり取りに目を丸くした。王太子殿下って……こんなにフレンドリーな方だったかしら?

私もデビュタントと……数える程しか夜会に参加した事はないけれど、もう少し……威厳がおありだったような。

そんな私の視線を感じたのか、王太子殿下は私の方へと顔を向けて、


「君がレナードのお嫁さんかぁ。スラっとした美人だなぁ」

とこれまた気さくに声をかけてきた。


「エリン・クレイグと申します。アレクサンダー王太子殿下におかれましては……」

と言う私の挨拶に被せる様に、


「あ~あ~、堅苦しい挨拶はいいよ。これから遠い親戚になるんだし」

という殿下に、


「気安く話すな。そして、見るな」

とレナード様が殿下からの視線を遮った。


「え~!もっと見せてよ~!ケチ!」

と殿下の不満そうな声が聞こえる。私の視界にはレナード様しか見えていないけど。


王宮へ来る事を渋っていたので、てっきりお二人は仲が悪いのかと思っていたが……逆の様だ。いや、逆というより、殿下がレナード様に懐いていると言った方が正解の様な気がする。


殿下の方が歳上たった気がするのだけれど、まるで子どもの様な話し方の殿下に私は面食らった。


「見るな。減る」


「え?レナード……もしや嫉妬?いやだねぇ~男の嫉妬なんて見苦しいよ。私がどれだけ美丈夫でこの国の全ての女性を虜にしているからってみっともない」


……私の今までの王太子殿下のイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。確かに、王太子殿下もかなり美しい顔をしていらっしゃるわ。金髪碧眼のまさに王子様といった風貌だし。レナード様とは……瞳の色は同じね。髪はレナード様は焦げ茶だけど。


『みっともない』と言われたレナード様の肩がピクリと揺れる。……怒っていらっしゃるのかしら?

しかし、殿下はそんな事にも気づかずに、


「レナード!今日こそ剣の稽古を付けてくれ!『今度王都に来たら』などと約束したくせに、全然顔を出さないんだからな!」


「そんな暇はない」


「ダメだ!団長だってお前との手合わせを楽しみしているんだ。勝ち逃げなんて許さないってさ」


……私抜きで会話はどんどんと進んでいく。この流れ……きっとレナード様は王宮でご用を済ませなければならなくなりそうだ。……さて、私はどうしましょう?


二人は何だかんだと揉めていたが、


「レナード!これは王太子命令だ。今から鍛錬場に向かえ」


「職権乱用だ」


結局、相手は王太子殿下。レナード様は私の方へ顔を向けると、渋々言った。


「……エリン、君はどうする?鍛錬場について来ても良いが……あそこは男ばかりだし……」

最後の方はブツブツと何か言っていたが、私が退屈しないのか心配して下さっているのだろう。


「では、私は先に帰らせていただいても?少し買い物もして帰りたいので……」

と私が言えば、レナード様はまた心配する様に、


「一人で大丈夫か?」

と尋ねてきた。私はその言葉にクスクスと笑う。


「バーバラも馬車におりますし、王都ではいつも一人で出歩いておりましたから、大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます」

そんな私の答えに、レナード様は


「気をつけて」

と頭を撫でた。


「はぁ~?私が今見ているのは本当にレナードか?レナードの偽物ではないか?女に気遣うお前など、お前らしくない!」

と王太子殿下が大袈裟に驚いてみせた。


「うるさい」

静かなレナード様とは対照的に


「可愛い新妻が心配なのだな。メイリンが元気ならお茶の相手でも……と思ったが、生憎、今は悪阻で体調が悪いんだ、すまんな」

明るく殿下はそう言った。メイリン様は王太子妃だ。今、第一子を妊娠中との事で、とてもそんな人に私の相手など頼める筈はない。


「レナード様、私は大丈夫ですから。殿下、メイリン妃殿下の体調が良くなる事を心からお祈りいたしております。元気な御子様をとお伝え下さい。それでは私は先に下がらせていただきますね」

私は深々と腰を落とした。


レナード様はまだ何か言いたそうにしていたが、殿下が、


「さぁ!レナード、行こう!」

と急かすものだから、ため息を盛大に吐くと、私に小さく頷いた。



私はレナード様と別れ馬車に向かう。


「あれ?旦那様は?」


「何でも殿下の剣のお相手をしなくてはならないらしいわ。今日の挨拶も私の顔が見たいというより、レナード様に会いたくて堪らなかったという感じだったもの。レナード様が王宮へ来るのが気乗りしない様子だったのは、こうなる事がわかっていたからかも」

馬車で待っていたバーバラに事の顛末を告げて、私達は街へと買い物へ出掛けた。


「ハンカチですか?」


「ええ。刺繍が得意な訳ではないけれど、レナード様に……と思って。まだ辺境での買い物に慣れていないから、見知ったお店の方が買いやすいわ」

バーバラに答えながら、私はハンカチと刺繍糸を馴染の店で選ぶ。クレイグ辺境伯の家紋は狼。本でしか見たことはないが、挿絵にあった毛並みの色を思い出しながら、糸を探した。


買い物を終えて馬車で街を抜ける。そこでとても綺麗な花々を並べた花屋へと差し掛かった。


「バーバラ見て、あのガーベラ、とても可愛いくて綺麗だわ」


「本当に」


私はその花屋に寄るべく、馬車を停めるよう御者に声を掛けた。


「お花を?」


「ええ。お庭のお花も綺麗だけれど、あんな見事なガーベラはなかったから。お父様もお好きな花だし」

そんな事をバーバラと話しながら馬車を降りようとしたその時、


「待って!バーバラ、隠れて!」

と私は馬車の影にバーバラを引っ張った。


「ど、どうしたのです?!」


「シッ!あれ、見て」

と私が指差した先には、ブロンドの綺麗な女性にハロルドが真っ赤な薔薇の花束を渡しているのがはっきりと見えた。


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