第25話

ナタリーは自分の泣き落としが通じなかった事に少し驚いた様にレナード様を見た。しかし、そんな事でめげるナタリーではなかったようだ。


「レナード様すみません。少し目眩がして……助けていただいて、ありがとうございました。私、レナード様の様に逞しい男性に憧れてますの!」

キラキラした目でそう言うナタリーに、レナード様は答えた。


「体を鍛えたいのか?」


いやいや。ナタリーの言う『憧れている』はそう言う意味じゃない。自分が逞しい男性の様になりたい訳では決してない。


それを聞いた兄が我慢しきれず『プッ』と吹き出した。母も口元は笑っているが、流石に兄の様に吹き出す事はなかった。


ナタリーは「なっ……!」と言ったっきり絶句しているが、それ以上は何も言う事が出来ずに口をモゴモゴさせていた。


「私気分が優れないので失礼します!」

ナタリーは拗ねた様にそう言うと、私達に背を向けて部屋を出て行った。

母はその姿に盛大にため息をつくとレナード様に改めて謝罪した。


「レナード様本当にごめんなさい。失礼ばかり」


「?何故謝罪を?」


「挨拶もろくに出来ず……。これだからパトリック伯爵に苦い顔をされているというのに……」


「気分が悪いのだろう?体力をつけさせた方がいい」


レナード様の答えに兄はまた笑った。レナード様は本気でナタリーが気分が悪く、しかも体を鍛えたがっているのだと思っているようだ。兄の反応にもキョトンとしていた。……その様子はなんだか可愛らしくて私も微笑んでしまう。


ナタリーはああやって男性に甘えるのが得意だし、そうされた男性は大体鼻の下を伸ばしてデレデレするのだが……それが通用しない男性を、私は初めて見たかもしれない。


学園でも女友達より、男子生徒に囲まれている時間の多いナタリーにも、レナード様の反応は意外だったのだろう。


しかし、ナタリーは相変わらずだ。

結局、私にもレナード様にもきちんと挨拶もせず、その上父の事にも一言も触れなかったな……私はそう思って、心の中でため息をついたのだった。


夕食はナタリー抜きで和やかに過ぎた。何故ナタリーが不在だったのか……ナタリーの機嫌を取るためにハロルドが外食に連れ出したからだ。




「お父様。私、クレイグ辺境伯のご子息に嫁ぎました。彼がもうすぐ辺境伯を継ぐので、私も辺境伯夫人になります。……私に務まるかしら?」

父の寝台の横の椅子に腰掛けて、父に話しかける。


父は私の問いに答える様に、ゆっくりと瞬きをした。

言葉は話せなくても、こうして対話が出来るのだと母に教えて貰った。


医者の話では、元に戻る可能性はゼロに近いらしい。母はそれでも良いと嬉しそうにそう言っていた。



「お義父上とは話せたか?」

レナード様も父が言葉を発せない事を知っているが、それでも『話せたか』と訊いてくれたレナード様の優しさが嬉しかった。


「はい。瞬きで返事を。父が目覚めた事を母が誰よりも喜んでいるので……母の心からの笑顔も嬉しかったです」


「仲の良い夫婦だったのだな」

私はレナード様のその言葉に少しだけ首を傾げた。


「どうでしょうか?父は仕事が好きな人間でしたし、元々母とは政略結婚。仲が悪いと感じた事はありませんでしたが、こうなるまで、特別仲が良いとは思っておりませんでした。

母が父を尊敬しているのは知っていましたが、母の本当の気持ちは父が倒れてから知った気がします」


そう答えた私の側にレナード様は近づく。


「……言葉に出来る事だけが真実ではない。俺も……言葉にするのは苦手だ」


そう言うとレナード様は私を抱きしめた。

確かに……そう言えばレナード様に『好きだ』と言われた事はない気がする。甘やかす宣言はされたが。

しかし、常にこうして側にいてくれるレナード様に『私の事をどう思っていますか?』なんて訊くのもどうなのだろう……。でも出来れば言って欲しい。

でも……今日は嬉しかった。レナード様はナタリーにも動じなかった……ように見えた。私は、


「レナード様は……ナタリーを……」

どう思ったかと訊こうとしてやめた。すると


「君の妹に対し失礼だと思うが……」

レナード様が口を開いた。私は言葉の続きを待つ。


「化粧が濃いな」

と一言だけ言った。私はつい笑ってしまう。


「元から可愛い顔をしているので、濃くする必要はないのですけどね」


「俺にはわからんが……あれば可愛いのか?」

とレナード様は不満そうにそう言った。


「女の私から見ても可愛いと思いますわ」

私はそう言いながらも、レナード様の反応を喜んでいた。

ここに来るまで、ナタリーとレナード様を会わせる事に不安を感じていた。……この分なら大丈夫かしら?そう思いながらも、心の片隅にはハロルドの事が引っかかっている。……ハロルドだってナタリーに惹かれていった……と。


「女性の美醜についてはよくわからんが……お、俺はその……エリン、君の方が……カワイイトオモウゾ」

最後の方はまたゴチャッと早口になったが、私の耳にはきちんとその言葉は届いた。私は


「ありがとうございます」

そう言うとレナード様の背中に手を回して抱きしめ返した。



翌日、レナード様が


「エリン……申し訳ない。一緒に王宮へ行ってくれないか?」

と難しい顔をして私にそう言った。


「王宮……ですか?」


「何故か俺が王都に来ているのが王太子殿下にバレた。結婚式には出席出来なかったから、君を連れて挨拶に来いと」


……レナード様はとても嫌そうだ。殿下とは従甥にあたるが……仲が悪いのかしら?

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