第24話

「でも……保留なんでしょう?解消って訳ではないのよね?」

私が確認すると、


「確かに保留は保留なんだが……条件をつけられているんだ」

兄の言葉に私は首を傾げる。


「条件?」


「パトリック伯爵家には次期伯爵になる者は二十歳の間に結婚しなきゃならないっていう謎のしきたりがあるだろう?」


兄がそう言うと、レナード様が「そうなのか?」

と私の顔を覗き込んだ。

私はレナード様に頷いて、


「だから私との婚約を解消するってハロルド様の言い分だったのよ。お父様の事、お兄様の事、全てがハロルド様が二十歳の間に片付くわけがないから……って。でもそれは建前。本当はナタリーと結婚したかったっていう、それだけよ」

 

私が淡々とそう言うと、兄もミネルバも目を丸くして驚いた。


「そうだったのか?!」

「じゃあ……やっぱり?」

ミネルバの『やっぱり』はあの時、ミネルバが街で見かけた二人の様子が仲睦まじかったせいだろう。


二人の言葉に私は微笑んで頷いた。もうそれに傷つく事はない。私には隣のレナード様が居てくれる。大丈夫だ。


「そのしきたりについては覚えてるけど……それなら尚の事保留にしている時間はないのでは?」


「それなんだよ。正直……パトリック伯爵は他の令嬢を探しているのではないかと思う。表立ってそうは明言していないが。で、今のところナタリーはパトリック伯爵家に相応しくはないが、伯爵夫人としての振る舞いを後一ヶ月で身につける事が出来れば、二人の結婚を認める……そう言ってるんだ」


「じゃあ……ナタリーは?」


「今、毎日パトリック伯爵家に行って夫人に鍛えられてるらしい。だがなぁ~」

と兄が腕を組んで目を閉じた、その時、


「もう!やってらんないわ!!」

と玄関ホールに大きな声が響き渡る。

この部屋が玄関から然程離れてないとはいえ、なかなかの大声だ。


「……帰ってきたようね」

母はそう言うと、立ち上がって部屋を出て行った。

ナタリーが帰宅した様だ。


少しすると


『バーン!』

と部屋の扉が開いた。そこには不機嫌そうなナタリーが立っている。


後ろから母が咎める。


「ナタリー!お客様がいらっしゃっていると言ったでしょう?」


「もう!自分の家でまでうるさい事言わないでよ!あっちの家で散々色々いちゃもんをつけられているんだから、小言は飽き飽き!」


ナタリーはいつもの小悪魔的な可愛らしさも何処かへいってしまったかの様に顔を顰めて母に口答えをしていた。


そして、私を見た途端に、


「お姉様、ずるいわ!こんなに大変ならハロルドなんていらなかった!」

と叫んだ。


『お姉様、おかえりなさい』も『レナード様いらっしゃい』無しに?

というか『ハロルドなんていらなかった』と言われたって、私もいらないんだけど?



「ナタリー!」

兄も流石にその言葉には叱責の声を上げる。


しかし、ナタリーはそんな声など聞こえなかったかの様に、私の横に座るレナード様を見て……何故か頬を染めた。


……嫌な予感がする。


レナード様は良く見れば美丈夫なのだ。その威圧的な風貌と大きすぎる背丈で、皆、顔を見る前に怯んでしまうだけだ。

今のレナード様は腰掛けているせいで、顔がナタリーからもよく見える。それに私の近くに居るとレナード様の雰囲気は心持ち和らぐので、いつもより三割減くらいで怖くないとバーバラも言っていた。


「あら?こんにちは。もしや貴方がレナード様?」

急な猫なで声でナタリーはレナード様に微笑んだ。レナード様はナタリーを見ている。私からその表情は伺えない。


……どうしよう。レナード様がナタリーに興味を持ってしまったら。


「ああ。そうだ」

レナード様はそう短く答えると、ナタリーから視線を外した。その表情には何の変化もない様に思えるのだが……どうだろうか?

私はハロルドにだってすっかり騙されていたのだ。自分の見る目が当てにならない事は十分に理解していた。


後ろから母がナタリーに声を掛ける。


「きちんと挨拶なさい。パトリック伯爵家でも、うるさく言われているのでしょう?常日頃から身についていない事を咄嗟に出来るはずがないわ。うちできちんと出来る様になっておかないと」

と小言を言えば、ナタリーは


「そんな……酷いわ。家でも寛げないなんて。お母様までそんな……」

と大粒の涙をポロリと零す。


そして何故か、ナタリーは急にふらついて……レナード様の方へと倒れ込んだ。


レナード様は咄嗟にナタリーを支える様に手を伸ばした。

それは優しいレナード様にとっては当たり前の事だろうが、私としては何とも言えない気持ちになってしまう。

『触れないで!』と叫びたくなるのをグッと我慢する。……いつから私はこんなに独占欲が強くなってしまったのかしら。


「レナード様、申し訳ありません!」

母が慌ててナタリーの腕を引っ張って立たせようとするも、ナタリーはレナード様の腕を離さない。しかし、


「しっかり立て」

レナード様は一言そう言うと、ナタリーの腕を引き剥がす。

すかさずお母様がもう一度ナタリーの腕を引っ張ると、渋々ナタリーは立ち上がった。




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