第21話

「レナード様。私とハロルド様との婚約解消の本当の理由をお話しても笑いませんか?」

私はレナード様がさっき私に尋ねた様に確認する。顔を覗き込む様に私がそう言うと、


「絶対に笑わない」

とレナード様は力強く頷いた。


「では。……といってもとても単純な話で、私、フラれたのです。複雑な家庭の事情は後からついてきたもの。丁度良い言い訳に使われただけですわ」

私はなるべく重い雰囲気にならぬ様、努めて明るくそう言った。

口にして思ったのだが、ハロルドとナタリーの事を思い出しても、既に何も痛まない心に気づいた。

だけど、私のそんな心とは裏腹に、レナード様は苦虫を潰した様な顔だ。


「何だ?それは」


「今言った通りです。ハロルド様とナタリーが恋仲となり、ハロルド様はナタリーと生涯を共にする事を選んだ。それが全てです。邪魔者は退散」

と私がそう言って微笑むと、レナード様は私の手を握り、


「無理して笑う必要はない」

とそう言った。


「無理はしておりません。こうして本当の理由を話して思ったのですが、思いの外……とっても平気でしたわ。これも全てレナード様のお陰です。レナード様はお手紙からも優しさが伝わってきました。その手紙と栞が私の心を癒して下さったのです。感謝しております」

と私はもう片方の手でレナード様の大きな手を上から包み込んだ。

ゴツゴツしていて、少しカサついたレナード様の手は、とても温かかった。


レナード様は顔を真っ赤にして、俯いたかと思うと、急に勢いよく立ち上がった。私はその行動にびっくりして、思わず手を離してしまう。

レナード様は座ったままの私を見下ろして、


「俺は決めた!」

と力強くそう言った。……何を?

首を傾げる私の両肩にレナード様は手を乗せると、


「俺は今から君をべったべたに甘やかす!いや、甘やかしたい……何ならアマエタイ」

またもや最後の一言は早口過ぎて聞き取れないが、私を甘やかすと言ってくれているらしい事は理解した。

しかし……何故、そんな話に?


私が目を丸くしていると、


「エリン、君は自分の価値を知るべきだ」

とレナード様は私を見てしっかりと言った。


「私の……価値?」


「そうだ。俺は君が…、君のことが……す…」

急にレナード様がしどろもどろになってきた。私は首を傾げる。


「くっ……クソ。……可愛い……いや、まぁうん。とにかく、君は君だ。代わりはいない」


「代わりは、いない……」

私はレナード様の言葉を繰り返す。私で良いのだと言われた様で嬉しくなって、私は微笑んだ。


「……ありがとうございます。その言葉で少し自信がついた気がします」

と私が礼を言うと、レナード様はまた顔を赤くして、


「うん。これから……その……俺が大切にするから」

とゆっくりと私にそう言った。


「はい……」

私は嬉しくなって私の肩に置かれたレナード様の手にそっと触れて、そう答えた。


レナード様とはこれから仲良くやっていけそうだ。私は心からそう思えた。




レナード様と結婚して数日が経った頃、実家から手紙が届いた。


私が手紙を読んでいると、レナード様が後ろから私の肩に顔を乗せ、その手紙を覗き込む。


そんな様子にバーバラは緩んだ口元を隠す。……バーバラ……ニヤついてるのが、バレバレだわ。


「実家からか?」


「はい……ナタリーの婚約が……保留になったそうです」


「保留?」


「ええ……レナード様、肩が重いです」

私がそう言うとレナード様は口を尖らせて、渋々私の肩から顔を離すと、私をヒョイッと抱きあげて、自分の膝の上に乗せて、椅子に座り直した。


あれからレナード様は人が変わった様に、日に日に甘くなって、今では屋敷に居る間中、私にべったりだ。くすぐったい気持ちになるが、やっぱり嬉しい。


「何があった?」

相変わらずレナード様の言葉は少ない。あの湖の時はずいぶんと頑張ってお話をしてくれていた様だ。


「パトリック伯爵が反対している様です」

私はそう言って、私とハロルド様との婚約が決まった経緯を話した。


「……なるほど。伯爵が君を気に入っていたのか」



「気に入っていた……かどうかはわかりませんが、パトリック伯爵の決めた婚約であった事は間違いありません。勝手に婚約解消し、ナタリーを新たな婚約者にした事に、大層ご立腹らしいのです」


「……良かった。結婚を急いで」

レナード様はポツリと言うと、私はぎゅっと抱き締めた。


「ナタリーが癇癪を起こして、母も困っている様ですわ」

と私が手紙を読み終えれば、


「気になるか?」

とレナード様は私の顔を覗き込んだ。


「少し……。でももう私はこちらに嫁いできた身です。実家の事は……」

と私が言えば、


「実家と縁を切った訳ではない。帰りたい時はいつでも帰れば良い」

とレナード様は私の頭を撫でて、頬にキスをした。


……甘過ぎて溶けそうだ。そしてレナード様は続けて、


「その代わり、その時は俺も一緒に行く」

と言うレナード様に、


「騎士団はどうするのです?あと二ヶ月でお義父様は団長を退かれるのですよ?」

と私は答えた。そう、あと二ヶ月後にはレナード様がクレイグ辺境伯を継ぐ事になっている。


お義父様は『やっと隠居が出来る!毎日釣りや狩りをしてのんびり過ごすのが夢だった!』と早くもウキウキしていた。


レナード様はまだ二十四歳だが、団員からの信頼も厚い。お義父様は安心して引退出来ると喜んでいた。


「準備は出来ている。何ならその前に里帰りするか?」


「まだこちらに嫁いで、一週間程ですよ?もう里心がついたのかと、笑われてしまいますわ」


「伯爵の事も気になるだろう?」

とレナード様は私の気持ちを見透かした様にそう言った。

確かに父の事は気になる。手紙には、相変わらずだと書いてあったが……。


「そう言えば、兄が譲位する事に許可がおりたと。来週にもストーン伯爵となる様です」

と私が答えれば、


「ジュードも覚悟が出来ただろう」

とレナード様も頷いた。



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