第22話

私が実家へ帰るのを渋るのには、もう一つ理由がある。


妹とレナード様を会わせたくない。

……可愛いナタリーを見て、レナード様がナタリーに好意を持ってしまったらどうしようと、つい不安になってしまう。

何だかんだでナタリーへのコンプレックスはまだ消えていないようだ。


「いいのか?帰らなくて」


「……はい。何かあればまた手紙が届くでしょうから」

と言っていたのだが、結局私はこの一週間後、早々に実家に戻らなくてはいけなくなってしまうのだった。




「エリン、疲れてないか?」


「はい、大丈夫です」


一時間おきに尋ねてくれるレナード様に思わず苦笑してしまう。


「それより、重くありません?」

私は自分を膝の上に抱くレナード様に確認すると、


「羽より軽い」

とレナード様は真面目な顔で答えた。


羽より軽いは言い過ぎだ。この場にバーバラが居たら、またクスクスと笑われている所だった。バーバラが違う馬車で良かったとホッとする。


三日前に実家から早馬が届き、父の意識が戻ったとの連絡があった。

レナード様はその手紙を見て直ぐ様『実家に戻れ』と言ってくれたのだが、何故かレナード様も一緒に付いて来ている。

まだお義父様が団長であるとはいえ、何だか申し訳ない。

私は一人(もちろんバーバラは一緒だが)で帰るので大丈夫だと言ったのだが、レナード様と一緒に帰る事は彼の中では既に決定事項だったようだ。


父が目覚めたのは本当に嬉しい。だけど、問題は……ナタリー。

婚約が保留になった今、癇癪を起こしていると母は言っていたが、では、ハロルドはそれについてどう思っているのだろう。母の手紙には、ナタリーについてしか書かれていなかった。実家に戻れば嫌でも荒れているナタリーと顔を合わせる事になる。

私はそれを考えると、ついため息をついてしまって、またもやレナード様に、


「エリン、やはり疲れたか?少し休むか?」

と訊かれる羽目になるのだった。




「お母様!」

私が三日をかけて実家に戻ると、母が出迎えてくれた。


「エリン!久しぶり……という程離れていないわね。でも良く戻ってきてくれたわ」

と駆け寄る私を母は抱き締めてくれた。そして、私の後ろから来ていたレナード様に、


「レナード様も、わざわざご足労いただきまして、ありがとうございます」

と挨拶をする。


何故かレナード様は私の荷物を両手に抱えている。バーバラはそれを慌てて、


「旦那様!それは私の仕事です!」

追いかけて来ていた。



「お父様……」


寝室に入ると、父は横になったまま、頭だけを動かし、私をチラリと見た。

震える唇は何か言いたげに開かれたが、そこからは空気の漏れるような音だけで、言葉を聞く事は出来なかった。


それでも久しぶりに見た父の瞳の色。私と同じ瞳の色。私はそれだけで涙が溢れるのを止める事が出来なかった。


私は床に膝をつき、横になっている父に縋り付いた。シーツが私の涙を吸い込んでいく。シーツ越しに感じる父の温もりが私を安堵させた。


レナード様は兄と別室で待ってくれていた。折角の親子水入らずを邪魔したくないと言うレナード様の気遣いだ。


父との対面を果たした私は母と共にレナード様の待つ部屋へと向かう。その途中、母とこれまでの事を話していた。


「辺境伯様が?」


「ええ。主治医が気を悪くするかもしれないから内緒で……と、辺境伯様のお抱えの医師に薬を調合させてくれたの。飲ませるかどうかはお任せします……と言ってね。

ジュードに相談したら『俺の足を救ってくれた名医だ。このまま衰えていくのを見守るだけなら、試してみる価値はあるんじゃないか』って。

そう言われて私もそう思ったの。主治医の先生はとても良くして下さったわ。本当に感謝してるの。でなければ、お父様はとっくに天に召されていたでしょうね。でも、このままではずっと同じだと……。薬を飲ませて数日は何の変化も見られなかったのだけど……四日前に目を覚ましたのよ」


「そうだったのね……。でもお父様、とても弱ってらっしゃるみたい」


「ええ。やはり元通りとはいかないようよ。言葉も上手くだせないの。でもこれから時間を掛けてゆっくりと治していくわ。生きていれば、未来は明るいもの」

と母は笑った。



「会ってきたか?」

部屋に入るとレナード様が直ぐに立ち上がり、私をエスコートするように腕を差し出す。そんな広い部屋ではないのだけれど、これは辺境伯邸でも同じなので、もう慣れた。……兄と母は目を丸くしているが。


「ええ。まだお喋りは出来ない様でしたが」


「そこら辺の話は少しジュードから」

そう言いながらレナード様は私を膝に乗せて座ろうとするのを、流石に親兄妹の前では恥ずかしいのでやんわりと断った。


レナード様の隣に改めて腰掛けると、部屋をノックする音が聞こえた。

私はてっきりナタリーが現れるのだとばかり思って、扉に目を向けると、開かれた扉から顔を出したのは……


「あら?ミネルバ?」

結婚式では慌ただしくてゆっくり話も出来なかった親友の姿がそこにはあった。





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