第20話

「エリン。今回の結婚について、少し話をしよう」

レナード様は向かい側に座る私に言葉を選びながら話し始めた。


「俺は結婚に全く興味がなかった。兄には婚約者が居たが、俺は相手を決める事も億劫で放っていた」

私は頷きながら静かに聞いた。


「だが、俺がクレイグ辺境伯を継ぐ事が決まり、いよいよ婚約者を決めねばならんとなった時、俺は丸っと父上に任せた。相手など誰でも良かった」


この話……私が悲しむ結末にならない?

私が不安そうにしていると、


「す、すまない。これはあくまでも結婚する前の俺の話だ。今の話じゃない」

と私に必死に弁解するレナード様の言葉を信じる事にした。


「は……はい。分かっております」


「じ、じゃあ続きを話すぞ?で、最初お前の……妹と婚約をと言われて……俺は了承した。正直、どうでも良かった。だが兄は……子爵になるのを嫌がって……婚約を解消した」


「何故?別に婚約者の方は関係ないのでは?」


「関係ないさ。だが、子爵を継ぐのは結婚してからと決まっていた。少しでも遅らせたいという兄の勝手な思惑だ」


「まぁ……!そんな……そのご令嬢の心情を考えると……とても許せませんわ」

私は今度はその元婚約者の方と私を重ねてしまった。マリアベル様といい、私の周りには男性に振り回されて婚約解消するご令嬢のなんと多いことか。世の男性を恨みそうになる。……もちろんレナード様は別だが。


「本当にそうだ。だから兄上に肩入れする必要はない。で、話を戻そう。まぁ……色々あって俺の婚約者は君に変わったんだが、そこは割愛しよう。するとな……とても可愛らしい手紙が届いたんだ」

と言うとレナード様は少しだけ口の端を上げた。多分……これはレナード様の笑顔だ。表情筋がギリギリ仕事してるって感じの。レナード様の事が少しずつわかってきた。


「可愛らしい手紙……。もしかして私が最初に送らせていただいたご挨拶のお手紙の事でしょうか?」


「そうだ。手紙には俺と仲良くなりたいと。突然変わった婚約を詫びると共にそう書いてあった。一応、何度か婚約者候補の令嬢に会ったことはあるが、どいつもこいつも俺がクレイグ辺境伯を継ぐのかどうかばかり気にしていた。俺が何も話さないのを良いことに、言いたい放題言う奴もいた。結婚したら、贅沢出来るのかとか、財産はどれぐらいあるのかとか……。正直、女とはこんなものかと辟易していた」


私はレナード様がクラーク子爵を賜るものだとばかり思っていたから……そんな事に気が回らなかったわけだが、他のご令嬢も明け透け過ぎないだろうか?


「だが、君からの言葉はどれも嬉しくて……俺は君からの手紙が楽しみになった」


「それは私も同じです。それに、いつも可愛らしい栞も……」


「気に入ってくれたか?」


「もちろんです!たくさん頂きましたので、本のイメージに合うお花の栞を選んで使い分けております」

私がそう言うと、レナード様は口の端を上げた。喜んでくれているようだ。


「それは良かった……。うん。……まぁそれでだな、俺は結婚までに君と仲良くなろうと……俺もそう考えるようになったんだ。時間はたっぷりある。こんな俺でも何とか出来るだろうか……と」

こんな俺とは?私が首を傾げると、


「さっきも言った様に、君との婚約が決まる前に数人の令嬢に会った時、『つまらない』『顔が怖い』『何を考えているのかわからない』と散々言われてきたのでな」

と少しだけ肩を竦めた。


「レナード様もとてもまめにお返事を下さいました。嬉しかったです。仲良くなるには……少し時間が足りなかったのかもしれませんが」

と私が微笑めば、


「そ、それは……心配だったから」

とレナード様は俯いた。心配とは?レナード様はは続けて、


「ジュードがまさか君の兄とは知らず。奴の正体を知った時には本当に驚いた。……ある意味運命……」

と少し顔を赤らめた。


「確かに私も驚きましたわ。まさか兄が騎士になろうとしていたなんて。しかも辺境伯様の所で」


「ジュードは後悔していた。父君の話を……そして君の話を聞いて。全て自分のせいだと。だから連れ帰った。俺に出来ることはあれぐらいだ。後は家族の問題。俺には手が出せない」


「しかし……今更ですが、何故結婚を急がれたのです?確かに兄が戻って来てくれた事で、私が母や執事の手伝いをしなければならないと言う事はなくなりましたけど……」

私がそう質問すると、レナード様は唇を少し噛みしめる様にした。言いたくないのかしら?


少し間をおいて一つ大きく息を吐くと、レナード様は、

「……理由を聞いても笑わないか?」


「もちろんです。笑わないと誓います」


「君が前の婚約者と…………ヨリを戻してしまうかもしれないと思ったら……シンパイデヨルモネムレナカッタ」

最後の一言は早口過ぎてよく聞き取れなかったが、ヨリを戻して……とは、私がハロルドと、って事かしら?


「ハロルド様……との事ですか?」


「そうだ。パトリック伯爵令息と婚約解消した理由は……ジュードが行方知れずになっていた事が大きかったのだろう?なら……それが解決してしまったら……」


なるほど。ハロルドとナタリーの事を知らないのだもの。誤解されても仕方ない。

私は真実を話した方が良いのだろうと思いながらも、少しだけ胸が痛む。……未だにナタリーのコンプレックスから逃げられない自分に嫌気がさした。



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