第19話

朝食の席に着くと、鍛錬を終えたレナード様も入って来た。


「鍛錬、お疲れ様でした」


「いや……うん。騎士団の仕事は……三日休みを貰ってるんだが、身体を動かさないと……耐えられなくて…」


耐えられなくて?鍛錬を一日でも休むのは耐えられないって事かしら?

体を動かす事があまり得意ではない私にはわからないけれど、騎士ってそんなものなのかもしれない。


「き、今日は……天気も良いし……出掛けないか?」

突然レナード様がそう言うので、私は嬉しくなって、


「よろしいんですか?是非!」

と私は笑顔で答えていた。


「馬に乗れるか?」


「いえ……乗馬は苦手で…」

何度か挑戦した事はあるが、どうにも馬との相性が悪かったのか、乗りこなせるには程遠い結果となってしまった。ハロルドはそんな私に『令嬢は馬車に乗ってれば良いんだから、無理する必要ないだろ?』ってどうでもよさそうにそう言ってたっけ。


「なら、俺と一緒に乗れば良い」

そう言うレナード様に私は、

「いつか、乗馬を教えていただいても良いでしょうか?」

とおずおずと尋ねてみた。また、女には必要ないと言われてしまうかしら?


「乗馬か?分かった。なら、エリンに合う馬を選ぶ所から始めよう」


「本当ですか?ありがとうございます」

私が礼を言うと、


「……大したことではない……」

とレナード様はちょっぴり口角を上げた。



「じゃあ乗るぞ」

と言ったレナード様は私の腰を掴むと、まるで子どもを高い高いする様に持ち上げて馬に乗せた。


「ヒャア!?」

私が目を丸くしているうちに私の後ろにヒラリとレナード様が乗る。


レナード様の馬は真っ黒で大きい。目線が驚くほど高くなって、少し怖かった。


「俺が居る。大丈夫だ」

と私の腰を片手で抱いたレナード様は手綱を片手に持ち、ゆっくりと馬を歩かせ始めた。


少しずつ馬は加速していくが、後ろに居るレナード様の安心感が半端なく、私は少しずつ、その速度も楽しめる様になって来た。


馬は森の中へと入って行く。その先に、大きな湖があって、その湖畔で馬は静かに止まった。


レナード様が先に降りると、また私を子どもの様に抱えて下ろした。


レナード様は私に腕を差し出すと


「少し……歩こう」

と湖の周りを私の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩き始めた。


私もレナード様の腕に手をかけながら、


「素敵な場所ですね」

と話しかける。


湖には水鳥の親子が気持ち良さそうに湖面をスイスイと移動していた。


「可愛いな……」

と言うレナード様に、私も


「本当に。可愛らしいですね。親子とっても仲が良さそうです」

と答える。すると、


「あ、いや……まぁ、うん。そうだな」

と頭を掻く。あれ?水鳥の話ではなかったのかしら?


「…………」

会話が続かない。レナード様は寡黙な方なので仕方ないが、私も話題が豊富な方ではない。

私は朝食に向かう廊下で話したハリソン様の事を思い出し、疑問に思っていた事を尋ねる事にした。


「レナード様、お訊きしたい事があるのですが」


「ん?何だ?」


「私は嫁ぐまで、レナード様がクラーク子爵を賜るのだと思っていました。元々レナード様はクレイグ辺境伯を継ぐ事に?」


「あぁ。うちは一応実力主義だ。兄上より俺が相応しかった……それだけだ」


「その事を……ハリソン様はご納得されていないのでは?」

私がそう言うと、レナード様は歩みを止めて、


「……何か言われたのか?」

と少し怖い顔をした。




「いえ……。そんな大した事ではありません」


「何と言われた?」

逃げられそうに無いことを悟った私は、


「僕を馬鹿にしているのだろう……と。もちろん私は全くハリソン様の事も存じ上げておりませんでしたので、そんな事はないのですが……」

と答えた。


「兄は……難しい人なんだ。騎士として生きていくには、駄目な事が多すぎる。食は細いし、好き嫌いが多い。騎士は野営する事も多い。特に我が騎士団はな」


「確かにそこで選り好みをする訳には参りませんよね」


「そうなんだ。それに筋肉のつきにくい体というか……鍛錬についていく体力も気力も足りない。騎士としての適正に欠けるという判断だ。辺境伯を継ぐ者は騎士団団長を継ぐ者。昔からそう決まっている」


「でも、ハリソン様はそれに納得がいっていないのですね。だからあんな風に……」


「エリンが来た晩の夕食だってあのざまだ。不機嫌さを隠そうともしない」


「冷静さを欠いては団長を務めるのも難しい様に思います」

と私が頷けば、


「俺も最近では冷静さを欠いているが……」

とレナード様はポツリと呟いた。そして、


「嫌な思いをさせた。すまん」

と謝った。


「レナード様が謝るような事ではありませんし、理由がわかったので。それに……私、少しハリソン様の気持ちがわかるんです」

そう私が言うと、レナード様は


「わかる?何故?」

と驚いたようにそう言った。


するとそこにちょっとしたガゼボが現れた。

レナード様は私をそこへと誘導する様にエスコートして、


「ワンピースが汚れる」

と素敵な刺繍の入ったハンカチを椅子の上に広げて私を座らせた。


私はちょっとだけモヤリとする。あの刺繍……まさか女性に頂いたハンカチ……なんて事はないわよね?私ですら、騎士に自ら刺したハンカチを渡す意味を知らないわけではない。……うーん、モヤモヤ。


そんな私には気づかず、レナード様は


「兄の気持ちがわかると言ったな。何故だ?」

と私に尋ねた。私はハンカチの件を一旦頭から追い出して、


「私に妹がいるのはご存知ですよね?」

と話を切り出した。


「もちろん」


「私もハリソン様と同じ様に……ずっと妹へコンプレックスを持っておりました」


「……何故だ?」


「レナード様はご存知ないでしょうが、妹はとても可愛らしくて。少し我が儘な所がありますが、そういう女性が好きな殿方もいらっしゃるでしょう?それに……そんな彼女を何故か憎めないのです。コンプレックスは持っていますが、仲が悪いかと問われればそんな事は全くないと答えます。ただ、羨ましく思う時は、往々にしてありましたわ」

私は素直に自分の気持ちを話た。折角、夫婦になったんだもの。嘘や偽りで自分を飾るのは、もうやめたい。




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