第18話

「俺は……男ばかりに囲まれて育った」

レナード様は私の唇から指を離すと、私と少し距離を詰めて座り直した。私はレナード様の次の言葉を待つ。


「母は早くに亡くなったし、騎士団は男ばかり。メイドは居たが自分の事は自分でやれと……そう父に言われて育ったからか、メイドとの関わりも必要最低限だ」


レナード様がたくさん喋ってる……!と内心驚いているが、もちろん口には出さない。


「だ、だ、だから……女性をどう扱って良いかわからんが……幸せに…………する」

またもや小さくなるレナード様の声だが、『幸せにする』という言葉はちゃんと聞こえた。


「幸せに……なりましょう。一緒に」

私はそう言ってレナード様の手を握り返す。レナード様の肩が一瞬ピクリと上がった気がするが、嫌がられているわけではないだろう。


「で…………で、だ。あの……その……今日は、しょ、初夜とな、なるわけだが……どうだろう?いや、どうだろうと言うか嫌なら…その……明日でも……明後日でも……でも、出来ればキョウガイイノダガ……」

しどろもどろになりながらも、レナード様は私の手をギュッと掴んだ。


「痛っ……」

あまりの力強さに私はつい声が出る。


「あ……!すまない!」

とレナード様は私の手をバッと離した。


私はその様子におかしくなって、クスクスと笑ってしまう。


「お、おかしい……か?」


「すみません……レナード様が慌てているのが、何だが可愛くて」


「可愛い……」

男性に可愛いなんて失礼だったかしら?


「はい……。失礼でしたか?」


「いや。……初めて言われた。『怖い』と言われた事はあるが。俺は女性と……その……本当に関わりがなくて……」


「どこかのご令嬢に言われたのですか?」


「……まぁ。俺は口下手だし、顔も……こんなだから」

確かに男らしい顔だが、怖い訳ではない。いや逆に……かなり美丈夫な方なのではないか?


私はさっきのレナード様を真似て


「ご自分の事をそんな風に言ってはいけませんよ?」

とレナード様の唇に人差し指を添えて微笑んだ。




瞼の裏に陽の光を感じて、そっと目を開く……。人の気配を感じて横を向くと、レナード様がガッツリ私を見つめていて、目が合ってしまった。



そうか……私、結婚したんだった。


「お、おはようございます」

私は見つめるレナード様にそう挨拶すると、何故か急に昨晩を思い出し、恥ずかしくなってシーツに潜り込んだ。


「ど……どうした?」


「いえ……何だか恥ずかしくなって……」

と私がシーツを被りながらそう言うと、そのシーツをそっとレナード様が捲る。


「か、体はその……辛くないか?む、無理を……させた……」

とレナード様は顔を赤くしながらそう言った。


「大丈夫……です」


「そ、そうか。なら良かった」


気づけば私は夜着を着込んでいた。レナード様……が?


「あの……着替え……」


「俺が。風邪をひくと悪い」


「あ……ありがとうございます」


「………………」

何だか恥ずかしい。お互いモジモジしてしまう。


いつの間にか寝落ちしてしまったが、本当にレナード様と夫婦になれたのだと思うと、心がじんわりと温かくなった。レナード様はとても優しく私を扱ってくれた。女性に慣れていないなんて……本当かしら?


私はついレナード様の顔をジッと見てしまう。別にそこに答えがあるわけじゃないのに。

ハロルドみたいに、私だけでなく誰にでも優しい男はどうも信用出来ない。レナード様は……どうなんだろうか?



「何か顔についてるか?」

と不思議そうにするレナード様に、


「いえ……。ちょっとだけ不安に……」

と私がつい素直に口にすれば、


「ふ、不安???ど、どうして?……もしかしたら俺の事が嫌に……?」

とレナード様はオロオロし始めた。


「ち、違います!レナード様がその……素敵なので……不安に……」


「!す、素敵……そ、そうか……素敵か……」

とレナード様と口元が少し緩んでいた。……これってレナード様の笑顔なのかしら?


レナード様にはゆっくりしてて良いと言われたが、折角目も覚めた事だし、私も起きる事にした。

レナード様は朝の鍛錬に行くと先に部屋を出たので、私も自分の部屋に戻ってバーバラに支度を手伝ってもらう。


「フフフ。お嬢様……いえ、奥様。何だがお顔が嬉しそうです」

私の髪に櫛を入れながらバーバラが鏡越しに微笑んだ。


私は自分の頬を両手でそっと挟んで


「……ニヤけてる?」

とこれまた鏡越しにバーバラに尋ねる。


「それはもう」


「え……そうなの?レナード様にもバレちゃってるかしら?」


「良いではないですか~。新婚なんですから!はい!出来ました!」


バーバラはいつものポニーテールに私を仕上げると、私の肩をポンと叩いた。


……レナード様の好みはどんな髪型かしら?

鏡の中の自分を見て、ふと私はそう思っていた。



朝食を食べる為に食堂へ向かう途中、


「おい!」

と声を掛けられた。

私とバーバラが振り返ると、そこには腕を組んでイライラした様子のハリソン様が居た。


「おはようございます。ハリソン様」

と私が挨拶をすれば、


「お前も僕を馬鹿にしているんだろう?」

と突然私に突っかかってきた。


「は?」


「僕だって好きでこんな家に生まれた訳じゃない」

ハリソン様が言っている意味がわからない。彼は……どうしたと言うのだろう?


「あの……私、ハリソン様にお会いしたのは一昨日が初めてです。そんな私がハリソン様に何かを思うなんて……」


「ふん。どいつもこいつも。どうせ腹の中では同じ事を考えてるんだ」

そうハリソン様は言い捨てると、私達に背を向けてドスドスと反対側へ歩いて行った。


「あれ……何ですかね?」

とバーバラは小さな声で私に尋ねるが、私も答えは持っていない。だがあの感じ……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだが身に覚えがある気がした。


「……憶測で物を話すのは良くない事だけど、ハリソン様がクラーク子爵を賜わる事と何か関係があるのかも……」

と私は呟いた。

まだその理由についてはレナード様に聞いていない。



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