第17話
「今からお披露目だ」
折角来てくれたミネルバとアンソニーとの挨拶もそこそこに、レナード様にそう言われた。
私は誰に?と思いながらもあれよあれよという間に、バブーシュに乗せられ領地の街をパレードする事になった。ミネルバとアンソニーには必死に手を振ってみたのだが、何だが申し訳ない。
しかし………クレイグ辺境伯領で私をお披露目して何になるのだろう。不思議だ。
ゴトゴトと揺れる馬車に私が姿勢を崩しそうになると、
「よ、寄り掛かって良い」
とレナード様は私の肩をそっと抱いた。
その様子に街の人々が歓声を上げる。
「レナード様は領民の皆様に慕われているのですね」
私は沿道に集まった多くの人々を見てそう言った。クラーク子爵領でも皆がこうして私を歓迎してくれるかしら?私は少し不安になる。
「……騎士団団長になるからな……」
とボソッと言うレナード様に私は首を捻る。
「……クラーク子爵を賜っても、この辺境伯騎士団に……?」
と言う私の疑問に、
「……?何を言ってる?クラーク子爵になるのは兄上だ」
とレナード様は答えた。
「ええっ???」
と私は声と共に思わず立ち上がるも、馬車の揺れのせいで私はストンとレナード様の膝の上に腰を下ろしてしまった。
「ご、ごめんなさい」
私が直ぐ様立ち上がろうとするのを、
「あ、危ないからそのまま……」
とレナード様は私の腰を抱いた。
私はレナード様の膝に横抱きの様な格好で腰掛けたままだ。
それを見た観衆はまた沸いた。……は、恥ずかしい。
「あの……重たいので」
と小声で言う私に、
「軽い。もっと食え」
と一言レナード様は言ったっきり、私の腰から手を離してくれる事は無かった。
領地で一番栄えている街を一周し、私達は辺境伯邸へと戻って来た。
私が着くと母は既に帰り支度を済ませている所だった。
「お母様……もうお戻りになるのね」
寂しい気持ちになるが、父の事も気になるので、引き止める事は出来ない。
「ええ。貴女の花嫁姿も見れたし、パレードも」
「パレードなんて聞いていなかったから、びっくりしたわ」
「私もよ!王都でパレードなんて……王族でもなければ……」
と母は言葉を切って、
「……そう言えば王家の血が入っていたのだったわ。そう考えると由緒正しいお家にエリンは嫁いだのね」
とそう言った。私はその言葉に急に不安になる。
「……実は……レナード様がこのクレイグ辺境伯を継ぐみたいなの」
「私もさっきそれを聞いた所。理由は……貴女はレナード様にでも聞くと良いわ。私達は皆勘違いしていたみたいね」
「お母様……私に務まるかしら?」
と私が少し眉を下げると、母は私の肩に手を置いて
「貴女なら大丈夫よ。自信を持って!」
と励ましてくれた。自信……中々難しい事を言う。
私は馬車に乗り父の元へと帰る母を、見送った。
ミネルバ達も既に帰路についたと言う。
「……お別れは済んだか?」
と背後から声がかかる。
振り返ると難しそうな顔をしたレナード様が居る。
「はい。母に出席して貰えて良かったです。このドレス姿を見せる事が出来たのも……」
そう言って私はドレスに施された見事な刺繍にそっと手を触れた。
「………気に入ったか?」
「はい、とても!王都でもこんなに美しい刺繍は見たことありません。一度しか袖を通さないなんて……勿体なく感じます」
と私が言えば、何故かレナード様は顔を赤くして俯いた。
湯浴みを済ませて夫婦の寝室で待つ様に告げられた。私は寝台に腰掛けて手をぎゅっと握っていた。
「はぁ……」
緊張で喉が渇く。レナード様は……女性に慣れていらっしゃるのだろうか。私がドキドキしながら待っていると、『ガチャ』っと言う音と共にレナード様が入って来た。
夜着のレナード様はなんだか新鮮で、あまり厚くないその生地はレナード様の逞しい筋肉を隠せずにいた。
私は思わず俯いてしまう。あまりジロジロ見ては失礼だろう。
すると、レナード様がギクシャクと手足を動かしながら部屋へと入ってくる。……何かがおかしい。
その歩き方に物凄く違和感を感じ、じっと見つめる。……手と足が一緒に出てるわ……。
私の視線に気付いたレナード様はその歩みをピタリと止めると俯いた。
寝室は薄暗くその表情はよく見えない。
「ぶ、不躾に……申し訳ありません」
私はじっと見つめてしまった事を謝罪する。
その声をきっかけにレナード様はまたギクシャクと私の居る寝台へと近づいて来た。
腰掛ける私の前にレナード様が立つ。背の高いレナード様の顔は物凄く上の方にあって、私が見上げてもその高い鼻と顎しか見えない。……威圧感が半端ない。
すると、
「そ……その……。良いのか?」
と少し震える声でレナード様が私に尋ねる。良いのか……って何が?
「『良いのか?』とは……」
「俺と……本物の夫婦になる事が……だ」
レナード様の声は段々と小さくなる。
シンと静まった部屋だから辛うじて聞こえるが、私はその言葉の意図が掴めず、首を傾げた。
私に聞こえていないと思ったのか、レナード様は先程より少し声のボリュームを上げて
「その……肌を重ねてしまえば……後戻りは出来ん。それでも良いのか?」
と尋ねる。
「も、もちろんです。……後戻りなど……。レナード様は……この結婚にご不満が?」
私は少し悲しさを堪えながらそう聞き返した。……所詮私は妹の代わりなのだろうか?
するとレナード様は慌てた様に、
「そ、そんな訳……!お、俺は……その……心から……喜んでいる……」
と私の横に腰掛けると私の手を握りながら段々と俯いてしまった。声もまたますます小さくなる。
私は、
「レナード様。私は婚約を解消された……謂わば傷物です。そんな私を……」
『娶って下さってありがとうございます』と言おうとした私の唇にレナード様はそっと人差し指を添えて
「自分の事をそんな風に言うな」
と彼はそう言った。
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