第15話
「それではジュード、アーサー仕事をよろしくね。マージ、チャールズの事は貴女に任せるわ」
母が馬車を見送る為に外へと出て来た三人に声を掛けた。
「母上、任せて下さい。それと……エリン結婚おめでとう。式には行けないが、お前の幸せを願ってるよ。レナード様は立派な方だ。お前は絶対幸せになる」
と兄は言うと、私の耳に口を寄せて
「あのハロルドよりよっぽど良い男だ」
と小声で私にそう言ってウィンクした。
その言葉に私はつい苦笑いしてしまう。
「お兄様ったら……。でもレナード様を知っているお兄様の言葉だもの。何だかとても安心したわ。足……辛くない?屋敷に戻っても良いのよ?」
「大丈夫だよ。本当に痛みは殆ど無いんだ。辺境伯領の医者はとにかく名医でね。怪我の多い騎士団に無くてはならない存在だ。お陰でこうして普通に暮らす分には何の問題もない。まぁ……夜会でダンスは踊れないだろうがな」
と兄は肩をすくめた。
「元々ダンスは苦手なくせに」
と私が言えば、
「違いない」
と兄は笑った。
「お嬢様、本当におめでとうございます。お嬢様なら、間違いなく幸せになれますよ」
とアーサーが言えば、マージも
「本当におめでとうございます。あんなに小さなお嬢様がもうこんなに立派になられてお嫁にいくなんて……」
と泣き出してしまった。
「マージ……貴女にはたくさんの事を教えて貰ったわ。苦い薬を苦労せずに飲む方法とか、怖い夢を見た夜の過ごし方とかね……本当にありがとう」
と私が礼を言うと、マージはますます号泣してしまった。
「さぁさぁ、もう発つ時間だわ。一日目の宿は料理がとても美味しいらしいのよ。私も久しぶりの外出だし、とても楽しみよ」
と母はそのしんみりとした空気を切り替える様に手を叩いて明るく言った。
心の片隅には、父への心配がある筈の母が、こうして笑顔を見せてくれているのは、全て私を明るく送り出す為だ。私もそれに乗っかる様に
「え?そうなの?何だか私も楽しみになってきたわ」
と笑う。私はもうストーン家の人間ではなくなるのだが、だからと言って血の繋がりが切れる訳ではない。距離が離れたとしても心が離れる事もない。
私と母、そしてバーバラで馬車に乗り込む。
私が十八年間生まれ育った大切な我が家を最後にもう一度眺めると、馬車は馬のいななきと共に出発した。
「遠路遥々、ようこそおいで下さいました」
頭を下げた初老の男性に、私と母は挨拶をした。彼の名前はセフィロス。ここクレイグ辺境伯の執事だと言う。白髪混じり髪をピシッと撫でつけて、背筋をピンと張った姿はとても若々しく見えた。
「お初にお目にかかります。エリン・ストーンです」
母と共に挨拶を済ませると、私は早速部屋へと案内された。
「こちらは今後エリン様にお使いになっていただく、お部屋となっております。隣は夫婦の寝室、その向こうが……」
と言うセフィロスの説明に私は待ったをかける。
「えっと……ここはクレイグ辺境伯様のお屋敷と認識しているのですが、私はここに暮らすのですか?」
私は戸惑いながらセフィロスへと質問する。
私が嫁ぐのはクラーク子爵となるレナード様だ。それなのに、このお屋敷で暮らすのかしら?
クラーク子爵領はここクレイグ辺境伯領に隣接していると聞いていた。近いからと言って同居……?
すると、私の質問にセフィロスは不思議そうに眉を顰めると、
「えぇ……。もちろんで御座います。このお屋敷がエリン様のお住いになります故」
と答えた。
あれ……?私が恐る恐る、
「あの……私はクラーク子爵領にお屋敷があるものだとばかり……。勘違いをしてしまったのかしら?」
と尋ねる。同居……は流石に少し息苦しい。
「クラーク子爵領にももちろん屋敷は御座いますが……そこにエリン様のお部屋は御座いませんよ?」
……もしや、別居?私はここで暮らして、レナード様は子爵領で暮らすのかしら?
私は理由がわからず首を傾げた。
見かねた母が、
「レナード様はどちらでお暮らしに……?」
と尋ねる。母も私と同じ疑問を持ったようだ。
「レナード様はこのお部屋の……夫婦の寝室を挟んだ向こう側に決まっております」
セフィロスは至極当然といった風に、そう答えた。
困惑する。どういう事だ?
そうこうしていると、少し息を弾ませたレナード様が私達の前に現れた……と同時に顔を赤くして俯いた。……走ってきたから苦しいのかしら?
「こんばんはレナード様。遅くなって申し訳ありません」
私が腰を落としながら挨拶すると、
「よく来た。少しゆっくりすると良い」
レナード様はそう言うと、
「セフィロス。夕食は少し時間を下げろ」
と執事に命令した。セフィロスは「畏まりました」
と頭を下げて、
「侍女の方はおられる様ですが、何かありましたら遠慮なくそこのベルを鳴らして下さい。直ぐにメイドが駆けつけます。では、伯爵夫人。客間へと案内いたします」
と母を先導する形で部屋を去っていく。母は、
「じ、じゃあ……エリンまた後でね」
と少し戸惑いながら、セフィロスの背中を追いかけた。
私はレナード様と共に取り残される。もちろんバーバラも居るけど。
レナード様は目を合わさずに、
「また夕食に声を掛ける」
と言って彼もまた去っていった。私はバーバラと顔を見合わせて、
「どういう事かしら?」
と疑問を感じずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます