第11話
母は兄の顔を見るなり、走り寄ると
「今の今まで、何をしていたのよ!!!」
と兄の頭をポカポカと殴り始めた。私が止めるより先に、
「一応、怪我人だから」
と母が振り上げた拳をレナード様はそっと受け止めた。
母はレナード様の顔を見てから、急に泣き崩れる。私は崩れ落ちた母に急いで駆け寄った。
そんな母に戸惑った表情を浮かべるレナード様と、申し訳なさそうな顔の兄。兄が母の肩に置こうとした手を母は振り払う。
「お父様が倒れたのは貴方のせいよ!どれだけお父様が貴方を心配していたか………」
とまた涙を浮かべる母を私は抱きかかえる様にして立たせた。
「お兄様、私、お母様を休ませてくるわ。お兄様も長旅で疲れたでしょう。話はまた明日にしましょう。レナード様も、兄を連れ帰って下さってありがとうございました。今日は我が家にご宿泊下さい。直ぐに部屋を用意させます」
と私は兄とレナード様に一言残し、母を連れて応接室を出て行った。
「ごめんなさい、取り乱したわ」
グラスに注いだ水を母は一気に飲み干すと、一息ついてそう言った。
「お父様……私やナタリーの前ではお兄様を『好きにさせろ』と言うだけだったけど、本当は心配なさっていたのね」
頭を抱えた母に私はそう言った。
「ええ。とてもね。ジュードにはお父様の愛情が伝わっていなかったのかもしれないけれど」
良く兄は言っていた『僕達なんかより父上は領民の方が大切なんだ』と。
でも、私はそんな父を誇りに思っていた。領民にも使用人達にも慕われている父を。兄はそれに対して複雑な想いを持っていたようだが、私は『何を甘ったれているのだろう』と呆れていた。もっと兄と真剣に話をしておけば、こんな事は起きなかったのだろうか?
「お兄様は……」
「自分はお父様に愛されていないと思っていたのでしょう?わかっていたわ。だからといって領民に嫉妬するなんて何て馬鹿げた……」
「だから領主になりたくないなんて言い出したのかしら?」
「それはジュードにしか分からないけれど、私は直ぐに根をあげて戻って来ると思っていたの。きっとお父様の気を引きたいだけなのだと。まさか、その間にお父様があんな事になるなんて……」
「お兄様……これからどうするおつもりなのかしら?」
「怪我……って言っていたわね。杖をついていた様だけど」
「足を怪我した様よ。お父様の事を聞いて戻って来た……と、レナード様が」
「へ?まさか……あの大きな男性は……」
「彼がレナード・クレイグ様よ。お兄様を連れて帰って下さったの」
「まぁ……私、何て所を見せてしまったのかしら!夜会にも顔をお出しにならないから、知らなかったとは言え、とんだ失礼を……」
「今晩はうちにお泊りいただくつもりよ。後でゆっくりと謝罪する時間はあるわ。お母様は少し休んでて」
そう言って、私は母の部屋を出た。
すると、玄関先でアーサーが焦った声を出している。私は急いで玄関ホールへと向かった。
「どうしたの?」
アーサーと揉めて(?)いるのはレナード様だった。
「あ!お嬢様!クレイグ辺境伯ご子息様が此処には泊まらず、他の宿を探すと」
とアーサーが私に報告する様に話すと、
「……レナードで良い」
とポツリと彼は呟いた。
「レナード様、何かこちらに不手際が御座いましたでしょうか?」
私が尋ねると、
「…理性が
何故かレナード様は咳込みながらそう言った。
「迷惑だなんて、そんな。兄が大変お世話になったお礼もまだですのに……」
「礼など必要ない」
「いえ。準備が不十分で満足なおもてなしは出来ないかもしれませんが、湯と温かな食事ぐらいは。せめて今晩だけ。疲れた体をお休めになって下さい……それに……」
「それに?」
「栞のお礼もまだです」
と私が微笑めば、レナード様は顔を真っ赤にして俯いた。
「お兄様……今後はどうするつもり?」
食事が終わり、湯浴みを済ませた兄の部屋を訪れた私が尋ねる。兄は一人で湯浴みをするのが難しいらしく、使用人に手伝って貰っていた。想像以上に足の怪我は重そうだ。
「僕の我が儘が許されるとは思っていない。でも……僕がここを支えていくよ。一応領主となるべく勉強はしてきたんだ。反発心があったとしても、やるべきことはやっていたつもりだ。父上の代わりに仕事をするよ」
「……お父様に会いに行った?」
「あぁ、母上が湯浴みしている隙にな。随分と痩せた」
「栄養を血管に流していても、食べ物をとっていないもの。お父様が倒れてからもう半年以上よ?……お医者様にも何度か覚悟した方が良いと言われたわ。お母様もそれで参ってしまっているの」
と私が顔を伏せると、
「本当に……すまなかった!」
と兄は椅子に腰掛けたまま深々と頭を下げた。
「私に謝っても……。でもね、お兄様が原因でたくさんの人に迷惑を掛けた事は忘れないで。マリアベル様だって……」
「アーサーに聞いた。賠償金も支払ったと。……僕は本当に馬鹿だ。自分の事しか考えていなかった」
いくら後悔しても、もう遅い。だが兄を責めた所で、事態が好転するわけではない。
せめて、母の負担を減らしてくれるのを期待するしかない。
兄の部屋を後にした私は、母の部屋へと向かう途中、薄暗くなった庭に人の気配を感じて、窓の側へと近寄った。
「……レナード様……?」
目を凝らして見ると、庭に居るのはレナード様だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます