第12話
私が庭に出ると気配を察したのか、レナード様がこちらを向いた……と思ったら俯いた。何故?
レナード様の手には模造刀が握られているが……外は雨だ。そう、先程からポツリポツリと雨が降り始めていたのに、何故か濡れる事も構わずにレナード様はそこに立っていた。
「レナード様、濡れてしまいます!どうされたのです?」
私が走り寄って声を掛けると、
「……色々と発散していた」
とわけの分からない事を呟いて、
「俺は良いが君が濡れるのは困る。屋敷へ戻れ」
と私を手でシッシッと追い払う。言葉と行動が合っていない。
「では、レナード様も戻りましょう」
私がそう言えば、
「もう少し剣を振っていく」
と私から目を逸らして、また剣を握り直した。
「ダメです。レナード様が戻ると言うまで、私も此処に居ます」
「ダメだ。風邪をひく」
「レナード様だって風邪をひきます」
「俺はひかん」
押し問答を続けるも、私が
「クシュン」
と一つくしゃみをすると、レナード様は慌てふためいて、
「ほら、戻れ。俺も戻るから」
と私の腕を掴んで屋敷へと引っ張って行った。
屋敷に入るとレナード様は『バッ!』と手を離して何故か後退った。
すると、バーバラが布を手に駆け寄る。
「お二人とも雨に濡れて……どうされたのです?!」
「私は湯浴みをするから、それはレナード様へ渡して」
とバーバラが手にした布を取るとレナード様へと渡した。
「俺は大丈夫だ」
「いえ、お客様に風邪をひかれては困ります」
私は無理やりその布をレナード様へ押し付けながら
「そう言えば……レナード様は湯浴みをされたのではなかったのです?」
と疑問を口にした。
「した。が、どうにも悶々とするから……」
とレナード様は口籠る。レナード様って……運動しないと眠れないタイプなのかしら?
布を二人で押し付け合っていると、不意に私とレナード様の手が触れてしまう。
「あっ……」
と私が声を出すのと、同時にレナード様の手が異様に早いスピードで引っ込められた。
さっき、私から距離を取った事といい、今のスピードといい……そんなに私の事が嫌なのかしら……?と凹んでしまう。しかし『嫌いですか?』なんて尋ねる勇気はないので、
「勝手に触れてしまい申し訳ありません。私は失礼しますので」
と頭を下げて、私は踵を返した。
その背中に、
「ち……違っ……!」
と言うレナード様の声が追いかけて来たが、私は振り返らずにその場を去った。
そう言えば母の所に顔を出すつもりだったのに、私の頭から、すっかりとそれは抜け落ちていた。
翌朝早くに、私はレナード様に呼び出された。
私が応接室に行くと、既にレナード様が待っていた。
「お待たせして申し訳ありません」
「いや……」
私は軽く会釈をしてレナード様の向かい側へ腰を下ろす。
部屋にはバーバラが居て、私の好きなハーブティーを淹れ二人の前に置いた。
「どうぞ。ハーブティーですがお嫌いでなければ」
「頂こう」
…………シンッと静まる部屋に二人のカップの微かな音だけが響く。
レナード様は怖いぐらいに真剣な表情で硬く拳を握っていた。
私は嫌な予感で胸がいっぱいだ。
『申し訳ないが婚約はなかった事にしてくれ』
そう言われるのではないかと心がざわつく。
どちらも声を発そうとしないので、部屋はまだ静まり返ったままだ。
大きな窓からは日が差して、昨日の雨空が嘘のように晴れ渡っていた。
レナード様は今日辺境に帰ると聞いている。早く出なければ、辺鄙な場所で夜を過ごすことになるだろうが、なかなか口を開こうとはしてくれない。
……そんなに言いにくい事なのだろうか……そう思うと自分の嫌な予想がますます当たっている様に思えて、私は少しずつ俯いてしまった。
すると意を決した様に
「先程、伯爵夫人から了承は得たのだが……」
とレナード様はやっと話し始めた。
母に了解を取らなければならない様な話しか……私はそっと息を吐き出す。覚悟を決めなければならないかもしれない。
「はい」
「君の気持ちも聞かねばと」
……婚約解消に私の意思を尋ねてくれるのね。良かったハロルドの様に私の気持ちを無視されなくて。私が黙っていると、レナード様は続けて
「結婚式なんだが、一週間後に執り行いたいと考えている」
「はい?」
婚約解消を覚悟していた私はレナード様の言葉の意味が分からなくて聞き返した。
「とりあえず卒業式の後、直ぐに用意して馬車でここを立てば明後日の夕方には……」
「ちょっ、ちょっとお待ち下さい!結婚式とは……誰の?」
「君と。俺の」
「え?私との結婚を止めるのでは?」
「何故?」
私は何か思い違いをしていたらしいが、それにしても一週間後?それは……何かの冗談かしら?
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