第9話

私は父の様子を横目で見ながら、レナード様への返事を書いた。


レナード様からの手紙を心待ちにしている自分が居る事に気がついている。ハロルドにつけられた心の傷は時間と……そしてこの可愛い栞に癒されている事は間違いない


……ただ。もし私の容姿をレナード様が気に入らなかったら?ナタリーを見て『あぁ、やはり妹の方が良かった』などと思われたら?そう考えると会うのが怖くなってしまう。


私は立ち上がって、部屋に置いてある鏡の前に立つ。

地味……よね。あまり特徴もないし……。特徴と言えば女性にしては少し高めの背丈ぐらいかしら。髪はいつもポニーテール。代わり映えしないけど、これが動きやすいもの。


レナード様が面食いでなければ良いな……と思いながら、私は椅子に戻った。




次の日にはナタリーは既にケロッとしていた。そして、



「婚前旅行?」


「あぁ。結婚式が延期になった事で完全にナタリーが臍を曲げてしまったからね。ちょうど父の友人の領地まで出掛ける用があったから、ついでにナタリーを連れて行く事にしたんだ。港町だし、観光客も多いから、ナタリーも喜ぶだろうと思って」


「そう。良いんじゃない?」


ハロルドにそう言われて、私は何と返すのが正解か分からなかった。母が許可したなら、私にわざわざ言う必要はないのに。


「ナタリーの我が儘にも困ってしまうよ。結婚式だって『もっと派手に!』とか『もっと豪華に!』って言われても、パトリック伯爵家には代々伝わる形式があるからね」


謎のルールが多数存在するパトリック伯爵家。私はそれに文句を言った事はないけれど、ナタリーなら言いかねない。


「ナタリーはその仕来りを知らないのだもの。貴方が教えてあげたら?」

私はそう言い残すと、その場を去ろうとハロルドに背を向けた。すると、ハロルドが私の手を掴む。


「なぁ、エリン。君からナタリーに言ってくれないか?僕が言っても泣いてしまって話にならないんだ」

私はその掴まれた手を振りほどき、


「私は貴方達の間に入るつもりはないわ。自分で何とかして。貴方がナタリーを選んだのだから」

と私はハロルドを残して歩き始めた。


「エリン……」

と呟くハロルドの声に、


「ハロルド!おまたせ~!今日はどこまでお買い物に行くの?」

と支度を終えたナタリーがハロルドを呼ぶ声が重なった。


……二人で勝手にやってくれ。



その後程なくして、ハロルドとナタリーは婚前旅行へと旅立った。予定では約五日間。


「やっと出掛けたわね」

と疲れた様に言う母。

明日は私の卒業式だと言うのに、ここ数日ナタリーの買い物に振り回された母はため息交じだ。


「あれやこれや強請られて……お母様も大変だったでしょう?お金は大丈夫なの?」


パトリック伯爵家からは多額の持参金を要求されている。もちろん父が倒れたからといって、直ぐにどうこうなる程、お金に困ってはいないが、つい心配になった。


「エリンが心配しなくても大丈夫よ。でも……そろそろジュードを捜すのに人を使うのは止めようと思うの」

と母はそう言った。少し前から兄の事を諦めている様に見えた母は、続けて私に、


「ねぇ……エリンがここを継ぐのはどう?」

と尋ねて来た。我が国で女児が家を継ぐ事は出来ないので、私の夫に……という意味だろう。


「レナード様に……って事?」


「ええ。ほら……レナード様は次男だし、子爵になるなら、うちは伯爵位だし……その方が良いのではない?」

と母は本気で考えている様だ。


「お兄様の事……本当に諦めるの?」


「ジュードが今帰って来ても……許せるかどうか。あんな身勝手をしてトーチ伯爵家にも迷惑をかけたわ」

トーチ伯爵は兄の元婚約者、マリアベル様の家だ。


「お父様がこんな状態なのに……あの子ったら……」

と突然、母は泣き出してしまった。父が倒れてからずっと張り詰めていた糸がプツンと切れてしまったのかもしれない。母は母でいっぱいいっぱいだったのだ。


私はそんな母の肩を抱きながら、


「お兄様もお父様の状況は知らないもの。……お母様もお疲れなのよ。今日は私が仕事を代わるから少し休んだら?」

と言う私の言葉に、母は泣きながら頷いた。


お父様の主治医から安定剤を貰い、私はそれを母に飲ませて休ませた。


「顔色も悪いし、最近はあまりお休みになってなかったようで」

とマージに言われ、私はあまり母を気遣っていなかった自分を反省した。



私は母に代わり執務室で書類に目を通す。側には執事のアーサーが熱心に書類を捲っていた。


「ねぇ、アーサー。私が婿をとった方が良いのかしら?」

と言う私の問いに、


「奥様もそれをお考えの様ですが……クレイグ辺境伯様がそれをお許しになるか……」


「そうよね。でも、辺境伯様はお父様のご友人なんでしょう?」


「確かにそのように聞いておりますが、友人と言っても学園に通っていた時代の事。今回の縁談が持ち上がるまでは、殆ど交流はなかったと記憶しております」


「…………そう。もしレナード様が婿入りを拒否されたら……私はまた他の婚約者を探さなくてはいけないのかしら?」


……正直、それを考えるのが怖かった。


「それも全てクレイグ辺境伯様のお心次第といった所でしょう。どうしてもあちらとは格が違いますから、あちらの言い分を飲むしかありませんね」

と言うアーサーの言葉に、私は頷くしかなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る