第8話

その後もナタリーはハロルドとパトリック伯爵家についての不満や愚痴を言い続けた。


ガタン


「ご馳走様でした。マージと交代してくるわ」

私はこれ以上聞いていられなくなって、夕食を急いで食べ終わると、席を立ち上がった。


「あら、デザートは?」

と尋ねる母に、


「お父様の側で食べるわ。まだ少し課題が残ってるの」

課題は嘘だ。だが、やらなければならない事があるのは本当。だが、それをここで口に出すつもりはない。


私が食堂を出ようとすると、ナタリーが、


「お姉様、折角ハロルドがあげるって言ったドレスを断ったんですってね。もったいなーい。相手は変わったのかもしれないけど、どうせ結婚するんだから、それを着れば無駄なお金を使わなくて済んだのに」

と声を掛けてきた。

自分のドレスを作るお金は無駄ではなくて、私のドレスを作る事は無駄なお金なのね。

ナタリーはどうしていつもこんな物言いなのだろう。悪気はないのかもしれないがイラッとする。


私が振り返ると、母は不思議そうに首を傾げていた。ナタリーは何故かニヤニヤしている。……悪気はあったのかもしれない。


「レナード様が既にドレスは準備を始めて下さってるの。必要ない物を貰ったって邪魔なだけだわ」

と私が答えれば、


「へぇー。でもレナード様って子爵なんでしょう?お金あんまりないんじゃない?」

と物凄く失礼な事を言うナタリーに、母が、


「ナタリー、馬鹿な事を言わないで。クレイグ辺境伯様は国王陛下の従弟の方。王家の血族なのよ?我が国有数の資産をお持ちだわ」


「そうなの?でもお姉様が嫁ぐのは何とかっていう子爵になるんでしょう?関係ないじゃない」


「確かにそうだけれど……」

と母は口籠る。まぁ、ナタリーの言っている事は事実だが、クレイグ辺境伯を馬鹿にするのは、身の程知らずだ。


「ナタリー、爵位だけでものを見てはいけないわ。それに『何とか』ではなく、『クラーク子爵』よ。貴女も結婚したら社交界で立ち回らなくてはならないのだから、ちゃんと勉強したら?そんな事では足元を掬われるわよ?」

と私か言えば、


「お姉様……もしかして悔しいの?爵位は爵位。これは国に認められたものなんだから、それで判断するのは当然でしょう?結婚も……妹に先を越されるのはカッコ悪いかもしれないけど、恨むなら倒れたお父様と、行方を眩ませたお兄様を恨んでね」

とナタリーは半笑いで言った。


「ナタリー!」

と言う声と『パシン!』という音が同時に響く。椅子から立ち上がった母が、ナタリーの頬を打っていた。


「お父様はご病気なのよ!?何て酷い事を言うの!」


母は父をとても愛している。ナタリーは言ってはいけない事を口にしたのだ。



「酷い!!」

ナタリーは打たれた頬を押さえながら、食堂を走って出て行った。

扉の前ですれ違う時、何故か私か睨まれたのだが……憎悪を向けられる覚えはない。


母は椅子に腰掛けるとテーブルに肘を付き、両手で顔を覆った。

私はその母の元へと戻り、肩に手をかける。


「どうして、あんな娘になったのかしら……」

それは、両親共にナタリーを甘やかしたせいだが、それを口にするのは憚られた。

『お姉さんなのだから』と私には我慢をさせる事が多かったのだが、ナタリーは自由奔放に育てられていた。……まぁ、彼女の生まれ持った性質もあるだろうが。


「ナタリーの良い所は何かあっても直ぐに忘れてしまう所だわ。明日にはケロッとしている筈よ」

と言う私の手に母は手を重ねた。


「そうね……。あんな調子でパトリック伯爵家でやっていけるのかしら」


「きっとハロルド様がフォローなさるでしょう。だって彼がナタリーを選んだのですもの」


……少し嫌味っぽかったかしら?


「レナード様とは上手くやってる?」

と母はまだ見ぬ私の婚約者の名前を口にした。


「ええ。文だけだけど案外マメな方のようだわ。文章はとても短いけれど、三日と空けず手紙が届くの」

今日もデザートを食べながら返事を書こうと思っていた所だ。何故かナタリーの前では言いたくなくて、課題だと嘘をついてしまったが。


「そう。どんな方か存じ上げないけれど、貴女ならきっと上手くやっていけるわ」


……ハロルドに振られた私が?と思わなくはないが、ここは頷いておこう。


「レナード様を支えていける様、務めると誓うわ。お母様とお父様の様に」

私がそう言うと、母は少し微笑んだ。母も最近顔に疲れが見える。兄を捜す事も殆ど諦めてしまった様だ。



私は父の寝室へ行き、テーブルに便箋を広げた。


「お嬢様、デザートとお茶はこちらのワゴンに乗せて置きますね」

バーバラに声を掛けられ、私は


「ありがとう」

と礼を言う。バーバラは私の手元を見て、


「またいつものですか?」

と苦笑する。私の手には可愛らしい白い花の押し花のついた栞があった。


「ええ。私が読書が好きだと書いたら、それからずっと押し花の栞が文に入っているの。レナード様はとても手先が器用なのかしらね」

私は栞の花をそっと撫でた。


「辺境伯のご子息だとお聞きしておりましたので、もっと……こう……無骨な騎士を想像しておりましたが」


「私もよ。クマみたいな大男なのではないかとか、筋骨隆々の男性なのではないかと想像していたの。レナード様はご次男だし、子爵を継がれる事が決まっていらっしゃったから、あまり武芸を嗜んではいなかったのかもしれないわね。手紙の最後には必ず父を案ずる一言が書かれているの。繊細でお優しい方なのかもしれないわ」


そう口にして、私はハッと気付く。そう言えば、ハロルドは一度も父の見舞いには来た事はないし、案ずる言葉の一つも母に掛けた事も無かったな……と。



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