第7話

私とレナード様との婚約はお互い顔を合わせる事なく、すんなりと同意に至った。ナタリーの時も絵姿すら見ていないのだから、別に問題はない。



「エリン、ちょっと良いかい?」

私は学園から戻って来て、馬車を降りて直ぐにハロルドに話しかけられた。ハロルドと言葉を交わすのは約一ヶ月半ぶりだ。


「何?ナタリーなら屋敷に居るのではない?」

心の傷は、時間が少しずつ癒してくれた。まだ二人が一緒に居る所を見るのは少し痛みを伴うが、それにも慣れてきた。


「君の為に用意していたウェディングドレスなんだけど、ナタリーには少し大きいし、彼女はどうしても着るのは嫌だと言うんだ」


……たから何?


「そう。ならばナタリーの為に急いで作らせたら?」


「流石に後半月では間に合いそうにないから、既製品に手を加えて直しているところ。で、君のドレスなんだけどさ、クレイグ辺境伯の次男との婚約が決まったんだろ?なら、君にプレゼントするから、それを結婚式で着たらどうかと思って」


……この人、こんなにデリカシーのない人だったかしら?


「ハロルド様、パトリック伯爵家のお金で作ったドレスを着るなんて……クレイグ辺境伯がお許しになるはずないでしょう?

そのドレスは……捨てて下さって構わないわ」

私は、呆れながらも冷静を保ち、屋敷の方へ歩を進めた。ハロルドはその後ろから、


「なんか勿体無いよなぁ。ナタリーのサイズに作り直すって言ってもナタリーは首を縦に振らなかったし」

とぶつぶつ言っているが、私は無視をし続けた。



私は相変わらず父の部屋で学園の課題をしながら、父の様子を見守っていた。


「もう半月で卒業だというのに、ギリギリまで課題に追われるなんて」

と言う私に、


「ふふふ。いつの日かそんな日々を懐かしく思う時がやってきますよ」

とバーバラはお茶を注ぎながらそう笑った。

その時、


「どうして!?どうして結婚式が延期なの?!」

とナタリーの大きな声が廊下から聞こえた。



「どうしたのかしら?騒がしいわね」

私は扉の方へ目を向ける。バーバラは、


「ちょっと様子を見てきましょうか?」

と少しの好奇心を覗かせながら、部屋を出て行った。


ナタリーの声に混じって聞こえるのはハロルドの声だ。二人は少し言い争っている様に思える。


私は『またか』と心の中で呟いた。

最近、ナタリーはハロルドと良く喧嘩をしていた。理由は知らないし、知りたくもないが、母曰く『ナタリーの我が儘が原因よ』という事らしい。

今、私は殆どナタリーと話をする事はない。それは別にナタリーを避けているから、とかではなく、私が忙しいのと、ナタリーはいつもハロルドと居るから。それが理由だ。


バーバラは少しすると部屋へと戻って来て、


「どうもパトリック伯爵の帰国が延期になったようです」

と私に小声で報告した。……別に小声じゃなくても良いと思うのだけど。


「あら、そうなの。というか、ハロルドって伯爵が不在なのに、プラプラしている様に見えるんだけど大丈夫なのかしら?」


三ヶ月程前に隣国へと旅立った伯爵に代わり、仕事をしなければならない筈なのに……良くうちに来ている様子のハロルドを少し心配に思う。


「本当ですよね。あそこにはハロルド様しかお子様はいらっしゃらないのに」


「確かに優秀な執事や侍従の方はいらっしゃるけど、それにしても……ね。まぁ、もう私には関係ないけど」


これは強がりでも何でもない。パトリック伯爵家は使用人も優秀な人物が多かったから……というかそのせいでハロルドはどうも仕事を甘く見ている節があった。私がたまにそれに苦言を呈すると『伯爵になったらちゃんとするよ』とハロルドはそう言っていた。彼も優秀な人物ではあったが、私はその姿勢に少し不安を感じていたのも事実だ。




「ハロルドったら酷いのよ!!」


今日は久しぶりに家族で夕食の食卓を囲んでいた。

父の容体がここ最近は安定している為、マージに父を頼んで、私も揃って夕食を食べる事にしたせいだが、ナタリーの愚痴で、一気に夕食か楽しくないものに変わる。


「仕方ないでしょう?パトリック伯爵はお仕事がお忙しいんですもの。結婚式は伯爵の帰国を待ってから……というのは、最初からの約束よ」

母はチラリと私を見てそう言った。……そう、私が婚約者だった時からのそれは約束だった。


「早く私は結婚したかったの!ハロルドだって同じ気持ちだと思ってたのに、曖昧に微笑むだけなんだもの。ガッカリだわ。

それに、結婚式が延期になるって分かっていれば、ドレスだってオーダーメイドで作らせたわ!ハロルドにそう言ったら『もう既製品の手直しが殆ど終わっているから無理だ』って言うのよ?

折角の結婚式なのに……酷いわ」


……途中で婚約者が変わったのだから、それは仕方ない事なのではないだろうか……。私はそう思いながらも黙って夕食を食べ続ける。母とナタリーとの二人の会話に口を挟むつもりはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る