第6話

「お姉様のウェディングドレスは嫌!だって……地味なんだもん!」


今日もまたハロルドはナタリーに会いに来ている。元婚約者の居る家に来ないで、自分の屋敷に呼べば良いのに……。二人の姿を見るとまだ胸が痛む私は、目をそらしながら、テラスを通り過ぎた。


「お母様、この書類には目を通したわ。次は何を手伝えば良いかしら?」

父の執務机に父の代わりに陣取っているのは母だ。


「あぁ、エリンありがとう。実は貴女に話があるのよ……」

と母は視線を落とす。……きっとあまり嬉しい話ではないのだろう。


「あまり貴女には楽しい話じゃないんだけど……少し長くなりそうだから、そこに座って」

私は母に指された椅子に腰掛けた。


母は私の前に座って、


「ナタリーは学園を辞めたわ。まぁ、女生徒の中には結婚で中退する事も珍しくないから、それは良いんだけど。貴女とハロルド様は約二ヶ月後に結婚する予定だったでしょう?それって……」


「私の卒業と、パトリック伯爵の帰国を待っての事ね」


「そうなの。実は貴女と婚約解消した事をパトリック伯爵はまだ知らないみたいなのよね」

パトリック伯爵は隣国へ仕事の為に行っており、帰国は二ヶ月後の予定だ。


「そうなの?でも、伯爵夫人は了承されているんでしょう?なら問題ないのではなくて?」


「まぁ……。彼女は昔からあまり誰にも反抗する事が苦手な娘だったから……」

学園時代の学友であったパトリック伯爵夫人の事を思い出す様に、母はそう言った。

しかし、私にはもうどうでも良い事だ。母は何が言いたいのだろう。


「そう……。でも、もう私には関係のない事だわ」

と少し俯く私に、


「あぁ、ごめんなさい。貴女にこんな話をして。伯爵の居ない隙に色々と決めてしまって良かったのかと不安になったの」


母の気持ちも分からなくはない。

私とハロルドの婚約を決めたのはパトリック伯爵だ。婚約を解消した事、ナタリーを新しい婚約者にした事。その全てを伯爵の許可を得ずにやってしまった事に不安を覚えたのだろう。しかもうちの父親はあの状態。母はその責任を自分が全て負うのではないかと怖くなった様だ。


「全てはハロルド……様がお決めになった事。責任は彼にあるのだから、彼が何とかするのではないかしら?」


少し言葉が冷たく聞こえたかもしれないが、私にもまだ痛む心があるのだ。


「そう……よね。悪かったわ。でね、ここからが本題なのだけど、貴女に話と言うのはね……」

と話し始めた母に私は驚いていた。話ってこれじゃないの?別にあるの?


「ナタリーの婚約者……いえ、元婚約者の方についてなの」


ナタリーの元婚約者……あぁ、クレイグ辺境伯のご次男である、レナード様の事ね。と言ってもナタリーが拒否していた為に保留になっていた筈だけど。


「でもあれはお断りしたのでしょう?元々決定ではなかったし、ナタリーはもう……」


『ハロルドの婚約者でしょう?』と言う言葉は私の喉につっかえて出てこなかった。


「お断りのお手紙は書いたのだけど……向こうは既にレナード様と結婚させる気でいたみたいで。もう準備を始めていたというの」


準備と言うのは、挙式の事も然ること乍らレナード様が辺境伯の持つもう一つの爵位、クラーク子爵を賜る準備という事だろう。


「でも、ナタリーは……」


「だからね……貴女には申し訳ないのだけれど……貴女があちらに嫁いでくれないかしら?」

と母は懇願する様に私を見た。


「そんな……私はまだ、気持ちの整理が出来て……」


『ない』と言ったら未練がましいかしら?私、そんなにハロルドの事が好きだった?確かに好意は持っていたし、彼と結婚する未来しか見てこなかった。

けど、私を一番深く傷つけたのは、他でもないナタリーを選んだから……。妹にコンプレックスを持つ姉なんて、本当に見苦しいわよね……。


「貴女の気持ちは理解出来るわ。酷な事を言っている事も。でも、あちらの言い分も……」


母は怖いのだろう。自分一人の判断で、辺境伯を怒らせてしまう事を。父に代わってこの家を切り盛りするには、母は少し頼りない事も確かだ。


「でも、あちらはそれで納得するの?妹が駄目なら姉で……って。辺境伯様を馬鹿にし過ぎではない?」


「実は、あちらからの提案なの。ならば姉の方では?と。元々辺境伯様とチャールズが友人であったから持ち上がった縁談でしょう?姉の婚約者が……」

と言う母の言葉を私は遮って、


「まさか、姉の婚約者が妹に心変わりしたから婚約解消しました……なんて事をあちらに言ったの?」

とつい立ち上がって抗議していた。そんなみっともない事をバラされていたなんて……


「エリン!落ち着いて!そんな風には言ってないわ。貴女が今この家には必要な事を理解して下さったと…そう伝えたの。元々ナタリーの卒業を待つ予定だったから、一年待つのは問題ないと辺境伯様はおっしゃって下さっただけ。……貴女……ハロルド様の心変わりだと……そう思っていたのね」

と母は悲しそうにそう言った。私は、ストンと椅子に力なくまた腰掛ける。


「あの日……ハロルド様が私との婚約解消を願い出た日。私、聞いたの。ハロルド様がナタリーの方が好きだと言っていた言葉を」


「そんな……!!何て事!!」

と今度は母が怒って立ち上がった。


「お母様、止めて!これ以上……私を惨めにさせないで。だから……もう良いの」

私はそこまで言って、一息つくと、


「お母様、私、レナード様と結婚するわ。婚約解消された娘をもらってくれるなんて、そんな奇特な方、他には然う然ういらっしゃらないもの」


私は兄と婚約解消したマリアベル様の婚約者探しが難航している事を知っていた。マリアベル様には何の責もないのだが、本当に申し訳ない。



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