第3話
それからも私は学園に通いながら、母やアーサーの手伝いに明け暮れた。
「ファ……」
と欠伸を噛み殺すと、隣にいたミネルバは、
「エリン大丈夫?最近……隈が酷いわよ?」
と苦笑した。
「ええ、大丈夫……と言いたい所だけど、どうしても寝不足になってしまうの」
「伯父様の具合は?」
「うーん……一進一退って所かしら?」
このミネルバは学友であり、私のいとこにあたる。私の父チャールズの弟の娘だ。
「そう。しかし……ジュードの阿呆は何処に行ったのかしらね!」
とミネルバは大袈裟に怒ってみせた。
「さぁ……何の便りもなく、もうすぐ四ヶ月になるわ。婚約者だったマリアベル様も、もう限界!と言って……」
「え?じゃあ婚約は白紙?!」
「そうなの。賠償金を払えと言われたので、支払ったわ。だってこちらが悪いんだもの」
……本当は、賠償金と共に新しい婚約者を見つけて来い!とも言われたのだが、それを言ったら『じゃあ、うちのポンコツ兄貴を差し出すわ!』とミネルバは言い出しかねない。ミネルバの兄のアンソニーは本の虫で、未だ婚約者が決まらずミネルバはやきもきしていた。しかし、私は知っている。ミネルバはアンソニーが大好きで、実は選り好みをしているのはミネルバの方なのだと。
しかし、ミネルバはそれを素直に認めないし、うちを心配して、そう言い出す事は容易に想像できた。まさか、うちの阿呆ジュードの尻拭いをアンソニーにさせる訳にはいかない。
「そう……面倒な兄を持つとお互い苦労するわね」
と言うミネルバに、私は
「そうね」
とだけ返した。だってアンソニーはうちに比べれば全然ましだ。アンソニーはコミュニケーション能力が異常に低い以外に問題は見当たらない。うちのジュードこそ、ポンコツ兄貴なのだから。
すると
「ねぇ。少し……気になる事があるの」
とミネルバは私にそう言った。
ミネルバの表情は今までと違い、少し思い詰めている様に見えた。……どうしたのだろう?
「ミネルバ……どうかした?なんだか顔が怖いわ」
「こんな時に言うのもどうかと悩んでいたんだけど……エリン、私、貴女に隠し事をしたくないの」
「ちょ、ちょっと何なの?そんな……思い詰めた……」
と言う私の最後の言葉を聞く間もなく、
「この前ね、ハロルド様と、ナタリーが一緒に街で買い物をしているのを見たの」
とミネルバはそう言うと、私の反応を窺う様に私を見た。
私は思わず
「そ、それはいつ?」
とミネルバに詰め寄る。
「うん……と。多分一週間ぐらい前よ。ごめんなさい、今まで言えなくて」
とミネルバは申し訳なさそうにした。
「いいえ、いいの……。一週間前ぐらいなら、私が二人に買い物を頼んだ時の事だと思うわ」
と私は動揺がなるべく顔に出ないように努めた。
全部嘘だ。だけど、ミネルバをこれ以上心配させたくない。
すると、ミネルバは明らかにホッとした様な表情を浮かべて、
「なーんだそうか。そうよね、エリンは毎日忙しそうだもん。買い物ぐらい頼むわよね。何だか二人がとても仲良さそうに見えたから、つい……でも婚約者の妹なら、いずれ家族になるんだもん。仲良くて当然ね。だってエリンとうちの兄貴も仲良しだもんね」
と明るく言った。いつものミネルバだ。
しかし、私がアンソニーと仲が良いのと、ハロルドがナタリーと仲が良いのとは理由が違う。出来ればミネルバの見間違いであって欲しいと祈るが、ミネルバの視力が良い事も私は良く理解していた。
学園から屋敷に帰ってもする事がたくさんだ。
母も大変そうに書類に目を通していた。
「お父様は?」
「今はマージに看て貰ってるの。どうしても決裁しないといけない書類が溜まってて……」
と言う母に、
「じゃあ…私がお父様を看ておくわ。他にも何か手伝える事があったら言ってね」
と私は着替えをしに部屋へと戻る。その背中に母は、
「あぁ、今日はナタリーが朝から頭が痛いと言って休んでいるの。ナタリーの部屋も少し覗いてくれる?」
と声を掛けた。
私は自室へ戻る前に、ナタリーの部屋をノックする。
すると、中からは
「はーい!!」
と元気な声がした。
私は部屋の扉を開ける。
「ナタリー、具合はどう?」
と私が問えば、
「具合?」
とナタリーは首を傾げた。
「貴女……頭が痛かったのではないの?」
「へ?あ、あぁ!実は学園の課題、今日までなの忘れてて、つい頭が痛いって嘘ついちゃったの」
とペロリと舌を出すナタリーに呆れてしまう。
「ナタリー、ズル休みなの?」
「そうとも言うわね」
あっけらかんと答えるナタリーに、私はつい頭を抱えた。
「貴女って人は……」
「あ!お母様には内緒よ?」
とナタリーは可愛く首を傾げて私にウィンクしてみせた。
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