39.ただいま

 リーダーが別荘から芋団子焼きと果物を持ってきてくれて、空軍の戦艦を降りるときに朝食にと持たせてくれたロールサンドをリーダーと分けて、若干苦かった謎茶の口直しに粉末スープを添えてリーダーと朝食。

 食事中にスライムがボウルから出てきたので、茶葉を入れた瓶はどこから持ってきたのか、職員寮や管理所、牧場から無断で持ってきたら駄目だと言い問い詰めたが、聞いているのかいないのか。


「ここから職員寮まで歩くとなかなか距離があるのに、スライムが這って移動していると思うか?」

「牧場の離れの厨房にいたことはあります」

「あの距離をよく行くな」

「そうなんです」


 ブヨン。


「褒めてないからね。盗ってきたら駄目って話しだからね」


 ……。


 スライムの無反応は反省しているのかいないのか、ぜんぜんわからない。

 山小屋に空き瓶はなかった。絶対にスライムはどこかから瓶を盗ってきてしまっている。どこから持ってきてしまったのか。調べて謝って返すなり、代わりのものを買って返すなりしないといけない。もしかしたら空き瓶だったからと貰える可能性はあるけれど、まず盗難が駄目。

 最有力なのは牧場の離れ厨房。使っていない棚の中の可能性が高い。厨房の奥にある開かずの棚とか。トーマスとマドリーナに言って片付けたい場所の一つではある。


「そう言えばジャムの空き瓶でよければ職員寮の俺のところに一つ二つあるから持ってこようか。さっきの謎茶と同じくらいの小さくもなく大きくもないやつだ。スライム、もう勝手に盗ってくるなよ?」


 ……。


「……納得してない気がするのは俺だけか?」

「……きっと納得してません……」

「数の問題か? スライム、十個でどうだ? そうしたら盗ってこないか?」


 ……フヨ……フヨ……。


 スライムの微妙な揺れはどういう意味なのか。スライムとの意思疎通では毎回頭を悩ませる。


「……無反応ではなかったがどういう意味の揺れだと思う?」


 僅かに揺れ動いたスライムの様子は、妥協してやるか〜のような渋々さが漂ってきて、リーダーと私はジト目。


「……瓶が多くあるなら盗ってこないという意味だと思います。リーダー、あるだけお願いしてもいいでしょうか? 足りなさそうなら買ってきます」

「流石に十個もないぞ。……ひらめいた! 職員掲示板に書き込みだ。『蓋付きの空き瓶ください。大きさ不問。回収先、妖獣世話班受付窓口。数が集まり次第、受付終了』。俺ンちにも数個はあるんだ。どっさりくると思うぞ」


 その手があった!

 早速、情報端末を操作し、近々の窓口業務を担ってくれているシード先輩とヘルプで来てくれるニット先輩に理由を共有して、職員掲示板に書き込む。大きさ不問と書くのはやめた。大きすぎても小さすぎても使い勝手が悪そうだからだ。今、保冷庫に並んでいる瓶の大きさを参考に希望の大きさに書き直す。

 横でスライムがウヨウヨと踊っていた。やっぱり瓶が大量に欲しかったらしい。そんなにたくさん謎茶を作られても困るが、ここのところ謎茶を作っているのが楽しいのか、掃除が多少適当でもビシビシ怒らないので瓶は多めに確保しておきたい。


 若干早めの朝食後、リーダーは一度の別荘に戻って身支度し直し。

 帰省して四日間不在にした山小屋はそう汚れもなく、床やテーブル、スライムがビシビシと鞭打ち音を鳴らせて怒りやすい棚の上などの埃を拭いて、私も身支度。

 少し草臥れた作業服に着替えれば世話班に戻ってきたと実感した。

 着ていたルームウェアと下着類を洗濯している間に鞄の中の片付ける。

 シシダで着た制服は戦艦の中で洗ってもらえているが、洗濯部で保管してもらうのでこのあと持っていく。同じく戦艦内で洗ってもらえた下着類と替えのルームウェアを部屋のクローゼットに仕舞えば、細々したものはそう多くなく、歯ブラシセットなどを洗面台などに戻せば終わり。


 両親からもらった大箱の黒石豆のことを忘れていた。運ぶと言ってくれたチビが、そのままねぐらに持っていってしまったから、あとで引き取らなきゃ。

 と、思っていたが、朝の餌の時間前にチビが黒石豆の大箱を持ってきてくれた。


「塒に持ってっちゃって、オレっちもすぐ寝ちゃってた」

「チビもお疲れさまだったもんね」

「でも、曲できたし!」


 そうなのだ。

 戦艦の帰りのスケジュールは聞かされてた際にシャーヤランに深夜着だとわかっていたから、私は早々と寝かせてもらった。しかし、チビ、ラワンさん、コロンボンさんはわいわいと曲づくりしていて、寝ないでシャーヤランに着いたのだ。

 楽しいと時間は飛ぶように過ぎる。

 チビは戦艦から降りたら、急に眠さに襲われて「ねーむーいー」と言いながら、黒石豆の箱を頭に乗せて塒に飛んでいった。運ぶことを忘れなかったのだけは偉いと思う。


「所長が話があるって言っていたから、休憩所か、菜園の池か、前の作業小屋のあたりで待っててくれる?」

「休憩所は子どもが来ちゃうと遊んであげなくちゃーって気持ちになって休めないからなー。今は眠いから、池か作業小屋あたりにいるね」


 黒石豆の大箱はチビに玄関の中まで浮かせて運んでもらったが、どこに置くか考えてなかった。 箱を開けたら袋入りで詰まっていたので助かった。一つ一つの袋なら重たくはない。半地下の食料保管庫の棚に積む。ほとんど使っていない食料保管庫が活用できてよかった。


 山小屋から少し下ったところの空き地に妖獣たちはいたようで、チビが牧場に行くよーと声をかけて集めてきてくれた。

 情報端末で確認した数と同じ数いることを確認。飛ぶ速度が遅いと気にする妖獣がいたので、浮遊バイクの荷台とチビの背中に分けて出発だ。


「あー、オニキスが遅れるって」

「あれ? 直行予定の連絡は見たけど遅れるとはなかったよ?」

「ちょっと前にオニキスからオレっちに直連絡。トウマたちの早朝作業が遅れてるんだって」


 妖獣同士の念波のような連絡は便利に思うけど、それで起こされたそうで、あと三十分は寝れたのにとチビはぶつぶつ言っている。

 普段なら起きている時間なのに、寝ないで曲づくりして寝坊気味だったのはチビ。オニキスにもぶつぶつ言ったんだろうが、オニキスは何も悪くない。あとで喧嘩しないでね。


 トーマスの牧場に着いたらゴードンとヘンリーが「リリカねえー!」と走ってきて、ゴードンは私の足にしがみつき、ヘンリーは途中で転んでしまい、大泣き。

 ゴードン、待て、弟が大泣きだ。頼むから落ち着いてく……、こっちも大泣き。


「よーしよしよし、どうしたどうした?」

「どーしたどーした? ゴードンこっち来よう? リリカが歩け……、無理か、頑張れリリカ」


 チビが助けてくれようとしたが、ゴードンはガッチリ私の足にしがみついて大泣きし、チビの声も私の声も聞いていない。足にしがみついているゴードンを半ば引きずりつつ、ヘンリーを抱き起こせば、しゃがんだ私に左右からギャン泣き。


「ヘンリーもよーしよしよし」

「あっ、トーマスきた」


 トーマスと牧場の従業員さんが来てくれたけど動けません。


「すまんー」

「坊たち、リリカ姉は逃げないから厨房行こうか、厨房」


 逃げません、はい。


「うあううぅ、かあさんが、かあさんが!」

「あああーっ!」


 母さん……?


「マドリーナ、どうかしたんですか?」

「あー、とにかく離れの厨房まで行こう」

「うああー!」

「やー!」


 私の筋力のない腕では幼児二人を抱えるなんて無理で、グイグイとくる二人にしゃがんでいる姿勢も限界。尻餅をつきそう。

 トーマスと牧場の従業員さんがゴードンとヘンリーの泣き声が大きくなろうが抱いて離してくれて、早足で離れに入る。

 トーマスたちのあとから出てきてくれたもう一人の従業員さんもだいぶ草臥れた雰囲気だったが、チビと妖獣たちの餌は任せてくれと受け持ってくれた。


 離れの厨房の休憩用のテーブルと丸椅子……にヘンリーを座らせられないし、二人はまた左右から私にしがみついてきてしまった。慌てて床にシートを敷いてもらって、二人を抱えたまま座る。

 泣き疲れたのかわめく声は収まったが、ぐずりぐずりと涙と鼻水と涎を作業服に擦り付けられている。洗えばいい。洗えばいい。大丈夫。大丈夫。


「すまんな。マドリーナが倒れて救急搬送されてな」

「えっ!」

「リリカ落ち着け、落ち着いてくれ。大丈夫だから」

「だって、救急搬送なんて!」

「だから、大丈夫だったんだ」

「坊たちのためにも落ち着いてください。あねさんは大丈夫です」


 左右のぐずりを大泣き再来にしないために、私は落ち着いて聞かねばと、トーマスと従業員さんに頷きで返す。


「医務室ですぐに診てもらえて、その、妊娠してた」

「ほえっ!」


 おっと、どうどう、落ち着け私。


「にんっ、しんっ?」

「いやな、何日か前に『生理が来ないんでもしかしたら』と言われて、近々診てもらう気ではいたんだ。すぐに行けと言ったんだが、『そのうち行く』とケラケラ笑って言われてな。あっけらかんと笑われると俺も、こう、急かせなくてな。今朝起きたときから『だるい』と言っていたんだが、急に崩れるように倒れてしまって、その場にゴードンとヘンリーもいて。あー、それで、まあ、こうだ」


 ゴードンとヘンリーの朝食の用意をしている最中に崩れるように倒れて、顔色は最悪。

 ゴードンとヘンリーの叫び声にトーマスと従業員らが駆けつけて一気に大慌て。

 そんな大人の姿にゴードンとヘンリーは最初は抱き合うように身を縮こませていたが、救急隊が到着してマドリーナがぐったりしたまま運ばれるとなったら、母さん母さんと泣いて縋りつき、その後の途中説明を思いっきり省かれ、今に至ったと。


 ああ、でも、病気ではなく妊娠と知って大きな不安はひとまず去った。妊娠初期も危険はあるし、無事に出産となるまで気は抜けないけれど。

 ゴードンとヘンリーは、今は父親であるトーマスのことを母親を助けなかった人としてしまっていて、二人して「父さんがいけないんだー」状態。もう少し落ち着いて二人が話を聞いてくれればいいのだが、大人の話しを聞いてくれる状況にならないところに私登場でイマココですね。わかりました。

 私は所長のところに行かねばならないので、ずっと二人の面倒を見続けるわけにはいかない。チビが食事をしている間に二人が落ち着くよう頑張った。


「頑張ったんだな」

「頑張りました」


 そんなこんなをリーダーとシード先輩に報告したら、すぐにシード先輩と育児支援班の職員が来てくれて、二人乗りさせられるベビーカーを持ってきてくれた。ゴードンも乗せられる少し大きめタイプ。

 床に座りこんで私の左右をがっちりホールド状態で泣き続ける二人だったが、シード先輩と育児支援班の職員に手伝ってもらって、水分補給させつつ顔を拭き、なんとか落ち着かせ、そうしたらコテンと寝てしまった。

 追いかけるようにリーダーも来てくれて労われた。

 私の作業服の肩や袖、胸元はゴードンとヘンリーの涙と鼻水と涎で色が濃く変わっているが、着替えは管理所に着いてから。


「もう少し頑張れよ」

「もう少し頑張ります」


 二人は私と離れないとギャン泣きしていたので、もうしばらく離れないほうがいいとアドバイスされたものの、私は所長のところに行かねばならないからどうしたものか?

 アビーさんに連絡を取ったら、ゴードンたちも管理所に連れてきたほうがマドリーナが起きたらすぐに会わせられるから、連れてきてしまうといいと言われ、育児支援班も準備しているというのでかなり安堵した。

 ここまで蚊帳の外だったトーマスも無論連れて行く。


 ベビーカーはフェフェがそっと浮かせて小型車両の荷台に乗せてくれたので私も荷台に乗り込む。浮遊バイクはチビが運んでくれることになった。

 私と一緒にフェフェがベビーカーの補佐。フェフェは二人が寝ているのを起こさないように、管理所に着くまでも揺れないようにしてくれるという。なんて優しいんだ。フェフェ様と呼んだら鼻を抓まれた。なんでよ。

 ベビーカーのタイヤは荷台に接触せず、指一本分くらい浮いていて、ベビーカーがクルマの進行に取り残されないよう、私がベビーカーを掴んで出発。

 ガタガタと揺れる荷台に尻が痛かったが、私よりも泣き疲れた二人だ。

 マドリーナが倒れたのが朝食の時間前だったので、朝を食べていないという。泣いているときに少し水分補給はしたけれど、心配と不安と泣き疲れと空腹でヘトヘトのはず。管理所に着いて泣き喚いても大丈夫な場所に落ち着き次第、起こして何かを食べさせたいし、着替えさせたいし、ヘンリーはオムツも替えたい。


 管理所に着けばアビーさんと育児支援の職員さんが待っていてくれて、トーマスに朝食セット、ゴードンたちにも子ども用の果汁パックや朝食になりそうなものも用意してくれていた。医務室近くでゴードンたちを寝かせて置ける部屋も用意してくれているので、そこまで起こさないように運ぶ。

 牧場の従業員の分も朝食のデリバリーが浮遊バイクでぶっ飛んで行ったので、ひとまず落ち着いて食べてほしい。

 そして私には着替えの作業服。


「マドリーナは」

「大丈夫だって」

「よかった!」

「ホラ、リリカも着替えてきちゃって」


 ゴードンとヘンリーには育児支援班の職員さん二人がついてくれることになったので、トーマスはマドリーナのところへ。

 リーダーとシード先輩も業務に戻っていったが、いつでも連絡しろと言ってもらえるだけとてもありがたい。

 私は近くのトイレで着替えて、待っていてくれたアビーさんの案内で菜園の近くの会議室に向かった。


 シシダのことの報告会かと思ったら、今からの議題はチビの歌のことだった。シシダのことはラワンさんとコロンぼんさんの報告でほぼ把握しているので報告以外の補足があれば内々に聞くという。

 チビの歌のことならチビが参加できる場所がいいだろうと、よさそうなところを探してくれていた。

 外から出入りできる扉があり、作業小屋ができる以前まで菜園の諸々で使っていたんだろうことは推測できた。

 アビーさんに続いて入ったがガラーンとしていて何もない。

 訂正、何もないというのは語弊があった。どこかから運び込んだ折りたたみ式の長テーブルと折りたたみ式のパイプ椅子が数脚だけあった。


「何にもないですね?」

「新しい作業小屋もできたからここにあったものは全部そっちに運び終わったの。古い作業小屋もまだ使うから、物置部屋で使っていたけどもう使わないって総務預かり担っているんだけど、何に活用するのかまだ決まってないのよ。いくつか提案は出ているけどね」

「そうなんですね」

「外に出られる扉があるし、扉の前にチビが寝転がっても平気なスペースがあるし、今日はちょうどよかったわ」


 アビーさんが外に通じる扉を開けるとそこには寝そべっているチビの顔。私が着替えている間にチビに場所を伝えてくれていたようだ。


「ラワンとコロンボンももうすぐ来るから」

「わかりました」


 チビは話し合いするメンバーが揃うまで数分でも寝たいと言い、数秒後にはクゥクゥと寝ていた。


「コロンボンから報告はあったけど、リリカの目の下の隈がなくなったのを見て、本当にやっと安堵よ」

「アビーさん……」

「なんとか、なってよかったわ」

「……はい……。ありがとうございました……」


 アビさんと一緒に少し曇っている空を見上げる。

 所長とアビーさんだけでなく、所長室の方々の奔走と調整があったから伯父のことをまわりに知られることなく帰省ができた。

 イチゴちゃんの伝言板から推測したシシダの警備隊の怠慢も、推測のときに広く知られるわけにはいかなかった。


「今日じゃなくてもいいから、ベリアさんのところにも顔を出してあげて。心配してたから」


 アビーさんの慈愛の微笑み。

 ふっとババ様の「いい人たちに出会えているんだろう?」と言ってくれた言葉を思い出し、じわりと目が緩む。

 故郷で受けた同年代からの理由なき無視から、私は人を信じられなくなりかけていた。

 首都の学院に行っても人との関係は狭かった。

 ここに勤めることになって、親身になってくれる上司と先輩に恵まれ、リリカねえと慕ってくれるゴードンたちもいる。


「言い忘れてた。おかえりリリカ」


 そっと抱き締めてくれるアビーさん。


「ただい、ま、かえ、り、ました」


 決壊した涙はアビーさんの肩を濡らしてしまった。

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