38.そして日常に戻る

 シシダからシャーヤランへの帰路も戦艦は新人操縦士のための訓練で、往路とは違うルートだが行きと違って休憩なしで飛行したのと、一定距離で通常より速度を上げた訓練があったことで十五時間で到着した。

 シシダを出発したのは昼前。シャーヤランに着いたのはどっぷり深夜。早朝というには早い時間。

 そんな時間だが、管理所奥の緊急発着場には、所長や警備隊の副隊長、リーダーが来てくれていた。


「所長」

「……」


 まだ降下中だった戦艦から所長が来てくれているのを見つけた途端、おでこに貼り付いた伝言板から違和感がして、所長宛だと確信した。

 おでこを指してイチゴちゃんからの伝言板を取ってほしいと願い、私の手にあるイチゴちゃんの脱皮した毛皮を入れた紙袋も受け取ってほしいと差し出す。

 数秒睨まれたけど、私を睨んだところで解決するものではない。ガックリ諦めて伝言板と紙袋を受け取ってくれた。


 ラワンさんの予想通り、所長が私の伯父のことを連絡してくれた礼としてチビに預けた『白肌の煌めき』への礼だった。

 所長が読んだら伝言板は消えた。

 前回のような隠し伝言板がないことに、私とラワンさんは声を揃えて「よかった」と胸を撫で下ろしてしまったのは仕方がないと思う。所長も長く息を吐いて安堵していたので隠し伝言板が出てきたらとドキドキしていたようだった。 

 その後、所長は紙袋の中を覗いて表情が固まった。事前にイチゴちゃんの脱皮した毛皮だと通信で連絡しておいたけど、「脱皮の毛皮?」といまいち理解できていなさそうな所長の返答は無視しておいたのだ。

 紙袋の中を覗いた所長は予想以上の美しさに声が出ないのか、わざとイチゴちゃんの脱皮の毛皮の目と鼻と口がぽかりと空いている顔と向き合えるように鎮座させておいたので驚いたのか、両方か。

 横から覗いたリーダーが「うわぁ……」と引いていたけど、どっちの反応だったのか。

 とにかく高級素材をどうするのかはお任せします。


 各々仮眠を取って九時に所長室に来るよう言われ、解散。

 山小屋までリーダーが運転する小型車両で送ってもらえることになった。


「伯父さん、助けられてよかったな」

「はい、よかったです」


 詳しくは聞かないリーダー。

 警備隊のコロンボンさんが事件の報告はやってくれて、リーダーにも上層部共有がされているはずだ。

 伯父の話はそれだけ。すぐに私が不在中の情報共有に話を切り替えてくれた。

 私が帰省した翌日からサリー先輩とルシア先輩が揃って風邪を引いて休みと聞き、申し訳ない!


「リリカが出発した日の午後にまとまった雨が降ったんだが、朝夕の気温が急に下がってな。この二〜三日で体調を崩している者が結構出てる。サリーは子どもと医務室に入ってる。自分でできる伝染うつらない対処はしてくれ」

「わかりました」


 季節性の風邪もいわゆる普通の風邪も、どちらも感染する病気。

 サリー先輩とルシア先輩は、いわゆる風邪ということだが、ルシア先輩は泉で遊びすぎだとリーダーが渋い顔。真夏でも泉の水は冷たいのに、妖獣と一緒になってヤッホーッと飛び込んでいたもんな。


 私は式典後にひいた風邪がかなりつらかったので、風邪の予防になるかもといわれている香草茶や薬草茶を毎食飲むようにしている。茶を飲むだけで風邪にかからないわけではない。日頃の食事の栄養バランスや適度な運動も免疫力を高めるのに大切だし、手洗い、うがいなどのできることを続けることも大事。

 そこにまじない的に思い込むプラシーボ。茶を飲んで免疫力向上させているという自己暗示。

 そんな話をしたら、リーダーが茶葉を分けてくれと言うので、山小屋に寄ってもらって茶葉の瓶を見せた。


「これは?」

「スライムブレンドの謎茶なぞちゃです。これはスッキリさっぱり系、こっちはほんのり甘い系で寝る前がおすすめ。えー、この瓶は新作みたいです」

「……」


 山小屋に帰ったら茶葉の瓶が増えていた。

 リーダーに分けるために保冷庫を開けたら瓶が増殖していたが、もう驚かないぞ。

 シャーヤランで『茶を飲む』ときに出てくるのは紅茶と緑茶が半々。私の故郷シシダでは緑茶をほうじた『茶茶ちゃちゃ』が主流で、黒石豆茶は黒餅団子とセットで出すことが多い。

 山小屋にいろいろあるのは、私が買った以外に調理場の職員さんからの貰い物もあって増えた。

 紅茶が五種類、緑茶三種類、米茶、麦茶とあるが、そこに増えたスライムによる何ブレンドだかわからない謎茶なぞちゃ群。

 どこから瓶を入手したのかから疑問だし、何の香草や薬草が混ぜられているのかわからない面白さ。


「面白いか?」

「怖がっていたらあのスライムとは暮らせません」

「達観したな」

「そうとも言えます」


 風邪の予防にいいと聞くのは緑茶と紅茶。紅茶はスタンダードな一つを分け、緑茶はリーダーが持っているのと種類が違うというので三種類とも分ける。あとでリーダーが持っているのをもらうことになった。シェア嬉しい。

 私がすでに飲んで味がわかっている謎茶二つも試しに一杯分を押し付ける。飲んでも飲んでも気づくと増殖して減らないので、謎茶を消費する仲間を増やしたい。

 研究職員にはスライムの調査研究をしてもらう一環でだいぶ配った。謎茶は毒も害もなく、普通に香草と薬草の茶というお墨付き。何がブレンドされているのか分析してもらったけど、香草と薬草の種類を多くは知らないので、淡々と言われた草の名前は右の耳から左の耳に抜けていった。

 結果は通信でも送ってもらったので探せばあるけど、リーダーも飲めるならいいかとざっくりな性格。

 謎茶を嗅いでちょっと驚いた顔のリーダー。謎なのにいい香りなんだよ。

 茶葉の礼に、リーダーが今日の夜に煮物を作ったら分けてもらえることになった。やったー!


 茶葉を分けていたら、リーダーが居間に座ってくつろぎ始めてしまい、寝ないで大丈夫なのかと聞けば、私を出迎えるので昨日早くに寝たから大丈夫だと言われた。ありがたさがいっぱいだ。


「そのスライムの新作飲んでみるか」

「香りは、さっぱり系かな?」


 新作だと判断したのは瓶の上に小さな石が乗っていたから。わざわざ石が乗っていたのだから何かの印だと思って茶葉をよく見たら、先の二つより茶葉全体の色が明るい。香りもちょっと違ったので新作と判断した。

 湯で蒸らしてみると、香りの中にどこかで嗅いだことがある花っぽい何かを感じたが、私が香草や薬草の名前を知らなさすぎる。

 リーダーもどこかで嗅いだことはあると言ったけれど、何なのか思い出せなかった。


「砂糖かはちみついりますか?」

「そうだな、はちみつくれ」


 蒸らしすぎたのか苦みがあり、はちみつで誤魔化した謎茶三号。また研究職員さんに持っていって分析してもらおう。


 私も到着時間から逆算して戦艦で早めに寝たので眠くはない。

 そこから私が不在中の情報共有をしてもらった。

 サリー先輩とルシア先輩が風邪でダウンしているのが一番のこと。

 二匹『夏眠預かり』が出て、管理所の世話班室にいること。本格的な夏前にメンバーで話し合った際は、夏眠預かりが発生したら、山小屋かリーダーの別荘という案も出ていたが、山の中というのは虫や鳥の鳴き声がなかなかうるさい。静かに寝たい妖獣には不向きだと気づいて却下し、例年通り管理所の世話班室となったという。夏眠と言っているが、たまにぼんやり起きてきて水を飲んだり、用を足したりして、また寝る。とにかくグータラ寝る、そんな感じだ。

 サリー先輩とルシア先輩が風邪でダウンしてから、シード先輩が夏眠中の妖獣を定期的に様子を見に行き、当日受付を担当するため、管理所業務に詰めっぱなし。

 牧場での餌と妖獣たちが寛ぎ遊ぶ間の監視をリーダーとフェフェでやっていた。

 昼間の数時間、ニット先輩が出てきてくれたり、所長代理のところにいる職員や牧場の従業員が手伝ってくれたので、とくに大変でもなかったというが、シード先輩とリーダーがかなり連勤。


「セイは真面目で、ホワキンが『ずっといてくれたらなあ』なんて言ってた」

「そうは言ってもセイは臨時ですし、菜園もあと五人くらい採用があるか、畑を縮小のどちらかですよね」

「俺がここに来てから、長年ずーっと言われている話だな」


 菜園の規模と担当職員と領都周囲の畑と需要のバランス。とても難しく、その時々で変わる。完全な答えはないだろう。


「チビがもう少し土の扱いに慣れてくれたら手伝えるかもしれませんけれど」

「妖獣にも得手不得手はあるからな。フェフェは違う方向にのめり込んで行くから、菜園の現場作業にはまったく向いてない。チビも無理させないでいいさ」

「そうですね」


 情報端末も見ながら職員共有事項も確認していく。

 秋に陛下がいらっしゃる準備が着々と進んでいる。式典直後は好評の声ばかりだった浮かれた派手シャツだが、行政職員と観光客の区別がつかないなどの問題も出てきて、改善案が領内外から出ているらしい。

 うちの式典後、昔からの制服に戻すべきという声は極めて少ないこともあり、管理所だけでなく軍の制服も暑さや寒さにあわせて使用する生地の種類を増やすそうだ。生地が変わると同じ色で染めても仕上がりが変わってしまったり、生地の仕入れなども関わってくるので、すぐではなさそうだけれど。


「シシダは初秋の涼しさでしたが、あのズボンの生地の厚さではまだ暑かったです。真冬だとあれでも足りないですけれど。秋のシャーヤランなら今よりもう少し生地が薄くなるといいなとは思います」

「そうだな」


 今回、臨時の領主会もあるそうで、私とチビは領主会で二度目のお披露目会を命じられた。そのときに制服を着ることになるが、もしよさげな生地があり試作品が上がってきたら着せてみせる役目になるだろうとも言われた。

 また人の前に立つのか。今後もこういうことはあるだろうから嫌がってはいけないが、得意ではないので尻込みしたい気分になる。

 そんな心の中をお見通しのリーダー。チビと生きる以上諦めろと苦笑された。


 警備隊の隊長から、私がいつ頃までに浮遊バイクの中級ライセンスを取りたいのか聞いておいてほしいと頼まれたことも聞いた。陛下が来る前に訓練だけでも終わらせるスケジュールを推奨されている。


「こっちの人員のことは気にしなくていい。俺個人としては、リリカが振り回されそうな気配がするから、さっさと集中で受けてしまっていいと思うぞ。前回の訓練で合格がもらえなかった操縦方法の集中訓練なら一週間もかからんだろう」

「私、何かに巻き込まれるんですか?」

「チビが歌手デビューするんだろう?」

「かしゅでびゅぅ」


 そこまで大きな話ではなかったと思うけど。


「あのな、曲の良し悪し関係なく、チビだぞ? ここ何年といなかった巨大竜だぞ? 大きさだけでも騒ぎにはっているのに、歌うんだぞ? 絶対騒ぎになるだろう」


 妖獣と関わりを持っておよそ二年半。

 歌って踊って笑わせる妖獣。

 そんな妖獣、チビしか知らない。


「……」

「現実を見つめろ。謎のブレンド茶を作り出すスライムだって受け入れたんだから大丈夫だな」


 戦艦での行き来で曲作りに盛り上がっていたチビとラワンさんとコロンボンさんと、お腹を抱えて笑っていた空軍皆様の姿を思い出す。

 領主館で領主様のお孫様と和気あいあいと歌って踊っていたチビを思い出す。

 領主館に行くまでの舟での道行きで、チビの歌にあわせてういういと踊っていた子どもたちの姿を思い出す。

 朝の妖獣の餌の時間にゴードンとヘンリーがうろ覚えの『さかながたべたい』を合唱してくれたのを思い出す。

 なるほど、よし。


「『歌手チビ』の相棒権利はラワンさんやコロンボンさん音楽同好会の皆様に贈呈ということで!」

「現実逃避するな。リリカはあっちこっちに引っ張り出されることを覚悟して俺も勤務スケジュールは組む。なんだかんだと自由時間が奪われる前に今のうちにさっさと中級とっとけ」


 現実逃避だめだった。

 これから所長室に行く前に警備隊室に寄って、浮遊バイクの訓練日程の最短での調整をしたほうがいいかもしれない。


「そうだ。業務と関係ないが、が前倒しで帰ってくる」


 。リーダーの奥さん、メイリンさん帰ってくるんだ。


「随分早くないですか? 何かあったんですか?」

「……チビの曲のバイオリン奏者で立候補したんだってよ……」

「……そうですか……」


 管理所の音楽同好会ネットワークは大盛りあがりなんだろう。


「あのどうするんですか?」

「ん? まだしばらくは使うぞ。リユース先はもう決まってるし、放置はしないから安心しろ」

「いえ、別荘がなくなったら、また山小屋で一人なんだなって」


 寂しくなるな。


「セクハラと言われそうだが、トウマと同棲は考えないのか?」


 うおっ! 私ったら墓穴掘った!

 トウマと私の仲はカタツムリ並の速度で大きな進展はない。原因は私が恋愛に対してポンコツ過ぎることだと自覚はしている。あとお互いなかなか会えないので、進展するような接点が少ないのもある。

 たまに通信はするが、私の帰省の間は遠慮してもらっていて、がっつりとした連絡をしていない。

 トウマのことは嫌っていないので、恋路の進展に抵抗しているわけではないが、ないのだがー!


「ううう……、それはー、まだかなー」

「わりぃ、忘れてくれ。だが、何か困ったら俺でもでも、シードらでもサリーやニットでも相談してくれ。あー、ルシアはやめとけ。

「はい」


 そうだ。この流れでリーダーに相談しておこう。


「あの、リーダー、業務外のことですが相談していいですか?」

「なんだ?」

「テルフィナさんのことなんですが」

「あれ以降で何か言われたりしたか?」


 テルフィナの名を告げた途端、険しい顔付きになったリーダーにちょっと慌ててしまう。

 何かがあったわけではないが、先日の売店前で無視し合ったことを告げ、そんな態度になってしまった自分もいけないが、テルフィナがどう思っているのかもわからない。あのときはあからさまに無視をしたわけではなく、状況的に気が付かないふりができたのでそうしてしまったが、毎回同じように対処できるわけでもない。

 今は業務上で接点がほぼなく、周囲に険悪さを撒き散らすようなことになっていないが、テルフィナへの接し方に悩んでいることを正直に告げた。

 逃げ続けても仕方ないとは思っていて、トウマを巡って勝ち組、負け組のようにまわりがヒソヒソと言うのもいい気がしていない。私はトウマを奪ったわけでも、取り合いをしたわけでもなく、勝手な噂に辟易する。無視しているけれど。


「これで解決するというアドバイスはできないが、ここには数百人と勤務者がいて、その家族を含めると千人とまでは言わないが人が多い。そうすると、どうしても合わない人っていてな。嫌うまでいかないんだが、会いたくないとなる人物はこの俺にもいる。そうは言っても仕事で会う以上はそうも言っていられないけどな」


 誰もが仲よくというのは本当に理想。

 リーダーの言う通り、嫌いまでいわないが『合わない』人はいて、お互いに合わないとわかって、それでも業務上は話し合っていけるならまだいい。


「恋愛ごともな、これだけ人がいると、付き合った、別れた、喧嘩したみたいな話はあるもんでな。だからと言ってそれぞれの性格もあるしなあ。リリカが来る相当前だが、職員寮の管理室にいる者と研究職員の一人は大喧嘩の末、離婚したが、その二人は顔を合わせりゃ挨拶だけはする。せめてこれくらいの関係ならよしって感じだろう。テルフィナの性格を俺も知らないからな。あからさまに無視はしないで、目が会ったら目礼だけする程度で反応をみるしかないかもな」


 リーダーは相談にはいくらでも乗るが俺はこういうの下手だからな~と頭を掻き、サリー先輩とペニンダさんにも相談したほうがいいと言い、メイリンさんが帰ってきたら『ご近所夕食会』をやろうと言ってくれた。


「メイリンさんが帰ってきたら、マナー研修の先生、侯爵夫人じゃなくなりますかね」

「無理だろうな。奥様なかなか楽しんでるからな」

「だめかぁ……」

「大丈夫だ。俺も不合格食らって以降、研修に出ていない」


 それはそれで問題ではなかろうか。

 後々に個人集中研修の招集されても知りませんよ。

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