34.故郷に到着

 シシダにある発着場に到着したら、戦艦を停泊させたところに現れたのはイチゴちゃんだった。

 イチゴちゃんのまわりをバリッバリッと小さな異能の小さな雷が飛び散っていて近寄りたくない。どうも見ても妖獣の怒りに見える。

 私はオパール一号が悪阻の苛立ちで発現させるので見慣れているが、確かに怒りや苛立ちで発現するので怯むのは仕方ない。


「何日かかっている。のろいのはないか」


 そう言われましてもね……。

 イチゴちゃんは私のまわりの軍人さんたちをザッと見て、「でもよく集めた」と褒めてくれた。

 私が招集したわけじゃないのだけれど。

 それだけ言うと私には用はないとばかり目の前からいなくなり、トトトッと近づいていったのは陸軍元帥閣下の前。


「おぬしがの上の者だな? その目は腐っているのか?」

「……至急改善する」

「ふんっ」


 イチゴちゃんの剣呑な声色に、この地域を取り締まる警備隊によくないことが起きているのを察してしまった。イチゴちゃんの声が聞こえた軍人さんたちから感じる緊張感がつらい。

 そう思っても私は警備隊のことは何もできない。そちらは陸軍に任せ、私は伯父のことが知りたい。

 イチゴちゃんを呼び止めようとしたら、またトトトッと移動されてしまい、途中から急に走り出して、ピリピリしていた空気をよそに、バキバキモリモリと牛らしき動物を食べていたチビの横っ腹に猛アタック。


「場の雰囲気を考えんかー!」

「いったぁー! なにすんだよー! 一日ぶりの食事なのー!」

「数分待てんのかー!」

「今のところオレっちには関係ない話じゃんー!」


 前もだったけど、チビとイチゴちゃんはどういうわけか険悪になる。

 初めてイチゴちゃんと会ったあとでチビに聞いてみたら、嫌ってないよ? と言っていたけど、イチゴちゃんがチビを嫌っているのだろうか?

 ギャーギャーと言い合いだした二匹を引き離すため、チビのことはラワンさんやコロンボンさん、空軍の方々に任せ、ここ出身の私がイチゴちゃんをチビから引き離す。ゴードンとほぼ同じ大きさの猫だか豹だかの図体は大きいし、力強いし、バチバチする雷がなかなか痛い。

 なんとかチビと離れさせようとしていたのは伝わって、急に方向転換してプイッとそっぽを向かれた。


「いきなり突っかかるのはよくないよ?」

「あの竜の頭の中は空っぽなのか! 場の雰囲気を感じることもできんのか! あの鱗を全部剥ぎ取って感じやすくしてやるわ!」

「物騒なこと言わないで……」


 チビもギャウギャウと言い返してきたけど、その脚には数十人の軍人さんが纏わりついている。チビは私を相棒としてから人を気付けないよう気をつけてくれているので、理由もなく人を蹴散らすことをしない。数十人で後ろ脚や腹にしがみついてもらって、とにかく戦艦の中に誘導してもらえば、途中からチビが方向転換して戦艦の中に戻っていった。

 チビの姿が見えなくなって、私とイチゴちゃんの近くには数人しか残っていない。陸軍元帥と階級持ちの部下の方々、そして空軍の艦長と同じく階級持ちの部下の方々。なんだか狙ったように軍の上の人たちばかりだけど、チビを押さえに行くのはそりゃ下の人たちだよね。


「……ふー、ねぇ、チビのこと嫌い?」

「アヤツ、怒りたくなることしかせんではないかっ」


 イチゴちゃんの普段の無視っぷりを知っているので、難のある性格だなと思うが、真面目ですぎる部分もあると思う。ため息だけで済ます。


「伝言板、ありがとう」

「うむ。随分考えたが結果的に最良だったな。私が思っていたよりも上の者まで連れてきたからな」

「私の雇用主やその周りの人の分析が的確だったの。私だけじゃ無理だった」

「しかし、アレは二度と作りたくないな」


 労え、と言われて素直にお礼を言った。


「さて、私の願いはこの地にのんびりとした空気を取り戻したい。それだけだ」


 私ではなく陸軍元帥を中心とした人たちに向かってイチゴちゃんは静かに言う。

 肌にビリッとした感覚が走った。

 イチゴちゃんがまた異能を発している。肌のビリビリとした感覚が強くなったと思ったら、陸軍元帥閣下の目の前に半濁の伝言板が出現した。色はどんどん薄くなり、ほとんど透明になって透けた向こうに閣下の驚いた顔が見えた。


「ふんっ」


 閣下の目の前に出現した伝言板は、閣下だけが読めるものだったようだ。この地の警備隊のことを伝えたのだろう。透明な伝言板はスッと消えて、険しさを増した閣下が「感謝する」と一言残し、付き従っていた部下を連れて戦艦に走り戻っていった。


「おぬしは湯治場に顔を出せ。おそらくあるじのところだと思うが、奥までは覗いておらんのでわからん」

「大丈夫。見つけてくる」

「もっと早く気づいてやれば……、でも間に合ったかの……」


 イチゴちゃんの少し落ち込み気味の言葉に、この地の出身の一人である伯父のことを気にかけてくれているのがわかった。

 イチゴちゃんが魚屋のオッチャンと酒屋のばあさまを贔屓しているのは知っているけど、私と同じくかなり早い時期に故郷を離れた伯父のことを気に入っていたのだろうか? そう思ったが、イチゴちゃんに聞いても答えてくれなさそうなので聞くのはやめた。

 そうこうしていたら、ラワンさんが何かを抱えてきた。


「こ、これ、チビがその妖獣さんにって」


 差し出してきたのは真っ白なイチゴが入った化粧箱。


「これは幻の『白肌の煌めき』じゃないか! アヤツいいヤツだな!」


 手のひら返しというのはこのことだなと思う。

 『白肌の煌めき』は真っ白なイチゴで、つぶつぶした種のようなものも真っ白、つぶつぶから飛び出す短い毛は透明。切ると中はほんのり桃色で、豊潤な香りに濃厚な甘さという高級イチゴのトップに君臨し続ける品種。生産数が非常に少なく、一粒が私が奮発して食べるランチの三倍から五倍もする高級品。それの箱詰め。


「チビどこから……」


 いやなんとなくわかる。

 ものすっごい笑顔の商会長と飄々とした所長の顔が脳裏に浮かんだ。

 所長だな。絶対所長だ。アビーさんも知っていたに違いない。


「なんだ、土産を持ってきとるなら蹴っ飛ばさなかったのに」

「チビね、さっきは一日以上食べるの我慢してきたからお腹空いてたんだ。許してあげてね?」 

「おお、礼は伝えんでいいぞ。アヤツが図に乗るのは癪だ」


 何なんだろうこの二匹の関係。

 管理所ではわかりやすく仲良しな関係の妖獣ばかりなので、チビとイチゴちゃんの関係は特殊というかよくわからない。イチゴちゃんはゴゴジ以上に難しい。


 イチゴの化粧箱を頭の上に乗せて颯爽と去っていくイチゴちゃんを見送ってから空軍の戦艦に戻ると、チビはホースで水を浴びせられて楽しそうにしていて、さっきまでギャースカしていた様子は欠片もない。

 その周囲ではチビのことを後退させて、戦艦まで戻してくれた空軍の人たちが座り込んで息を切らしていた。


「自分で戻り始めたと思ったら、途中からチビが『力比べだーっ』て遊び出したんだ……」

「……ご迷惑をおかけしまして本当に申し訳ございません」

「いや、あっちの妖獣のほうが怖かったからな」


 雷をバリッバリッと飛ばしていたイチゴちゃんに抱きついて後退させた私は凄いと言われたが、オパール一号の悪阻苛立ちで発生するミニ雷を見慣れている私。痛いは痛いが感電死するほどの強さはないとわかってから、不意打ちで結構浴びている。あの雷は強めの静電気みたいなものだと言ったら、世話班メンバーの感覚はおかしいとドン引きされた。

 そうかもしれないが、そうじゃないと妖獣の世話はできない。


「あいつのイライラ直ったー?」

「チビ、あのイチゴどうしたの?」

「所長が伝言板のお礼だって。んなもんいらないよって言ったんだけど。ずーっと隠していたから疲れたー」


 所長の判断だったのか。


「チビからの土産って勘違いしてたよ?」

「なんでオレっちが土産用意しなきゃなんないの? 本当にさー、なんでアイツいっつもイライラしてんだろね?」


 所長が箱の中に手紙みたいなものを入れていたから気づくだろうと言い、チビはイチゴちゃんのことはどうでもいいようだ。心が広いのか、能天気なのか、達観しているのか。

 コロンボンさんは一番頑張って押さえ込んでいたらしく、大の字になっていたけれど起きてもらわねば。

 近づくとコロンボンさんや空軍何名かの制服はチビの食事中の涎を被ったのか、べっとり濡れているし血汚れしてしまっている。うう、申し訳ない。


「コストゥさん、チビさん、申し訳ないがもう少し静かにお願いします」


 軍人さんに声をかけられてチビと口をつぐむ。

 イチゴちゃんとチビとのやり取りは戦艦の影に隠れた場所なので、発着場の外柵の向こうにいる集まりだした見物人には見えていないが、勇壮な戦艦を見に来る人がどんどん増えてきているという。

 民間の発着場から借りた停泊場所を占拠した大きな戦艦が二隻。一隻だってすごいのに二隻もあればそりゃ騒ぎになる。

 納得して戦艦の中に戻り、ひとまず昼食をいただくことになった。


 ここまで部屋で一人で食べていたが、会議室のような場所に呼ばれ、ラワンさん、コロンボンさん、艦長と艦長の付き添いとなる部下数名で昼食を摂りながら今後の話し合い。

 昼食後に私は両親のところに顔を出す。『業務の帰りの寄り道で顔を出せた』として来ているので、昼食後にすぐにでも動いたほうがいい。

 空軍はせっかくシシダ特別区に来たので、この地で採石される溶岩を原材料とした石材を見に行く部隊を作り、その他は交代で湯治場と商店街の観光をさせると聞かされた。緊急の依頼などはないときに気分転換をさせておくのだという。


「陸軍との情報共有次第だが、こちらは三日後には発ちたい。コストゥ殿もそれまでに確認していきたいことは言ってほしい」

「私の身内のことでここまで動いてくださったことに感謝しています。私がここに来たのはあくまでも『寄り道』であることを逸脱しないよう、伯父のことは、……私では対応しきれないとなれば、陸軍の皆様にお任せしたいと考えます」

「今日の午後のコストゥ殿の動きですぐに共有としよう。それにしても今回ここまで来ることがなければシシダの建材や石材の実物を見ることはできなかったから、こちらはこちらで有意義に過ごさせてもらう」


 管理所の奥にある緊急発着場は、新たな空軍基地とまではいかないがそれなりに整える計画になっていて、様々な建材の選定をしているのだという。シシダ特別区では生産量こそ多くはないが、ある種の建材や石材で評価が高いものがあるので見ておいて損はないと考えたそうだ。

 私が両親のもとに顔を出すのと合わせて、空軍の方々は観光として湯治場に行きたい者を募り、戦艦に積んである輸送車両で行き来することになった。


 シャーヤランの式典の様子はここでも大々的に報じられた。私がここの出身だからだ。チビが出ていけば騒ぎは必死となる。それに伯父のことを考えると、チビが出向いた先に鱗などの素材があるかもしれないと考える者も出てしまうかもしれない。

 そういう理由もあり、私も湯治場や商店街の宿は取らず、戦艦が宿泊場所。チビは今日から戦艦に待機。


「もしご両親がチビ殿に会いたいと願うなら、こちらに来ていただいて会わせられなくはない」

「そこまでお気遣いいただかなくても大丈夫です。私の親もチビもそのあたりはわかっています」


 伯父のことが落ち着いて、『チビ船』で帰省できるようになって会えるで構わない。


「艦長、さっきから堅苦しいことばっかり言っていますけれど、湯治場に通いたいと一番熱望したのは艦長ですからね。一週間くらいいたいと言って殿下に怒られて短くなったんですよ」

「ばらすな!」

「はははははっ」


 和む話を聞いて、ようやく自然に頬が緩んだ。


「そんなわけで、コストゥさん、このあとこのじぃさまを湯治場に案内してください」

「腰が痛いだの肩が痛いだのウルサイ面子めんつになると思いますけど、階級だけは上なんで、何かあったら盾にしていいですから」

「おまえら!」

「はははははっ」


 上下の関係はそれはそれとして、仲がいいのは業務効率もいい。

 すべての組織で取り組めることではないけれど、管理所も普段は役職の有無は関係なく話をしているほうだと思う。


「ところで午後なんですが、チビ殿に依頼を出させてもらいたいことがありまして」

「はい、なんでしょうか」

「倉庫内の天井に近いところの補修塗装とできれば点検です。実はチビ殿が塗装の剥げたところを見つけてくれて、補修したほうがいいんじゃないかと言われたところがありまして」

「ラワンさん、これは範囲内で受けていいですよね?」

「はい、その内容なら私たちを輸送していただいている謝礼として作業費用の発生はなしで大丈夫です。作業完了報告書を双方所持としましょう。あのパイプの向こう側のことですよね。チビから先に聞いています」


 チビにも仕事ができた。というより自分で見つけていた。

 昼食会のあと湯治場に行きたい人たちの準備が整うまでにチビのところに行って、塗装の剥げているところを教えてもらった。

 チビの首のあたりに跨って宙を浮かんで天井に這うパイプの向こう側を覗くと、ある一定の場所からある一定の場所まで塗装が剥げているのではなく、きっと塗り漏れ。下からだとパイプに隠れて見えないところだった。


「こういうのがサビとか老朽化とかに関係するってオニキスが言ってた。あいつこういう点検ばっか請け負ってるから、点検に関する異能の使い方が上手くてさ。教えてもらってんだ」


 チビは向上心が凄くある。預かっている妖獣からも異能の使い方を習っていることもあり、フェフェとは違う意味で覚えることに貪欲。たまにねぐらの方向から爆発音が聞こえくるのはやめてほしいけど。


「リリカさん、降りましょう!」

「もう降りてきてください!」


 呼びかけられて下を見れば、ラワンさんやコロンボンさん、数名の軍人さんが大きな救出マットを広げてオロオロしていた。


「……チビが私を落とすことはないって言い忘れた」

「命綱もなく跨ってきちゃったからねー。なんなら、今のリリカはオレっちの頭の上に立っちゃって、どこにも掴まってもいないからねー」

「式典のときのあの『立ちんぼ』の応用、なかなか便利だね」

「オレっちは異能の制御が面倒だけどね」

「それはごめん」


 下に降りてもらったら、命綱もなく無茶をしないようにと説教を受け、式典の際に練習した立つ姿勢の応用をしてみたと弁解をしてみたものの、異能も万全ではないでしょうと説教は長くなった。

 心配してもらえるありがたさ。


「あれですね、リリカさんはキィとの『遊び』に付き合いすぎて感覚が麻痺っている」

「俺もそう思う」


 命綱なしのバンジージャンプ。確かに……。

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