28.言うのはタダ

 結論から言うとしび辛子からしの山芋の漬け物は失敗した。

 痺れ辛子の葉を使うにもどれくらいの枚数を使えば適切なのか不明、漬ける汁の味付けも不明で、漬けておく時間も不明と、不明なことオンパレードで、不味くはないが味が足りないものが出来上がってしまった。

 味を足すのに岩塩をちょこっと振ってみたものや、サラダドレッシングにえてみたり、大豆のひしおを垂らしてみたり試行錯誤。

 痺れ辛子の風味が面白いと受け入れられる人、駄目な人も分かれた。

 私はまた挑戦する気。漬ける汁のベースに何を使うかが課題だろう。

 私の中にある謎の記憶は、詳細なレシピまでわかるときとわからないときがあり、痺れ辛子はレシピまではわからない。トライアンドエラーの繰り返しでやってみよう。


 苔の水槽はトウマが唸りながら不調の原因を見つけて直してくれた。昼前から取り掛かり、昼を挟んで午後の一休みとなる時間まで頑張ってくれたおかげ。本当に感謝である。

 トウマの労働力と費やした時間に報いる意味も含めて、弁当や惣菜は全部私が支払ったのだが、チビの魚資金にしろと、みんなで食べるために買った惣菜代に相当するお金を置いていってくれた。ありがたくチビ貯金にさせてもらった。


 のんびりわいわいとした休みを過ごし、今日は妖獣たちの朝の餌が終わったら調理場に行く。

 昨日トウマが持ってきてくれたデザートは緑連豆ペーストがスポンジケーキに包まれたデザートで、生クリームも使われていてなかなか面白く食べた。

 私が私の中の不思議な記憶を頼りになんとなく潰してみた緑連豆りょくれんとうペーストがしっかりデザートになっていて、さすがプロの試行錯誤。

 箱の内側に付箋が貼ってあり、見覚えのある字で『調理場へ来い』と、とてもシンプル。

 調理長にも副調理長にも私用の通信魔導具の連絡先も教えてあるのに、なぜ付箋。


「コレを食べた後に来いって意味じゃないか?」


 と、デザートを食べる前にトウマが分析していたけど、食べてみて納得した。また食べたいので強請りに行かねばとなるデザートだった。

 ここのところ菜園の職員と一緒にデリバリーばかりで食堂にも調理場にも顔を出していないので、早速行こうと決めたのだった。


 チビは今朝帰って来る予定なのに起きたときに帰っておらず、情報端末を見たら、伐採班からキャンプ地周辺が酷い雨で戻りが遅延する連絡が入っていた。

 小型輸送船の飛行に支障がでてしまうほどの視界不良の雨はなかなかだ。

 こちらは泣きたくなるほど朝から晴れて暑いのだが、山を越えた先は大雨だと言う。伐採班の帰還の足止めとなっている山の向こうの大雨は、時間ときて湧き水として恵みをもたらしてくれるが、事故がないことを願うばかり。

 視界不良の中、チビが周囲の警戒にあたってくれて、非常に心強いという感謝の言葉も添えられていた。

 安全に帰ってきてほしいこと、不測の事態のときは遠慮なくチビに助けを乞うてほしいことを送り返した。チビも不測の事態のときのことは心得てくれている。乞われる前に動くだろう。

 すぐに、今の予報通りなら昼前には戻れそうだと返事がきた。

 よし、チビが帰ってきたら労うだけ労おう。


 そんなことを思いながら朝支度して、玄関を出ようとしたら、目の前に不意に現れた異能でできた伝言板。めちゃくちゃ小さい。小指くらいしかない。手で摘もうとしたらふよっと動き、おでこにビタンと貼り付かれた。

 触っても感触はない。掴めないということは私宛じゃない。

 洗面台に行き、鏡でおでこを見たら、微妙に斜めに張り付いた異能の伝言板。


「……これ、誰の?」


 見たことのない色合い。透明感がなく、白地にゆらゆらといくつかの色が現れては消え揺れる。

 私の疑問に答えてくれる声はなく、前髪は鬱陶しいので分けているから、おでこは丸見え。

 つまり、非常に目立つ。

 指で剥がそうとしてみたけど、おでこの皮膚との境すらわからないくっつき方。


「はぁ……」


 諦めてこのまま行こう。

 異能の伝言板であることは見る人が見ればわかるし、以前、ゴゴジの伝言板を頭のてっぺんにくっつけて歩き回っていた私だ。おでこに貼り付けて動き回ろうが今さらだろう。

 そう、もう一度自分に言い聞かせる。

 こういうのは諦めが肝心。

 それにしても、私宛じゃないとしたら、私が接触する誰か宛になる。

 なぜ、その者に直接伝言板を飛ばさないのか?

 伝えたいが直接伝言板を飛ばしたくない相手?

 そうなると、妖獣と相手の人には微妙な距離があるってことになる。またはほとんど接点がなくて、直接飛ばしたくても飛ばせないとかだろうか。

 考えても仕方ない。

 山小屋を出て、リーダーの別荘を通り過ぎ、泉のそばでオパールたちの寝ているところに顔を出す。


「世話係殿、ひたいのは?」

「うーん、オパールたちとフクロウたちではないよね?」

「私たちではないわ」

「覚えがないな」


 フクロウ一号が触ってみても? というので、おでこを向け、くちばしでそっと触ると首を傾げられた。知らない波長だという。


「知らない波長?」

「うむ。チビ殿でもオニキス殿でもフェフェ殿でもキィ殿でもセイ殿でもない」


 なんだって?

 預かっている妖獣は、管理所にいる間の異能には制限があり、伝言板の発現はしない約束。

 チビ、オニキス、フェフェ、キィちゃん、セイ、オパールたち、フクロウたちが管理所にいる妖獣のすべて。その誰でもないというのは衝撃だった。

 実は密かにキィちゃんかな? と思ったりしていたのだ。

 通常の妖獣の伝言板は透明でかすかに色がある程度だが、面白いこと大好きなキィちゃんなので、色付きの伝言板を作ってきても不思議ではないと思っていたから。

 少々不安を覚えてきてリーダーに相談したいが、通り過ぎてきた別荘は無人だった。


おさなら一時間くらい前に釣りに出たぞ」

「釣り?」

「泉のあちら側の、あの曲がりくねった川にある大岩の影が穴場だと」

「朝の会議の時間のはずなんだけど」

「……それは、我らは知らぬなぁ」


 ジトッとした目になってしまったが、オパールたちとフクロウたちは何も悪くない。

 釣りをしながらでも遠隔会議ツールで参加していると思いたい。


「感じたことだけの分析だが、その伝言板はどこか不完全なように思う」

「不完全?」

「何がどう不完全なのかうまく言えんが、だから透明じゃない」


 フクロウ二号も触ってきて変な伝言板だと首を傾げた。


 リーダーのいる場所まで行くのは億劫なので、セイの様子を見に行くことにした。

 今日はシード先輩が受付、サリー先輩が朝食係、ルシア先輩は休みで、私はチビと朝イチで所長面談だったが、チビの帰還が遅れているから時間が変更。

 今の時間に必ず対応しなければならない業務はなく、比較的自由な時間となったのだ。

 セイはルンルンで温室を耕して肥料を混ぜ込んでいたが、セイにもおでこの異能の伝言板に首を傾げられた。


「心当たりのない波長だのう?」

「そっかぁ」

「わっしらの伝言も万能ではない。一度や二度会ったくらいの接点では無理でな。これまでに預かった妖獣のいずれかという線はないと思うがの?」

「うーん、そうだよね、ありがとう」

「わっしの場合は通信機を借りるほうが楽だと思っとるから、もう何年も発現させとらんなあ」


 セイは空軍の基地や船の中で特定の誰かに話したいことがあるなら、相棒のマエルさんの通信機を使うか、館内放送または艦内放送で捕まえるそうで、異能を使うより楽だし確実だという。

 妖獣それぞれ。

 まわりに合わせて生きているから、預かる妖獣でも私のイヤーカフのような小型の通信機を身に着けていることがある。


 温室にいた菜園の職員さんたちにもおでこに貼り付いた異能の伝言板は反応せず、「パッと見は怪我の保護シール」と言われて、そうだろうなとトコトコと管理所の調理場に向かった。

 すれ違う職員におでこをマジマジと見られたり、チラ見されて終わったり。

 伝言板が反応する人はおらず、職員用の食堂に着いた。

 職員向けの朝の食堂の対応が落ち着き、観光客向けの食堂の営業時間前の隙間。

 職員用の食堂の注文口に向かったら、すぐに調理長と副調理長が手招きしてきて、調理場の裏手側を指差す。調理場の更衣室に来いってことかな?


「リリカ怪我したのか?」

「いえ、これ、妖獣の伝言板です」

「ああ、ゴゴジのときの、頭の上の」

「そうです、あれと同じです」

「なにも額に貼り付けなくてもいいだろうに」

「ははは」


 調理場の更衣室に向かう途中、調理場の早朝勤務終わりで帰る職員や休憩に入る職員さんたちに囲まれたが、なぜおでこに伝言板があるのか不可抗力なので笑うしかない。

 みんなすぐにおでこからは関心がなくなり、話題は緑連豆ペーストのスイーツになった。

 自分で初めて作ったときに何か足りないと思ったが、昨日トウマが持ってきてくれたものは美味しかった。緑連豆ペーストに何を足したのかとっても気になる。

 話しながら流れるように更衣室横の休憩室に連れて行かれ、入った途端に左右の腕を調理長、副調理長に掴まれ、座らされた。


「『うん』と言え!」

「は?」

「緑連豆のレシピだ!」

「へ?」


 いきなり何を言い出したんだこの人たちと思ったのが正直なところ。

 左右からの機銃掃射口撃マシンガントークで説明されたことを要約すると、緑連豆をペーストにする調理方法はなかったのだという。そんな馬鹿な、なくないだろうと言ってみたら、シャーヤラン名産の作物なのに、地域産業としての行政管轄の登録がないという意味で、なかったということだった。

 浮かれた派手シャツがシャーヤランの郷土産業という行政のお墨付き的な意味らしい。

 そこで、緑連豆をペーストにした調理方法を登録して、シャーヤランの新しい特産品として売り出そうと鼻息が荒い。

 完成品を作ったのは調理長や副調理長が率いる調理場の職員さんたちだから、好きにすればいいだろうに、義理堅くも私を発明者一号として登録しようとしていた。


「私の名前はなしでいいのでは?」

「なんでだ?」

「故郷の黒餅団子の真似をしただけですので」

「真似でもなんでも緑連豆の使い道を増やした功労者なんだよ!」


 功労者。

 なにそれ?

 テーブルの前に陣取ったおばさま軍団も混ざってきて、さらに前からも左右からも機銃掃射口撃マシンガントークで説明された内容にはちょっと驚いた。


 緑連豆は放っといてもわさわさる。間引かないとならないほど生る。気づくと畑を侵食してしまうほど生る。なんなら翌年、思いがけないところから芽が出て生っていることもある。

 栄養価はなかなか高く、シャーヤランと隣領の一部地域の特産ではあるが、調理方法は塩ゆでやスープの具材くらいで、多くは飼料になっていた。

 緑連豆を潰してディップソースにすることもあるはある。なんだ、ペーストにする調理方法あるじゃないかと思ったが、緑連豆からソースを作るのは非常にマイナーで、ほとんど知られていない。確かに私も知らなかった。

 緑連豆は乾燥させて保存にも向かない。多少冷凍で保つものの、結局は生での調理方法を増やすしかない。

 しかし、本気で改善策を考えてこなかったから今なのだ。

 わさわさ生ってしまって、困ったら飼料または肥料にして無駄にはしてこなかったが、それに流されていた。


「一週間前の領主館との定期交流会で緑連豆の試作品を出して、その場で登録を進められたが、安定した作り方を確立するまでと保留して時間稼ぎしてきた。これを最初に作った者がリリカなのは知っているものも多い。功労者にリリカの名がなかったら、盗んだと言われちまう。頼む!」

「えええぇ……。私が名前を出したくないと言い回るのは?」

「脅されてそう言えと言われたんだと言い出す輩がいないとも限らない。そう考えてくれ」


 黒餅団子を作った日に一緒にいた人や配った先の人たちはそんなことを言わないと思うが、絶対とは言えない。面倒くさいことを考えなければならないが、法律士さんからのアドバイスだという。


「俺たちはリリカが、目立ちたくないと言い出してしょんぼりするのは目に見えていたんだが、リリカのことをよく知らない者こそ好き勝手に言うからな」

「法務のやつらもリリカの名前を出さないことを考えてくれたが、黒餅団子と緑連豆のお試し団子を配った数が多かっただろう? 一番確実なのは嘘のない登録がいいって言われてな」


 テーブルに突っ伏していたが、事実が一番スムーズなのはわかった。

 緑連豆を潰したのは私の中にある奇妙な記憶の『ずんだ餅』とかいう食べ物からヒントを得たからだが、ここは故郷の黒餅団子で押し通す。


「『リリカの故郷の黒餅団子を作っているときに、菜園でわさわさに生っていた緑連豆も潰してみたらどうなるかとやってみた。黒石豆のように潰しても粘りが出なかったのでジャガイモのデンプン粉を混ぜてみた』。ここまでがあの日のリリカの手順だな」

「そうですね」

「リリカの緑連豆ペーストから、俺たちもスイーツとしてねっとり感を出したくて茹で時間や潰し方、粘り感を出せそうなものを試して、たどり着いたのが白長豆しろながまめだ」


 白長豆は豆と名前はついているが芋だ。芋のくせに豆のような姿をしているとても不思議な植物。ジャガイモのデンプン粉同様にとろみをつけたいときに潰して使うのは知っている。ジャガイモのデンプン粉で事足りるので私は使ったことはない。

 緑連豆に対して白長豆を一割程度混ぜるのが適量らしく、黒餅団子のように餅米に纏わせるのもありだし、米粉餅で包む団子もいい。スポンジケーキのクリームにするなら、生クリームを添えたり、練乳を混ぜるなど変化をつけるのも試していたらしい。練乳を混ぜたの食べてみたいな。


 正式な登録申請書に各内容をガリガリと書き出す副調理長。調理例を書き連ねて調理長や思考試作をしてきた調理場のメンバーと確認をするのを横で見ながら、副調理長が奥さんを経由してトウマと私に差し入れしてくれたスポンジケーキもよかったが、最初に挑戦した団子は捨てがたいと勝手に想像を巡らせてぼんやり。いろいろ試作品は作られていて、こうして登録するなら私も全力で楽しもうという気持ちになってきた。


「調理長、副調理長、緑連豆づくしのセットメニューを作りましょうよ、セットメニュー」

「セットメニュー?」

「なんだよ、さっきまで嫌だ嫌だと言っていたがノッてきたな?」

「楽しむほうが気持ちいいかなって! セットは例えばですが、まずは緑連豆のサラダかな。といってもレタスサラダに塩ゆでした緑連豆が混じっていればよくて。あ、でも、ディップソースできるサラダソースにしちゃうとか。、まって、パスタソースになりませんかね? あとポタージュも作れませんか? ポタージュスープベースはジャガイモとコラボでもいいかもしれないし、パスタソースいけたら、メインはそれでいいじゃないですか。頑張ってディップソースにして肉にかけるソース? と、言いながら肉のソースには合わなさそうだから、やっぱりパスタソースにできませんかね? デザートはケーキでも団子でもいいけど、甘くしたペーストをソースとしてパフェもいけそうじゃないですか。一番下はフレークで、緑連豆ペーストからゼリーつくって、生クリームとバニラアイスと緑連豆ペーストとスポンジケーキと……」

「待て! 書くから待て!」

「ジェーンッ! ライーッ! 緑連豆をあるだけ第二調理室に用意しろ!」


 そう言えば、緑連豆を潰さず豆のまま甘く煮詰めたらどうなるんだろう? 故郷には甘露煮の豆があった。緑連豆は煮ても食感が残る。潰しても残るつぶつぶ感もありだが、甘露煮にするのは向かないかな?


「リリカー! 待てと言ってるー!」

「繰り返します?」

「よし、繰り返せ!」


 自分で作るのは大変だが、今ここで言っておけばプロが試行錯誤してくれて、タダ試食もできそう。地域産業に貢献する功労者で名前を出てしまうのはもう諦めて、いろいろ作ってもらおう!


「待て、さっき言ってないもんが増えてる!」

「繰り返します?」

「繰り返すたびに増えるんだろう?」

「流石にそろそろ尽きます」


 副調理長、ニコニコ顔でウズウズが隠せていない。足もガタガタジタバタしてるから調理長を追いかけて調理の試行錯誤に行きたいんだろう。


 言いたいだけ言って満足。

 この後、まさかの展開が待ち受けているなんて思ってもみなかったよね。

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