27.いなくても存在感が巨大なチビ
トウマの大型浮遊バイクに二人乗りも心惹かれたが、山小屋の保冷庫も食材置き場もほぼカラ。そんなこんなでなかなか買い込まねばならない荷物を考え、それぞれの浮遊バイクで移動。
オニキスは今日は一日ごろごろ寝ていたいそうで、自身の
「式典後だからオニキスもいつも以上に注目されてな。街中の仕事は気疲れするのはわかっていたんだが、夏前の怪我が頭をよぎっちまって、俺がオニキスに依頼があった伐採支援依頼を
オニキスを緊急手術をしたときのことを思い出す。手術時に手伝えることなんて多くはなかったが、手術後はひたすら看病についた。
「
「そうなのか」
「うん、伐採班はしばらくはチビ指名でくるんじゃないかな。チビはホラ、街中の仕事はほとんど無理だから、チビも『ぜひっ』て言ってたし」
チビは巨体すぎて街中の仕事はほとんど向かない。
私について商会の倉庫に出向くのも毎回ではないし、うっかりすると大道芸を始めるから私の神経が休まらない。なので極力連れて行かない。
「魚資金を貯めるんだ!」と働くことに意欲的になったから、ぜひ頑張って働いてもらおう。あれからも、朝に起きたら今後は虹色水晶の塊が玄関前に鎮座していて、所長とリーダーも来てくれて、また話し合いをした。チビはぶーぶー言っていたが、伐採班からの仕事の依頼にウキウキ出ていったので大丈夫だと願いたい。
「オニキスはそういったのを持ってきたことはないな」
「オニキスは一番『マトモ』だと思う」
「……かもしれん」
チビ、フェフェ、キィちゃんの三匹はどこか斜め上にズレてるからね。
そんなこんなを話ながら、浮遊バイクだと職員寮まではすぐ。
トウマは管理所にある整備班の倉庫に向かい、私はその倉庫に入れないので、売店をゆっくり巡ってトウマを待つことにした。
職員寮の一階にある売店は、生鮮食品から衣類、日用品まで幅広く取り扱っていてなかなか広い。
九時前後は朝納品されたものと、昨日までの売れ残りから今日中に売り切りたいお買い得品が混在するいい時間で、買い物客が結構いる。
店頭に並ぶ激安の野菜は菜園のもの。セイの世話という監視係で菜園にいる私は、売店に並ぶ野菜の収穫や箱に並べる前の拭き掃除なども手伝っている。形が悪いものも味はいいから全部売れてくれー!
カートを押して売店を巡る。
菜園では栽培していない野菜を吟味し、トーマス牧場の混合ミンチ肉と、豚肉に近い魔物の塊肉がとても安かったのでこれは買う。きっとチビが運んだ魔物肉。すぐに売るものと熟成して売るものがあり、これは熟成したほうが美味しいやつ。チビが働いたものだ。買って食べねば。
米、米粉、小麦粉、乾麺、冷凍ピタ生地なども確保。本当にここまで食材を切らしたことはなかったので、なかなか買う量が凄い。
ミルクは普段ストック用に買っている混合の粉末の缶がなかった。アーモンド、オート麦、ココナッツなどの植物性ミルクの混合粉末缶と、牛乳と山羊乳の混合粉末缶。それぞれ単体はあるけど、自分でミックスするのはイマイチな味になりがち。値札のところにある注文ボタンを押して職員カードをかざし、注文完了。今日は液体ミルクを買おう。
鮮魚コーナーに足を向けたら店員さんがいい笑顔で、チビ作詞作曲の『さかながたべたい』のサビを歌い出した。ここまで伝わっていたとは!
「ココのテーマソングで流そうかと思ってるよっ!」
「恥ずかしいからやめてください〜」
「チビはノリノリで録音するって聞いたがな?」
「チー! ビー!」
そんな話は聞いていない。いったいどこで話が進んでいるんだ?
チビがやりたいならやっていいけど、もれなく私は巻き込まれるから、先に話してほしい。次に戻ってきたときに捕まえて聞こう。
店員さんはなかなかいい歌だと言う。
わかりやすい歌詞に、弾んだ楽しげなチビの声を子どもが真似して歌うそうだ。
待って。チビはいつ子どもたちに披露したんだ? 早朝にしか帰ってきていないと思ったが、昼間にも戻ってきているのか?
店員さんとけっこう話し込んでしまった。『さかながたべたい』と歌いながらやってくる子どもにつられて親が商品を吟味するので、ちょっとだけだが鮮魚や魚の惣菜の売上が上がったという。
チビの歌の効果かなのかは定かではないが、売店ではそう考えていて、録音されたら魚の宣伝に使うのは本気のよう。
なるほど。そういう話だとすると、チビの歌の利用料なんてものが入るならチビの魚資金になるから止めないでおこう。利用料が入らなくてもチビか楽しくやっているならいいけどね。
今日は特売の肉を買うことにしたので鮮魚はやめて、加工商品と冷凍ものを見る。干物か冷凍を買っておいてもいいかもしれないが、魚肉ソーセージを見てしまうのは、オパール一号からの余波。
オパール一号が悪阻に気持ち悪くなりながらも、安定して食べられるようになってきた一つが魚肉ソーセージや魚肉のつみれ。製造場ごとに少しずつ使っている魚や塩加減が違い、棒のようなものから平べったいもの、まん丸なものなど、形も様々。
前はここまで種類多く並んでいなかったのだが、妖獣世話班がオパールたちのために試行錯誤して多種多様なものを発注していたので、売店にも種類多めにそれぞれ数個置かれるようになった。
オパールたちに合わなかったものは、おもにリーダーと私でおやつや夕食のおかずで処理していたら、その後も魚肉ソーセージを食べるようになり、菜園の職員も私の姿を見て小腹を満たしたいときに食べるようになった。
少し塩気があって、小腹が満たされ、前々からシード先輩がよく食べていたが、いいおやつ。
真空包装のものは消費期限が長めなのでおやつ用に買っておく。私のお気に入りは平べったいやつ。
その後も売店をゆっくり見て回って会計。
持ってきた保冷ボックスに冷凍食品や、肉、葉物野菜、果物などを入れて、売店の出入り口に置いてある空き箱をもらって芋や米などの重めのものを入れる。
浮遊バイクまで運搬にカートは貸してもらえるので、保冷ボックスと箱を乗せ、トウマを待つことにした。
売店のある廊下にはいくつかベンチがあるので座って待つ。
午前のお得な買い物時間帯なので、売店への出入り客は多いが、買い物を終えてボケっと座っているのは私くらい。私のように休みの者より、出勤前に買い物に来た職員や、育児等のやりくりをして来ている職員の家族がほとんどで、売店や売店前で見知った者と会って談笑することはあっても、さっさと帰っていく人のほうが多い。
私も顔見知りの職員を見かけ、見かけられの挨拶をして、一言二言話しはするが引き止めはしない。
売店で買った小さめの豆乳ティーのパックを飲みつつ、情報端末を取り出し学院でお世話になった教授の発光苔の論文を読み直していたら、視線を感じてその方向を目だけでちらりと見る。
テルフィナがいた。
シャナイが私の浮遊バイクをペンキで汚した事件からまったく見かけなかったので一ヶ月近くは会っていない。あれだけシャナイとともに毎日のように私に絡んでいたのが嘘のよう。
私も会いたい相手ではなく、向こうも私に会いたくない雰囲気。
情報端末を見ているふりでやり過ごす。向こうが声をかけてきたら後輩として接しようと自分を落ち着かせる。
私がテルフィナを認識した際はのろのろと歩いていたが、少しして売店の出入り口から斜め前のベンチにいる私から離れたところを早足で通り過ぎて売店に入っていった。
ふー……。
お互いの業務上で接点が生まれることは少なく、遭遇率は多くあるとはいえないが、こういう雰囲気が続いてしまいのはよくない。まわりにもよくない。テルフィナと話をしたほうがいいのか悪いのかもすぐに判断できない。
自分一人で決断できない弱さを認めつつ、申し訳ないが『ご近所のおじさん、おばさん、おにいさん、おねぇさん』でもある先輩方に相談しよう。
売店の出入り口は一つしかない。
テルフィナが出てくるときに目が合ったらそれまでだが、消極的な気持ちで目が合わせたくない。情報端末に向き合ってやり過ごしたい。
少ししたらトーマスの牧場の従業員数名が売店に買い物に来て、チビの魚の歌の話で盛り上がっている間に、テルフィナは気配を消すように売店から帰っていったのが見えた。
牧場の従業員からは、マドリーナが味噌スープづくりに積極的だがゴードンの味覚と合わなくてよく言い合いが聞こえてくること、ゴードンが博物館で頑張っていることを聞き、牧場でもお金を出し合って大豆の
「待ったか?」
「そんなには。探しものはあった?」
待っていたといえば待っていたけれど、水槽を直すための材料を探してくれていたトウマの時間が優先。手ぶらのトウマに不安になる。水槽は直りますか?
「先にバイクに積んできた」
「じゃあ、お昼を買おう。トウマが何を食べたいかまで聞いてなかったからまだ買ってないんだ」
昼は作らず、出来合いものを買うのは来る時に話してきたこと。
惣菜コーナーに行き、弁当や細々したおかずを見て回る。
私は細かく刻んだ野菜を混ぜ込んだパエリア、トウマはスープ麺を取り、シェアするサラダも買う。
「あ、そういやユメルさんから持ってけと渡されたの、どうしたっけか?」
「ユメルさん? 白い箱のこと? 保冷庫に入れてきたよ」
「あー、すまん……。朝はイライラしすぎて本当に悪かった。アレ、デザートらしいから昼に食べてみよう」
「それは楽しみ」
ユメルさんは整備班の事務をしているおばさん。旦那さんは副調理長。ユメルさんと私はとくに接点はないから副調理長だろうか? 箱の外見からスイーツだろうとは思ったが楽しみだ。
デザートがあるなら買わなくてもいいかと、シフォンケーキを手にしようとしていたが、手を引っ込めた。
一品料理のコーナーで数種類の惣菜を籠に入れる。夕食は妖獣世話班のメンバーを巻き込むことにしたからだ。
すでに通信で山小屋のテラスで夕食パーティーのお誘いをしたら先輩方も楽しみにしてくれている。
「本当に夕食は私が言い出したやつ出す?」
「面白そうだし、みんなで楽しめそうじゃないか」
「うまくいくかな~」
「うまくいかなきゃいかないでいいじゃないか」
さっき山芋を買った。
山小屋を出てくるときにシード先輩らが山小屋の側の小川を画策して作ってくれた痺れ辛子の栽培場所を覗いたら、きちんと根付いて葉が茂っていた。フクロウたちも毎日食べるわけではないので、数枚もらっても大丈夫そうな葉数。
山芋を痺れ辛子の葉と一緒に漬けておいたらどうなるかという、私の中にある記憶からのチャレンジものの話をしたらトウマが面白がって、昼前から漬けて、夕食の時間に食べてみようとなったのだ。
漬けておくのに必要な葉の枚数も最適な時間がわからないので、今回は試作も試作。
班のメンバーは、前に痺れ辛子の葉を食べて、人の食べ物じゃないと言っていたのを覆せるか否か。
でも、うまくいっても酒のつまみ程度にしかならない。失敗したときのことも考えて、だいぶ多めに惣菜を買っておくことにした。さっき買った魔物肉も焼いて出す。残れば明日以降の私の朝食や夕食にすればいい。
弁当と惣菜も買い込み、カートを押して浮遊バイクを置いた駐車場へ。
売店で買ったものはすべて私の浮遊バイクの後ろに積めた。積載量が多めのバイクにしてよかった。
トウマは離れたところに止めていたので、駐車場を出たところで合流。
トウマの大型浮遊バイクには水槽が三つ積まれていたがどれも割れていたり、制御装置が破損しているもので、分解して部品が使えないかと、そのまま持ってきたという。
「直りますように!」
「だから俺を祈るな」
私にとっては切実なのです!
トーマスの牧場を横手に眺めつつ山小屋に向かっていたら、私たちを追いかけてくるように小型車両トラックがクラクションを鳴らしてきた。
後方確認用のモニターを見ると運転はシード先輩、助手席にサリー先輩。牧場での朝の食事休憩が終わって泉に向かって来たタイミングと一緒になったようだ。
「リリカ、シードさんから伝言。『肉と野菜をもらってきたぞ』だと」
「なんてありがたい」
肉は買ってしまったが、冷凍しておけるものは冷凍しよう。
「サリーさんから、『ミソスープ、団子入り、甘め希望』だとさ」
「ふふふ、そのリクエスト受け付けました!」
私が新しい浮遊バイクの通信操作まで追いつかないことを見越し、トウマに通信してくる先輩方の優しさ。
イヤーカフの通信ならいけるけど、もしかしたら後ろから見たら、積載量いっぱいに積んでいるから車体がヨタヨタしているのかもしれない。自動平行制御モニターは正常を示しているが、諸々しっかり確認してハンドルから手を離さない。
そんな私の隣を並走するトウマはハンドルから両手を離して、水槽を一ついじって完全に自動運転モード。あれは運転技術があってできる離れ業。見ていると正直怖い。
──サ! カ! ナ! へいっ! サ! カ! ナ! ほいっ! サカナはウマイッ!
「待って待って待って待って待って? 今聞こえてきたのはナニ?」
「アハハハ! また新しい歌つくったのか!」
後ろから追いかけてくる小型車両トラックから、チビの歌声が流れてきて、大笑いの声も聞こえてくる。
「『伐採班から転送されてきた』だってさ!」
また随分とダンスミュージックなメロディーで、チビがノリノリで踊っている姿が幻覚で見えそう。伐採班のキャンプ場はチビの独壇場なのではないだろうか。
チビの歌声を聞きつつ、ふと思い出した曲があった。
「これ、ある曲によく似てる」
「替え歌なんじゃないか?」
万が一でもチビの歌を録音することになっても、この曲は録音させてならないと心に誓う。
パクリは違法だからね!
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