24.遺された思い

 トウマと浮遊バイクを買いに行ったのが初デートとなるのか疑問になるところだが、山小屋に帰ったら、また見慣れない小さい花瓶に草花が飾られていて、スライムが見たことない動きをしていた。

 訂正、見たことなくない。二度目だ。

 スライムによる祝いの舞。

 トウマとの初デートを祝ってくれたようだ。

 お礼は言った。


 でも、あれを初デートというのか? と、スライムに聞いてみた。

 大型浮遊バイクに二人乗りしたときやトラック車内の二人だけの空間はドキドキした。それは認める。だけど、他はほぼ仕事であり、なんならバイク屋では積極的に放置を受け入れた。

 ジッと聞いてくれていたスライムがジリジリと私から離れて寝床のボウルに入っていった。

 わかりやすい回答をありがとう。


 そもそもデートってなんだろうか?

 おもむろに情報端末で調べてみた。

 好き合う相手と日時を定めて会うこと?

 日時を定めるとは約束するってことだけど、リーダーに追われて買いに出たので約束していたわけではないのだが……。

 お互いに恋愛的な展開を期待して、日時や場所を決めて会うこと?

  どちらか片方が相手を恋人とは認識せず、友だちだと成立しない? 

 恋愛的な展開を期待していない場合はデートではない?


「私、期待してたかな? トウマはどうだろう?」


 人によってにデートなのか線引きは曖昧であり、付き合っている相手との約束であればデートであるという解説もある。

 もうわからん!

 一応、デートだったことにして寝よう!


 そんな阿呆なことをして寝たのだが、商会からリーダー宛だった箱を渡しそこねていたので、翌朝に箱をリーダーの別荘に持って行った。

 商会長の機銃掃射口撃マシンガントークがどれほどすごかったのかを話している間に、箱を開封したリーダーが固まった。

 私宛の箱も原色の洪水だったが、リーダーも同様だった。まあ、シャーヤラン伝統の派手シャツと言えばコレだけど。


「……朝から目に痛い」

「あ、その小さいのはフェフェのです。チビとオニキスのもありましたので」

「わしのもあるだと?」

「これ」

「うっほー!」


 フェフェに小さいのを差し出したら、面白がって派手シャツを着せろと言う。


「ん! なかなかイイじゃないか」

「……よかったな……」

「……よかったね……」


 フェフェはリスザルみたいな姿をしていて、腕を袖を通すことができた。前ボタンをカリカリ引っ掻くだけで留められなかったのはリーダーが留めてあげたけど、目に痛い赤色に黄色の水玉柄の派手シャツ。


 フェフェが派手シャツを着たままトーマスの牧場で妖獣たちとの朝食に合流したもんだから、トーマスも牧場の従業員さんたちも腹を抱えて笑うし、チビはオレっちのもあるなら着たい着たいと直に地面をゴロゴロ転がって地震を起こすし、預かっている妖獣たちは面白がるし、オニキスの分はトウマから預かっていたので箱を差し出したら、首を横に振り続けるおもちゃみたいになった。

 大きな箱からチビの派手シャツを引っ張り出してみたものの、もはや大きな布。ズルズルと出てくる大きな布を見て、再び笑い転げるトーマスは使いものにならなかったので、牧場の従業員さんたちに手伝ってもらって広げてみたら、強いて言えば袖なしのベストのような、いやマントかな。


「着れたー!」

「ヨカッタネェ」

「ぶふっ!」

「ぶはっ!」


 チビの派手シャツもどきは、蛍光黄色に蛍光水色と蛍光ピンク色のデフォルメの花柄のものだった。

 どういうわけが浮かれた派手さがチビに似合ってる。

 シャツの背には穴がいくつかあって、チビの背中のゴツゴツした突起が飛び出した。チビのことを測らせたことはないのに、報道動画を食い入るように見て割り出した説。あの商会長ならやりそう。

 チビに着せるのに手伝ってくれた従業員さんも笑い過ぎてお腹が痛くなったらしい。

 チビのシャツと全く同じ柄のものが私の箱にも入っていた。揃いで着る機会があるのか未定だ。

 フェフェとチビはかなりご機嫌。このまま街の上空を飛んだらいい宣伝になるかもしれない。


 ……大騒ぎになるからやめよう。


 なお、チビに着せている間にオニキスには逃げられた。

 オニキスの派手シャツは白地に赤と青のデフォルメされた星柄が散らばったもの。シャーヤランの浮かれた派手シャツ群のなかではとても地味な分類だと思う。もう一つ、濃紺色に目に鮮やかなオレンジ色のヤマユリが一輪あるものなんて渋いと思うんだが、私もこの柄ならよかったな。

 派手シャツを脱ぐのを嫌がったチビとフェフェだが、派手シャツを着たまま泉に飛び込んでくれて、脱がせにくくてほとほと苦労した。

 チビの派手シャツは山小屋では洗えず洗濯部に依頼。大笑いされた。

 

 バイク屋に行った翌々日、約束通り納車してもらえて、私の移動の足は確保。

 法務部に浮遊バイクを購入した領収書を提出したら、すぐに法務部で立て替えてくれて口座残高がゼロから遠ざかった安心感は大きい。

 浮遊バイクはほとんど業務で使うので、補助手当を支給してもらう手続きもばっちり。

 納車の受付をしてくれた警備隊では、管理所と職員寮にある駐輪場を使うので車体を登録。

 前の浮遊バイクは二輪車両でいうスクーターみたいな形だったが、新しいのは乗馬のように跨って座る分、底板が横に広め。二輪車両のビッグスクーターのようにみえなくもないが、スクーターは座面を跨がないからぜんぜん別物。

 ……と説明されたけど、パッと見たら車輪があるかないかの違いだけで、ほぼ同じだよなと思う私。

 警備隊の方々に残念な顔をされた。


 ペンキで汚された浮遊バイクは再整備し、警備隊が職員向けに貸し出す一台として使いたいと言ってくれたので譲渡した。

 ついでに、警備隊が職員向けに実施する浮遊バイクのライセンス取得訓練の次回のスケジュールを聞いて、中級ライセンス訓練の申し込みもしてきた。前回は花の蜜の採集遠征で中途半端に中止になってしまったので、訓練代は前回分納めたものでいいという。嬉しい措置に感謝である。


 浮遊バイクの中級ライセンスの筆記試験は受かっているので走行試験のみ。

 前回訓練中に浮上と走行は合格がもらえると言われたが、空中一時停止と下降着陸が課題。訓練が始まったら毎日訓練場に通うことを誓った。


 あっという間に日は過ぎて、空軍からのお客様ではなく助っ人扱いで預かることになった妖獣との対面会。今日は育児休暇中のニット先輩も出てきて全員で参加。

 ニット先輩は育児疲れの気分転換にちょろちょろと出てくるようになった。奥さんと育児支援の職員さんからの提案で、奥さんも職員寮にいる友人宅に数分だけ退避するなど、気分転換はしているという。

 ニット先輩のお子さんは朝昼夜関係なく泣き止まなくて、泣いていないときは元気いっぱい。休む時間がなく、途方に暮れることもあると言っていた。夫婦して睡眠不足に陥りがちで、交代で育児支援班が確保している保護者向けの仮眠室を借りている。

 幸せだと言っても息抜きも大事。

 職員寮の外に出るだけでもちょっと違うようだ。


 班のメンバー全員で面会のため、預かっている妖獣は数時間だけ洗濯部の方々で見てもらえることになった。たまには泉や木々を見ながら繕いものもいいだろうと、派手シャツの一次検品だそうだ。笑って倒れた工房長のところから管理所に依頼が入って、しばらく受けるのだという。


 高貴なる方々による凄まじい影響力。

 それでも捲し立てて興奮していた商会長が、関係する工房や商会と協議を重ねて、あの商会が繋がる工房や商会、組合では大量生産はしないと言っていた。

 手染めに似た機械生産もなくはない。

 けれど、地域の伝統を守る。

 その大きな機会をもらったのだと志は高かった。


 高貴なる方々もシャーヤランの地域産業だけの贔屓とならないよう注意してくれる。

 他の地域にも涼し気な伝統衣類はあって、シャーヤランの者も、そうした別の地域の類似産業の方々に恨まれたくはない。

 陛下と王妃殿下がシャーヤランの次に赴かれた場所は、夏でも寒さのある寒冷地。随分極端な移動で、報道番組で拝見したお姿はよく見る長袖の正装だったが、民芸品展示を熱心に見ておられた。

 しばらくはこうした地域の産業にフォーカスしたことを繰り返され、どこか一つの地域だけ贔屓ということにならないよう、ならしてくださることだろう。


 空軍の人と預かる妖獣との対面の場は、管理所と職員寮の裏にできかけている新しい休憩所。

 前は二階席はなかったが、休憩所の三分の一程度に一階を見下ろせる空間が作られていた。私が寝込んでいた間に、職員用の食堂と休憩所も兼ねるなら席数が足りないと、増やすことになったそうだ。余裕で三階席も作れる高さがあるが、三階ができたらチビは休憩所の中をぐるぐるぷかぷか浮けなくなってしまいそう。三階席を作るかは未定だそうだ。

 急遽二階席を作る工事があったために一時的に休憩所の利用ができず、職員寮の育児組の気分転換が泉になったのも知った。


 時間になって所長代理とともにやってきたのは、空軍の制服の色である紺色の長袖に詰め襟の上着を脱ぎ、腕に上着をかけてやってきた中年男性と、頭の高さをふよふよと浮く魚。


「第八隊所属のマエル・べンスタです。こちらが私を相棒とするセノです」

「でかー」

「セノ!」


 世話班の後ろにチビがドーンと立っている。オニキスも斜め後ろにいる。フェフェは図書室に籠もって出てこなかったので諦めた。

 魚の視線はチビ一直線。

 セノと呼ばれた魚の姿に似た妖獣はそこまで大きくはなく両手に乗りそう。胸ビレがやけに大きく、その胸ビレで歩けそうな魚にしか見えないが、魚は宙を浮かない。こうしてぷかぷか宙に浮いているから妖獣なんだとわかる。

 魚の種類をあまり知らないが、ハゼに似ているような似ていないような、そんな姿だった。


「オレっちチビって呼ばれてるんだ。よろしくなー」

「ぜんぜんチビじゃないちいさくないよな?」

「あはははは」


 チビーッ! 名前変えようよー!


「こっちのメンバーが妖獣の世話を務める者たちで、こっちが菜園のメンバーになる。菜園の手伝いをしてもらえるということなので、おもには菜園のメンバーが一緒になるが、世話班が妖獣の取りまとめはしているので顔合わせで来てもらった」

「そっちのオジチャンとニイチャンたちよ、わっしは耕すのは得意だ! 任せてくれ!」

「そりゃ大助かりだ。よろしくな」


 所長代理の案内はきちんと聞いて頷いていたセイだが、妖獣は自由な性格が多い。

 マエルさんはグイグイといくセノに落ち着けとあたふたしているけれど、セノは今すぐ畑に行こうとやる気にみなぎっている。

 休憩所からも見える畑と水田、新しく建てた温室に震えて喜び、宙でくるくる舞っていた。


 前に先輩方がアバウトな情報で少尉だの少佐だの言っていたが、マエルさんは中佐だった。きっと昇進したんだろう。

 妖獣の異能が水の扱いに長けている話は、魚の姿から水のイメージが強くなっただけで、セイは耕すほうが得意だそうだ。


 今回、マエルさんは約一ヶ月の休暇をもらえたので家族のところに帰省する。

 軍の仕事の内容によってはなかなか帰ることができないは想像がつく。今回も数カ月ぶりの帰省なのだと言う。

 最初はセイもマエルさんと一緒に帰るつもりだったが、たまたまマエルさんが管理所に来ることがあった際に、畑と水田を見て残ることを決めたそうだ。


「アロンソ・コストゥ殿とヴィスランティ殿を相棒とする妖獣とは、セイは以前にもお会いしているはずです。そちらの大きな竜殿、リリカ・コストゥ殿も、セイのことをよろしくお願いします」

「ベンスタ殿、私のことはアロンソと名呼びで構いません」

「はい、私もリリカで構いません」

「チビって呼んでいいよー」


 フルネームで呼ばれることがなくて久しく、慣れなくてなんだか擽ったい。

 トウマの姓はヴィスランティだったのも、言われて思い出した。姓がかぶらなくても管理所は名呼びが多く、たまにフルネームを忘れてしまう。


「本当にコストゥ姓は多いですね。隊にも三人おります。では、アロンソ殿、リリカ殿、私のこともマエルで構いません」

「ではマエル殿。セイは菜園で勤務となるので、菜園の管理長ホワキン、副管理ナタリオがおもにセイのことをみると思う。両名とも妖獣世話班の勤務経験があるので安心してほしい。世話班からはリリカが心身管理でつきます」


 は?


「心身管理なんかしなくても、セイっちは土に放流したら好きなだけ耕して元気いっぱいになるから大丈夫じゃない? ホワキンとナタリオが追っかけっこだな。頑張れー」

「チビもリリカをフォローしてやってくれ、な?」

「オレっち土いじりはあんまりなあ〜」

「セイは楽しく助っ人をしてほしい」

「わっし頑張る!」


 あれ? これって私に丸っと投げられた?

 っあー! リーダーは別荘から離れない気だ!

 先輩方も微笑んでるけど目を逸らしてる!

 だから、急いで移動の足を確保させたのね!


「リーダー……、先輩……」

「山小屋の周辺の草刈りはやるから」

「痺れ辛子の栽培はまかせておけ」

「たまに作り置き持っていくわ」

「お客様と遊ぶのあたし頑張っちゃう」

「……たまに手伝いに行くよ……」

「オレっち泉で遊ぶ〜」

「……ニット先輩はお子さま優先でお願いします。その他の先輩方々、そしてチビ、あとでよーく話し合いましょうね」


 やーらーれーたーっ!

 そりゃあ私は一番下っ端だし、何事も経験なら実践から学びますが!

 本当にこの班のメンバーは一ヶ所に居着いたら動かないな!

 菜園の人たちは、リリカがいるなら安心だなーと軽い。

 あの採集隊遠征の頃から、調理場と菜園は第二の仕事場みたいになっているけども、なるほど、全員グルか!


「……俺はここにいる必要なかったよな?」

「オニキスもよーく話し合おう。トウマによーく話しておくから」

「チビに言えよー」

「オレっち耳が遠くなったんだー」


 これだよ。


「楽しい職場ですね。安心して帰省できます」

「久々に掘るぞー!」


 楽しい職場なのは確かだけどね!

 掘らないでね! 耕してね!


 書類でも確認できるが、マエルさんからセイの嗜好や癖などを口頭でも確認し、マエルさんを見送ったあとの休憩所。

 笑うことを我慢していた菜園の皆さんが腹を抱えて笑う笑う。

 チビとオニキスの尻尾を掴む。逃がさんぞ。


「リリカ落ち着け。これにはちゃんと理由があるんだ。先に説明しなくて悪かった」

「そーなの! ちょっとサプライズなの!」


 リーダーとサリー先輩が胡散臭い押し売り営業の笑顔で宥めてきたが、不意に飛んでくる仕事の指示がサプライズなら、毎日何回サプライズがあることか。


「アロンソたちに箝口令を敷いたのは私だ。ちょっと移動しよう」


 所長代理が休憩所から菜園に向かう扉を出て行くのでついて行く。

 木立で遮られた管理所の裏手側。そう言えばこっちまではあまり来てなかった。

 木立の向こうにあったのは新しい温室。


「入ってくれ」


 ホワキンさんが温室の中にいれてくれたが、まだ耕してもいない土。

 そこに浮かぶ──


「何日前だったか、突然現れたんだ。誰も触れなくてな」


 一気に潤んで視界が歪む。

 半透明の板のような妖獣が異能で作る伝言板。

 妖獣ごとに僅かに帯びる色が違っていて、目の前に浮かぶ板の色には覚えがあった。

 揺らめくあおあおあおみどりが見え隠れする海の色──

 近づいて、震える手を伸ばした。

 私の指に吸い付くように板が動き、ふわりと浮かんだ文字。


「……だから、古代文字は、読めないって……、あんなに、言った、のに!」


 ゴゴジ!


「キィがこれはリリカ宛だと教えてくれてな。とくにキィに強く願われて、この温室と池のまわりの菜園の整備を少しの間リリカに見てもらうことにした」

「代理……ッ」

「ゴゴジの遺志を継いで、温室と菜園をよくすることに力を貸してくれ」


 涙が止まらない。

 ゴゴジの伝言板を読んでもらう前に全部書き写さなくちゃ。読んでもらったら消えてしまう!


「がん、ば、り、ます」

「ああ、こっちにいればバイクの訓練も行きやすいし、よかったんじゃないか?」 


 クシャッと笑ってホワキンさんは池にも案内してくれた。

 少し不格好な石の亀の置物があって、菜園を見守る位置に置かれていた。


 ゴゴジは素っ気なくて、愛想もなくて、他の妖獣ともあまり交流しなくて、私が採用された頃のオニキスもキィちゃんも、ほとんど話したことがないと言っていた。

 それが変わったのは私がここに来てから。

 私にため息をつきながら、一つひとつ根気強く教えてくれたゴゴジ。私を通じて世話班や菜園の職員はやっとゴゴジと交流ができた。


 ゴゴジが遺してくれたもの。

 一つひとつ活かしていこう。

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