22.復活
風邪と生理痛でくたばっていた間に警備隊から連絡が入っていた。ペンキで汚された浮遊バイクの損害賠償請求に関することで、法律士との面会が必要になる内容だった。
体調が回復して仕事に復帰した日、警備隊に日時調整の連絡をしたら、管理所の法務部にいる法律士さんで、面会できる候補日時を三ついただき、最短が今日の昼前。
早速リーダーに相談したら、昼休憩をずらして行って来いと了承してもらえて、チビに運搬してもらって法律士さんと面会した。
損害賠償については、浮遊バイクの新品を買っても満額請求可能と言われ、高度十メートル超えでも走れる上位クラスの浮遊バイクでもいいと言ってもらえた。汚された浮遊バイク同等と考えるのではなく、私の仕事の移動手段を阻害した行為として間接的に管理所業務を妨害したことにもなっていて、今朝会ったときは眠そうな顔をしていたリーダーだったが、相当怒ってくれているのを知った。
法律士さんもシャナイに会ったという。
シャナイはさめざめと泣き続けていて、一見すると大人しくなったように見えた。……だけらしい。
刑務所の所員や精神鑑定した医療師たちの話を聞くと、反省しているふりだけで、そのうち許されると思っている様子も見受けられるとか。
自分がやらかしたことの認識はあると判断され、故意に器物破損した罪に減刑適用はなく、むしろ浮遊バイクを汚されたことで
管理所は街から離れているので移動の足は必須。多くの職員が個人所有の浮遊バイクや車両を業務にも利用していて、申請して許可をもらえると燃料代や維持管理を補助してもらえる。業務によっては管理所敷地内を行き来するのに徒歩では無理な距離もある。私は確実にそうだ。
私はチビ運搬で移動はできているが、荷物の運搬が伴う業務から外されているのは自分でもわかる。まわりに余波が生じていて申し訳ない気持ちもある。
とにかく、もらえるものはもらおう。
そして早々に浮遊バイクか小型車両を買おう。
腹の立つことをされたのは事実で、いつまでもチビに運搬してもらうわけにはいかない。
シャナイはこの事件の罰が済んでも、国の法務監視下で労働する現場に就くことになりそうだとも教えてもらった。
「ペンキをぶち撒けていないと言い張っていたのは咄嗟の演技。やった事実を認識しながら平気で嘘を付く。精神鑑定でも異常の診断になるようあえて異常行動をしてみたり。反省の言葉もそう言えばいいというだけ。本気の反省がみられませんでした。今回はペンキでしたが、劇薬だったら? 包丁を振り回されたら? 相当長い監視期間となるでしょう」
犯罪を起こした人でも本気で反省し、更生できれば社会は受け入れるが、今のシャナイの様子では何年経っても逆恨みして、私や私の親しい人を害する可能性が拭えないというのが、警備隊や医療師などの判断。
今後、彼女が本気で更生するか否かなので確定した未来ではないが、また未来に被害者になりたくはない。
万が一、彼女の更生が認められなければ、私と私の親しい人への接触禁止の措置を取ってもらえることも手続きした。
彼女の人生はどこでおかしくなってしまったのだろう。トウマのことがそこまで好きだったのだろうか?
法律士さんは首を横に振り、私見だがと断わって、彼女はトウマが好きだったわけではなく、己のアクセサリーとして欲しがったのではないかと言う。
おそらくもう会うことはないだろうが、面会した法律士さんだけでなく、管理所の法務部で何かあったときの窓口になってくださることになった。とても心強く思った。
法律士と面会した内容を言える範囲でリーダーと先輩に報告したら、とにかくさっさと新しい浮遊バイクか小型車両を買えと言われた。
私もいつまでもチビによる運搬は落ち着かない。
チビと私は使役し合うような関係ではない。
『チビ船』はチビと相談して「私が遠方に行く場合でチビも行きたい」場合で使う方法で、どこにでも連れて行ってくれるわけではない。
それに結局は私が嫌なのだ。
妖獣は人が使役する奴隷のような動物じゃない。チビにはチビの自由時間を楽しんでほしいのだ。
午後から休みと言っていたトウマが来てくれた。
今日の午後は泉で妖獣水泳大会。朝食後の微睡みのときに妖獣たちの雑談のなかで決定され、世話をするメンバーも対応万全。
湧き水でできているから泉と呼んでいるが、実は中規模の湖で、チビも余裕で泳げる広さと深さがある。
物凄い水飛沫を立てて泳いでいく妖獣たち。飛び込んでいった瞬間から、速さ競いが始まったようだ。
「リリカは濡れちゃ駄目よ。ぶり返したら完治するまで医務室に隔離するからね」
「はい。ここから見てます」
「トウマ見張ってなさいね」
「りょーかい」
水上バイクで妖獣を追いかけていったルシア先輩は水着姿。ちょっとお腹が出ていて、痩せるぞーと言いながら水上バイクを走らせていき、泉の中央付近で停まったなーと思ったら、ヤッホーッ! と飛び込み泳ぎ始めた。
妖獣が一匹増えたと思おう。
「ずいぶん減ったな」
「式典が終わったからね。この数でも平年より多いって言ってたけど」
「博物館のときはマジで多かった」
「過去最高だったって」
式典の日をピークに、預かっている妖獣の数は減って、それでも今年は多い。『チビフィーバー』なんて言われている。
泉の岸辺にある木陰は涼しい。
この夏はこのまま常設になりそうな簡易テントの下、テーブルとイスを軽く拭いてトウマが見繕ってくれた浮遊バイクの情報を見せてもらった。
しかし、どれもこれも同じに見える私である。
何が違うの? 色だけじゃないの? なぜこっちは高くて、こっちはちょっと安いの?
情報端末で車両や浮遊バイクを見ていくが、デザインや何やらパーツが違ったりするのはわかる。わかるのだが、これは小型車両トラック、これは一般車両、これは浮遊バイク、これも浮遊バイク……と大まかに分類して、以下同じとなるのが私。
トウマも妖獣世話班の先輩方も私のこの駄目さはわかってくれていて、店に行くときはトウマかリーダーかルシア先輩か調理長か菜園の副リーダーと行けと、何度も言われている。
ならばお付き合いしはじめたトウマの出番である。
「風邪で休んで休みにくいなら、勤務後でもいいんじゃないか? 店に連絡しておくか?」
「間に合う?」
「この店なら八時半までやってるから、六時上がりでも間に合うぞ」
「七時くらいで終わりだと思ってた」
「この前見に行ったら夏だけ遅くまでやってんだと知ってさ。向こうで見る時間が取れるほうがいいから、五時上がり調整してみたらどうだ?」
俺はしばらくは余裕があるからいつでも付き合えるぞというトウマは、ふあああと欠伸をして、大木に作ったハンモックで昼寝を始めてしまった。自由な人である。
車両の走行音が聞こえてきたので、音の方向をみたらキャンピングカーが数台、私がいる泉の対岸に来た。
大きな声を出せば声が届く距離で、キャンピングカーから降りて手を振ってきたのはニット先輩の奥さん。職員寮で乳幼児の育児に奮闘しているご家族が気分転換で泉まで散策に来るのは聞いていた。
朝のうちに向こうにもテントやパラソルを設置しておいたし、妖獣たちにも向こう側には近づかないように言ってある。
他の人も手を振ってきてくれたので、大きく手を振り返した。
すでに大泣きの子もいて妖獣たちの賑やかさに加えて、さらに賑やか。
託児室の職員数人が子どもたちが寝転がっても大丈夫なようにシートの敷いて、さらに囲いも設置。だけど歩けるようになったくらいの子は囲いを倒しそうな勢いだ。
対岸の様子を見ていたら、視界の隅で影が飛んだ。
ハッと見れば泉の中央付近で速さ競いをしていた妖獣の何匹かが急に空高く飛んでいる。
ドボーンッ!
ドボーンッ!
バシャーン!
落ちてきた。……これは何大会だ?
水飛沫を大きく作ろう選手権か? それとも水飛沫を一番少なく飛び込め選手権か?
ルシア先輩は水上バイクで少しは慣れた場所に離脱して大笑い。
バビュンと空に何かが飛んだと思ったら、やたら大きい影が落ちてきた。
腹ばいのチビ。
パッカリと口も開けてて、楽しそうだな、オイ。
ドバッシャーーーンッ!
「チビすごいすごい! さすがの体積! 一番すごいアハハハッ!」
ルシア先輩も水上バイクの上で波に揺られながら楽しそう。
水飛沫を大きく作ろう選手権だったようだ。
本当に何が始まるかわからない。
対岸に来ている人たちも驚いている人が大半で、子どもも驚いたり、喜んだり。ニット先輩だけが焦点の合っていない表情で呆れているように思う。離れているからよく見えないが雰囲気はそんな感じだった。仕事場の状況に呆れているが、どうかご家族の時間を楽しんでほしい。そう考えると泉じゃないところのほうが良かったんじゃなかろうか?
なお、この騒ぎでもトウマはクゥクゥ寝ている。強い。
「ルシアせんぱーい、そろそろ上がりましょうー。今度はルシア先輩が風邪ひいちゃいますよー」
「そうだねー、上がるー」
泉の水温は低いので、長く遊ぶと冷え切ってしまう。
妖獣たちは、うん、元気だね。
「ヒャアー、冷えたー。暑さが気持ちいい」
着替えにいったルシア先輩には温かいものを用意しておこう。
また車両の音がしたが、今度はこっちに近づいてくる。対岸でくつろぐ軍団でないなら、リーダーかシード先輩だろう。
当たり。リーダーだった。
リーダーが中型のボックスタイプの車両を使うのは珍しい。何か運んできたのだろうか?
「ルシアは?」
「今さっきまで泳いでいて、着替えてます」
視線の先の木の幹からテント幕をぶら下げてあり、その向こう側で着替えているのは、見ればすぐわかることだが報告は大事。
リーダーはハンモックで寝ているトウマを見て片眉を上げ、対岸から聞こえてくる声には優しげに目を細めた。
「何か運んできたんですか?」
「何も。シードに俺の小型を貸してくれと言われてアイツのを借りてきた。街が混んでて路地裏を通りたいから小回りがきくのがいいんだとよ」
「ああ……」
街は観光客が多く、車両規制もしていると聞いた。
「夜も混んでるのかなあ」
「なんだ? 街に出るのか?」
「はい、バイクを買いに行きたくて」
「クルマ屋とバイク屋があるのは観光客向けの商業区域とは違うから、まあ大丈夫じゃないか? トウマに連れていってもらえよ? お前一人だとうっかり幼児向け三輪車を買わされてきそうな恐さがある」
「流石に酷くないですか?」
「それくらい不安だってことだ」
リーダーと話をしながらルシア先輩用に生姜湯を作る。冷えた体に冷たい飲み物は駄目。レモンと蜂蜜で味付けすれば、薄手の長袖を羽織ってきたルシア先輩が来たのでカップを差し出す。暑がりなルシア先輩が長袖だなんて、やはり冷えたようだ。
「風邪ひかないでくださいね」
「ありがと!」
「リリカの次にルシアにまで風邪をひかれたらかなわん。アイツらと遊びすぎるなよ」
「たまには泳ぎたいじゃないですか」
「それは認める」
私も頷きかけたが風邪から復活したばかりなのでやめておく。
たまにはドボンと水に浸かるのは気持ちいいと思うし、足を浸けるだけでもぜんぜん違う。
「来週に空軍にいる妖獣の預かりが決まった。期間は一ヶ月で、お客様ではなく、助っ人扱いだ。おもに菜園にある温室の手伝いになった」
「菜園の助っ人ですか? でも管理報告はウチですよね?」
ルシア先輩がちょっと面倒くさそうな表情でリーダーに問うてくれた。
たくさんの数を預かっていても敷地内のどこにいてもいい今の状況なら、妖獣たちと相談してどこで過ごすか決めて、最悪一人でも見ていられる。けれど、預かる場所が固定だと世話を担当するメンバーもその場所に固定となり動きにくい。
「菜園が代理で世話してくれる。餌もほとんど野菜だそうだ」
「前にリーダーと先輩方が仰っしゃっていた水の扱いが上手だと言っていた妖獣ですか?」
「そうだ。土いじりが好きなんだと。船でも鉢植えの手入れなどで不満のガス抜きはしていたが、緊急発着場の件でここに長く滞在することが決まって、『掘りたい! 耕したい!』だとさ」
「新しい温室できたけど耕しきれてなくて稼働してないんだっけ? 手伝いが増えるのはいいことですね」
「好きなだけ耕してもらえばいいと思います」
菜園の職員が世話をしてくれると言っても、丸投げはできなくて、少なくても日に一回は様子を見に行く必要はある。
今夏、妖獣世話班での預かりは山小屋と泉周辺がメインで、今のところ研究棟の夏眠用ゲージで寝る妖獣の予約はない。夏眠預かりが出ても、山小屋かリーダーの別荘かチビの塒にゲージを持って来ようとなっているので、ほぼ全員こちらにいる。
「そういうわけだから、誰でもいつでも菜園に様子を見に行けるよう、リリカ、来週までに車両でもバイクでもどっちでもいいから買ってこい。今すぐ買ってこい。そこの髭ズラ起こして行ってこい」
「えーと」
「トーウーマー、起ーきーろー、デートだぞー」
ででででででぇと?
「んあ? なに?」
「リリカとデート」
「???」
「寝ていたのに聞いていなかったのか。今すぐ行ってこい」
リーダー無理難題だよ。寝ていたら聞いていないのは当たり前だと思う。
ルシア先輩に叩き起こされたトウマはなんのことだ? と疑問になりつつも、ハンモックから出てきた。
そして私はこれはデートなのかとドッキドキし始めた。仕事で使う浮遊バイクを買いに行くだけだ。決してデートではない、はず、多分。デートでもいいのかな?
「ああ? リリカちょっと説明しろ。あとアレは放置でいいのか?」
「ん? あれはここのところの妖獣たちの流行りだ。数が減ったから短くなったな」
トウマが泉の中央を見て怪訝な顔をするので見たら、あれはなんだ?
少し前まで水泳大会をしていた妖獣たちが、宙に浮いて己の前にいる妖獣の尻尾や後ろ脚に捕まって繋がっている。一番前はチビ。一番後ろにオニキス。
「リリカはぶっ倒れてたから見るの始めてなのね。博物館のながーい全身骨格あったじゃない。あれの真似らしいの」
「そう、ですか」
「式典直後の一番預かり数が多かったときは物凄く長かったのよ。撮ってるから見る?」
「あとで見せてください」
あれの言い出しっぺは帰っていった妖獣だという。引き継いだのがチビだという。
「しゅっぱーつ」
「しんこーう」
「うねうね、ういうい」
「うごうご、うにょうにょ」
……その擬音いる?
対岸にいる人たちも呆気にとられているけど、子どもたちのキャッキャと笑う声が聞こえてくる。騒ぎにならないのはニット先輩が説明しているのだろう。
「それで俺はリリカと、なんでデート?」
「バイク買ってこいって」
「今から?」
「今から」
「お前ら早く行け。ついでにオパールたちの魚肉ソーセージを買ってきてくれ」
まだ勤務時間だが、とにかく今後のために移動の足を確保しておきたいリーダーに追い立てられ、街に出るならあれもこれも買ってこいと頼まれる始末。
チビに外出することを伝えようにもご機嫌で連結遊びしていて声をかけるのを躊躇っていたら、リーダーの頭の上にいたフェフェが飛んでいき、私とトウマが街に行くと伝えてくれた。
チビに「初デートぉ!」と大声で叫ばれて恥ずかしかった。
トウマの大型浮遊バイクに二人乗りで職員寮に行き、小型車両トラックに乗り換える間に、リーダーが急いでバイクを買ってこいと言っていた経緯を説明した。
「急展開だが、さっさと買いに行けるのはよかったんじゃないか?」
「そう、だね」
トウマとふたりっきりの空間だよー!
緊張するー! うおー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます