20.式典を終えて
式典が終わったあと、陛下らの控室となっている会議室に行かねばならなかったのに、先に所長と陛下らが休憩所に来てしまった。
陛下と所長は学友時代からの関係もあって非常に和やか。王弟殿下も顔なじみらしい。ウチの所長は実は凄いのかもしれない。
「随分と無理なスケジュールだったが切り抜けたな」
「そのうちマザキが倒れますよ」
「それは困る。しかし、『シャーヤランの式典に出席を!』と言ってきたのもマザキだったからな」
「確かに。ああ、アロンソ、トウマ、リリカ、来てくれ」
え? 化粧が拭いきれていない顔なんですが、このまま陛下のところに?
無論、私に拒否権はなく、所長の言葉に条件反射で立ち上がったらふらついてしまい、アビーさんに支えられて陛下の御前に進んだ。
リーダーとトウマも並んで陛下の御前に立つ。
陛下から式典に出たことへの感謝の言葉をもらっても、どう返せばいいのかわからない。リーダーが代表して卒なく返事をしてくれた。そのまま頭を垂れてやり過ごしていたが、顔を上げていいと言われて、それを拒否することもできず、どこまで化粧が落ちているのかわからないこの顔を晒すのか。ああ、羞恥。
「みなに化粧落としのタオルを。楽にしてくれていい」
「飲み物も持ってくるように言っておきましたから、さあ座りましょう」
陛下と王妃殿下の言葉にお付きの方々がサササッと動いて休憩所にある椅子を対面になるように並べてくれたけれど、これは何の面談ですか。歓談ですか、そうですか。きっちり口を閉じておこう。
そんな状況下、目の前の御方々を気にすることなくリーダーとトウマは渡された化粧落とし用の使い捨て紙タオルで顔を拭いていたが、私はだいぶ中途半端な拭き取りだったらしく、アビーさんが苦笑して綺麗に拭いてくれた。
私たちが顔を拭き、飲み物を頂戴している向こう側では、所長と陛下らがシャーヤランの派手シャツの涼しさに談笑したり、今後のスケジュールなどを話している。
雑談交じりの話をつなぎ合わせれば、陛下らがだいぶ無理なスケジュールでこの式典に参加したのは、巨大竜のチビの存在だった。
現状確認できている妖獣の中でも、チビはおそらく五番目か六番目くらいに大きいと推測されている。
もっとも大きい妖獣は海に棲む水竜種で二匹確認されている。三番目の大きさは第三大陸にいる地竜種。四番目は第一大陸にある巨大湖に棲む妖獣だが竜種とは確認されていない。これらの大型妖獣たちは人を相棒にしていない。
妖獣の見た目の大きさと異能の強さは比例しているわけではなく、人を助ける約束もしているわけではない。けれども、自国民を相棒とする妖獣がいることは他国に対して牽制になり、わかりやすいのが見た目の大きさ。
陛下と巨大竜が同じステージにいる。
全軍総司令官である王弟殿下と巨大竜が同じステージにいる。
この絵を作るためにスケジュールを調整して式典に参加されたのだと知った。
私とチビのデビューは春先までは来年の予定だった。陛下らにもその旨を伝えていた。
それを前倒ししなければならなかったのは、シャーヤラン領都の街を闊歩するチビの姿が首都でも噂になってきたのが大きかった。
首都に出現した巨大竜はシャーヤランにいる──
式典に出ないのは相棒との関係が悪くなったのでは──
せっかくこの国に巨大竜が出現したのに──
などと、陛下のまわりでもうるさい声が増えてしまったのだそうだ。
妖獣は人の都合に関係ないと蹴散らしたくても、周辺国絡みのことを考えると無視もできない。
陛下と所長の仲だからできる直通交渉で、私とチビの今夏の式典でデビューする調整をし、陛下らは式典に何としてでも出席する根回しをしていたのが、花の蜜の採集とあのクソ当主対応のドタバタの最中。
険しい顔をしていた陛下らのお付きの方々もホッとした顔。何としてでも乗り切るという意気込みの顔だったのか。
「人はめんどくさいのー」
「他力本願の口だけ達者なヤツラがだいたい掻き回すんだよな」
「てめぇの親分を信用しろってな~」
フェフェ、オニキス、チビは休憩所の上の空間をぷかぷかぐるぐると回っていて、そろそろ飽きてきたようだが、そろそろ解放していいんだろうか。
「大きな竜よ、歌が好きだと聞いたが、秋に戻ってきたときに船で一緒に楽しまないか?」
「チビって呼んでいいよ。
「あっはっは! では、チビ、秋に私の船で歌を楽しまないか? ステージもあるぞ?」
「あの船でかいよね~。相棒も連れて行っていい?」
待てー! チビー! 私を巻き込むなー! そしてやっぱり改名しようよー!
「俺も乗ってみたい!」
「待てオニキス!」
「ああ、いいとも。可愛いそちらはどうかな」
「シュークリームくれる?」
「フェフェ……」
「はははっ、皆を招待しよう。シュークリームか、そうか。はははっ」
オニキスもあの巨大な船に関心を持ち、尾をぶんぶん振って自ら参加を申し出てしまい、フェフェは食べ物を強請る始末。
陛下がおおらかでよかった。
お付きの方々も笑っておられるから、これが陛下の普通なんだろう。
陛下と王妃殿下はこのあと別の領地に向かうために移動。本当にギリギリキツキツのスケジュール。
王弟殿下と王弟妃殿下は緊急発着場にいる空軍を労い、やはり別の基地をまわるため
もともとシャーヤランには秋の訪問予定が組まれていたので、領主との晩餐会などは秋の訪問時に調整しているという。
その秋に私たちは陛下の船に招かれてしまったが、何をするんだろう。
チビは歌う気まんまんだけど、私は顔を伏せておけばいいのかな……。
陛下のあの巨艦が着陸できる場所はなかなかなく、森の奥にいてもらったが、牧場付近上空まで迎えがあり、陛下らは小船に乗って巨艦に戻っていかれた。
どっと疲れた。
陛下らを見送って、所長他上層部の面々は来賓の方々の饗しに移動したので着替えようかと思ったら、走ってきた所長代理の執務室で見かけたことがある職員さん。
「リリカさん、ご家族の方々と面会できますよ」
「!」
とっさにチビを振り返ったが、まだ大観衆の残る正面玄関前にチビを連れて行ったら大興奮の
「行ってきな~」
「うんっ!」
式典スタッフの腕章をつけている職員に案内されて、休憩所から管理所正面入り口内のエントランスに行けば、両親と兄夫婦が待っていてくれた。
「チビはここまでは出てこれないか。そうだよな。カッコよかったと伝えてくれ」
「あんたが制服を着る姿なんてなかなかないだろう! 記念撮影しよう、記念撮影!」
「立派になったなぁ、うんうん」
「髪の色も素敵よ〜」
四人一斉に言われてもわからんー!
とにかく記念撮影をして、父と母とは私が成人してから久しぶりにぎゅうと抱き合って抱擁をした。恥ずかしさより幸せが溢れた。
「あれ?
「そう、五ヶ月」
「なんにも聞いてないー!」
「連絡しなかったもの」
妊娠がわかったときは流産の危険があって連絡しなかったのだと言われ、泣きそうになって
四ヶ月目に入って安定したけれど、ここまで来たら産んでから連絡して驚かせようと考えた矢先に、所長の秘書から私とチビが式典に出る連絡が入り、しかも式典への招待の話だった。
私がチビと相棒関係になってから、私の家族は妖獣について知ろうと努力してくれた。式典に出ることを手放しで喜んでよいのかと悩んだと言われて、どれだけ学んだのだろうと涙が滲んだ。
迷ったが、やはり多くの人にとっては『晴れの場』として見られるイベント。私の制服姿も見られる。式典に参加して驚かせようと、仕事を調整して駆けつけてくれた。
義姉の妊娠を知って悪阻は大丈夫なのかと焦ったが、驚くほど悪阻はないのだという。それはそれでよかった。悪阻が酷いオパールたちを見ているから安堵した。
シャーヤラン領都の街の宿も船の手配も、なんと観光の手配まであって、実は昨日からシャーヤランにいたのだという。昨日も軽く観光したが、明日も一日観光して明後日帰るという。義姉が妊婦なので看護師付き観光プラン。
至れり尽くせり! 所長! アビーさん! ありがとうございます!
「チビに、俺たちからも『ありがとう』と伝えてくれ」
「チビも会える場所があればって言っていたけど、今日は場所がなくて。義姉さんの出産日がわかったら教えて。チビと帰るから」
父の言葉に頷く。
秋に『チビ船』で帰省しようかと考えていたが、義姉の出産後に帰省する約束にした。
少し大きい車が正面玄関に来て、看護師さんが降りてきた。今回の旅の間、義姉についてくれる人だという。
私もお礼を言ったら、ついで街の観光できて嬉しいと言われた。
ステージ機材の撤収が進むが、大通りにはまだまだ人が多くいて、臨時運行の大型輸送車が何台も並んでいる。管理所の正門広場にいた観客も順番に出てもらっているが、まず大通りの人がいなくならないと無理がある。この混雑の中、私の家族は車で脱出させてもらえたことにも感謝だ。
式典の今日は管理所と博物館は臨時休業だが、明日からまた休みなく稼働。私もそろそろ着替えて戻ってくるだろう妖獣世話班に合流しなければ。
休憩所に戻ったら、リーダーとトウマが上半身裸で水着パンツ姿になっていた。もう見飽きてため息も出ない。ここの管理所の一部の職員は裸族の末裔なのだろうか。菜園も肌色多めだったりする。
そう思いながら人工池に足を浸けているリーダーとトウマが羨ましい。私だって暑い! だがしかし、私がここで下着姿になるのは問題がある。くあーっ! リーダーとトウマが物凄く羨ましい!
「なぜ男の下着姿は許されて、女の下着姿は許されないのか」
ボソッとつぶやいたらリーダーはアハハと笑い、トウマはバッと驚いて振り向いてきた。
「ま、ま、リリカ待て待て待て待て! 俺が困る!」
「なんでトウマが困るの?」
「……」
なんだよイケメン。黙るなよ。脱いでもいないのにこっちまで恥ずかしいじゃないか。
経験はなくともピュアッピュアな子どもではないのだ。トウマの下をチラッと見てから、キョドっているトウマの顔に戻す。トウマは人工池に足を浸けるために座っているから、大事なところはまったく見えないけども、これくらいの返しはいいだろう。
「着替えてこよーと」
「……」
ふーんだ!
リーダーは大笑いしているが、傍らにある着替えのハーフパンツを履いてから人工池で涼もうよ。
「慌てずゆっくり着替えてきて大丈夫だぞ。シードたちはついでだから博物館の展示物を見てから戻るとさ」
「いいなあ! 私も見たいーッ!」
「だったら着替えてから行ってきたらどうだ? 陛下から借りた船はしばらくここで使うと言ってたぞ?」
「リリカ着替えてこい。連れてってやるから」
やったー!
ただし、トウマも何か着てくれ。
「なあー、リリカー、オレっち谷に行っていい? この前探せなかったところを見てきたいー」
「あそこな! ありそうだよな!」
「オレっち斑点のあった魚を捕まえるんだあ」
「いや無理だろ。また潰すぞ?」
「今度こそ捕獲っ!」
チビとオニキスは諦めずに痺れ辛子を探してくれていて、チビの目的が痺れ辛子から魚になっているけどまあいいだろう。谷まで人が行こうとすると二日はかかる。その距離を目で追いきれない速さで思いっきり
バビュンと消えた二匹を見送り、今日のために貸してもらった調理場の更衣室で着替えた。
濡れタオルで背中を拭く気持ちよさ。靴と靴下も脱いで、バケツの水に足を浸けて軽く洗い、ここからの時間はもうサンダルで許してほしい。
よれよれの作業着が落ち着くー!
バックストラップのあるサンダルに履き替え、制服と靴は洗濯部の人が用意してくれた箱に置いた。
休憩所に戻れば、ランニングシャツにハーフパンツを着替えていたトウマ。
リーダーは管理所の大浴場に行って、フェフェは山小屋のリーダーの別荘に帰っていた。
管理所の屋上に行くとトウマが連絡してくれていたのか、博物館の屋上にあった船がこっちに来ていた。
「貨物輸送船の中ってこんなんなんだ」
「災害救助船としても使うヤツだから、ここがベッドになる。ほら」
「わあ、救急機器も。スゴイ」
トウマは遠征などで乗船した経験が何度もあるようだけど、私はこういう船は初めてで物珍しく見て回ってしまった。
船員さんとトウマに教えてもらいながら船内を見学。そのうち救急対応研修で船での実習もあるはず。今日は興味津々な見学になったけれど有意義だった。
博物館の屋上は屋上庭園兼カフェだが、船が停船できる場所が一番奥にあった。博物館の中は採用されてすぐの頃に見て回ったけれど、屋上は初じめて来た。カフェのメニューを見たら、管理所の食堂とは違い、オシャレな印象のメニュー。
「ここも職員割引きあるぞ」
「知らなかった! 今度食べに来よう」
「まあ、しばらくは激混みで無理だろうから、夏が終わったらな」
「そだね」
屋上から階段で館内に降り、自動昇降機で一階へ。
「特別展示コーナーはあっちだ」
「ホログラムも見れる?」
「どうだろうな? 行ってみて動かせる者がいれば頼んでみるか」
オニキスのホログラムの調整で数日間、博物館通いだったトウマは慣れた足取りで進んでいく。
特別展示コーナーも明日から公開に向けて、目張りとしていた板や黒幕などを取り除く作業が進んでいた。
「ルシア先輩だ。せんぱーい!」
「あー! リリカー! お疲れさまー!」
「世話係殿ー!」
「トウマもおつかれっ!」
「ありがとよ」
人より妖獣の数が多い大所帯で、オオオッと見上げてたのは、巨大竜の全身の骨格。
「首が長くて、尾が長い……」
「間違ってはいない」
ゴードンがキャッキャッと教えてくれたとき、私の中の情報にあるアパトサウルスのようなものをイメージしていたんだが、だいぶ違った。
「とてつもなく長くて大きなヘビ? 頭はワニ?」
「何に使っていたのか頭を悩ませる小さい前脚と後ろ脚があるからヘビでもないな。トカゲというに胴体が長すぎるし、あの脚で歩けたと思えない」
私の中の記憶に似たものがあった。竜は竜でも『龍』だ。見上げる全身骨格の頭に角はないけれど背骨から角のよう突起が並んでいて、記憶の中の『龍』の姿とは若干一致しない。だけど似ていることは似ていた。
「よくわからない姿」
「世界最大の巨大竜の骨格標本で、チビの五倍はあるってさ。俺がホログラムの整備でここに来てたときは宙でトグロを巻くような展示を画策しててさ。なかなか結論が出ずに議論が続いていたんだが、特別展示コーナを囲むような展示に変わったんだな」
チビがもう少し大きくなってもいいかな〜なんて言うことがあるけど、あのサイズでも大きいのに上には上がいるんだな。
「はー、わからんー」
「なんでこの姿だったんだかなー」
「大きいと隠れたいとき困らない?」
「だからこの体やめたんじゃね?」
「ありえるなー」
妖獣たちの容赦ない批評。
自分の姿に飽きたら再生して違う姿になる妖獣もいるという。人にはできないことを簡単に言うけれど、その命は生きることに飽きるほど長い。そして、常に仲間がいるわけでもなく、ひたすら孤独──。
ゴゴジの言葉を思い出して意識が沈みかけてしまった。
「これ、チビの前の前の骨だったりしてな」
「そうか? アイツあれで前の骨の欠片すら残したりしなさそー」
「ボクの前の前の前の前の骨はチョロドリに飾ってあるよ。ありがたいって拝まれてる。ただの骨なのに」
妖獣たちの自由なコメントに、人は引き攣った苦笑い。
「……口外禁止」
「もちろんです」
「契約で縛られてるってありがたいわ」
「契約で言えないっていいよね」
「うっかり知っちゃうこと多いもんな、この仕事」
シード先輩が頭が痛そうな顔で口外禁止を発動したが、妖獣たちは他の標本や復元模型などを見て、こんな毛の色だったと思うか? などと楽しそう。
普段は相棒たる人を目立たせないように隠れていることも多い妖獣もいて、なかなか博物館などには連れていってもらえないそうだ。人が何を見て楽しんでいるのか知れて、それがまた楽しいとわいわいしている。
「チビと同じくらい? 大きなオウム? ワシ? それにしてもあの角、何メートルあるの?」
「この手の妖獣は総じて『一角獣』と言われるけど、本体の姿はいろいろだよな」
「骨を残して逝く妖獣もいれば、欠片ひとつ残さない妖獣もいるから、もっといろんな妖獣がいたんだろうし、これからも生まれるんだろうな」
特別展示コーナー以外にも通常展示物も入れ替えがあったと聞いていろいろ見て回ったが、見て回るたびに私の中の記憶が似たものを出してきたり、沈黙したり。
ゴゴジの甲羅は他の標本とは別格の扱いで、ガラスケースに囲まれて展示されていた。
もう触ることも叶わない。
たった一枚のガラスでこんなにも遠い。
「世話係殿」
両肩付近に気配を感じて見れば、左にオパール一号、右にオパール二号。
しばらく並んでゴゴジの甲羅を見た。
詳細な説明はなく、地竜種の甲羅であると書かれたシンプルなプレート。ガラスケースの底面には真っ青の布が使われていて、あの日の青を思い出した。
そろそろ帰ろうとなったところで、今夏初公開となるオニキスのホログラムも再生確認の整備をするから見られそうだと聞き、見せてもらった。
ちゃんとカッコよかった。
これを見て面白いと評価したゴードンの感性は大丈夫だろうか。少々心配になる。トーマスとマドリーナに話をしようと、ちょっと思った。
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