17.見栄えってなんだろうね

 この国でもっとも高貴な御方々を前にガチガチになってしまった私。所長が部下を紹介するような流れだったので、立っていればいいかと神妙にしていたら王妃殿下から労いのお言葉を頂戴してしまい、緊張のあまり返す言葉の声が震えてしまった。


 式典のリハーサル時に空中でできなかった最敬礼については、陛下からも王妃殿下からもステージ監督の職員などを含めた上層部にチクリと釘が刺された。

 膝をつく最敬礼は通常は絨毯のあるところでやるもの。ズボンが汚れる場所、つまり外で強制するとは何事か? ということを柔らかく遠回しに仰っしゃられた。

 屋外ステージなどで絨毯があっても、外ならば膝をつく礼はしない、させない、そんなに仰々しくしなくてよい。そんなお言葉だった。


 陛下らは様々な式典や行事に参加されるが、本来なら前々から打ち合わせをして、各場面で行う礼の形も役人方々から情報があり、おかしなことは起きにくい。

 この式典への陛下らの参加は急遽決まったことでそうした打ち合わせができておらず、細かなことが伝わっていなかった。

 そして、王族の参加なんて何年ぶりかと舞い上がってしまった職員の一部は、多くの観衆があるのだから最高の礼を見せないとならない、つまり膝をつく最敬礼だと思い込んだらしい。舞い上がって空回り。

 そんな空回りが見栄えのこだわりに拍車をかけた。だからチビやオニキス、フェフェのポーズにまで細かすぎるほどの指示がきたのか。

 妖獣はいるだけでいいんだ。三匹とも穏和だと思ってやり過ぎ。そのあたりはこのあと所長から指導があるだろう。


 陛下は無理矢理スケジュールを画策してここの式典に参加することを決めて、今日のリハーサル参加もギリギリのスケジュール。笑顔で怒っているお付の方に連れられ、慌ただしく別領の何かのイベントに参加するため巨艦に戻っていった。明後日の本番に戻ってくる。


 王弟殿下も以下同じ。

 緊急発着場への顔出しは決まっていたものの、前倒しにするとスケジュールを組み直してここに来たとこっそり教えてもらった。このあと別の基地の視察をしてから、やはり明後日にここに戻ってくるという、こちらもだいぶ無理なスケジュール。


「兄上と義姉上あねうえだけ巨大竜に会いに行くなんでずるいですからな!」


 突き詰めるとチビ見たさという強行突破。

 陛下もアッハッハと笑っておられたけど、たくさんのお付きの方々などを相当振り回して調整して来たのは、笑顔で怒っていたお付きの方々が一人じゃなかったからよくわかった。


 高貴なる御方々をお見送りして、式典で着る制服から草臥れた作業着に着替えるとホッとする。仕切りの向こうで着替えているペニンダさんたちも脱いだ音とともに「涼しいー!」という歓喜の声。この暑い季節に長袖の詰め襟は地獄だ。


「他のデザインの制服はダメだったんですか?」

「陛下がいらっしゃるとなって、慌てて数が揃うヤツを出してきたらコレだったんだと」


 あー。

 この暑いのに陛下も王弟殿下も長袖だった。両妃殿下は涼しげなワンピースドレスだったけど。


「アタシは数あわせで呼び出されてさ。何の用意もなく車に乗せられたんだ」


 あー。

 今日になってペニンダさんが参加となった事情がよくわかった。王族の出席が決まって、並んでいるだけの制服組の人数を増やした見栄え要員。つらい。

 ペニンダさんと同じく、整列要員で急遽呼び出された人はサイズ合わせもなく制服を着たので、ブカブカだったり、きつかったり。

 暑い地域だし、涼しいデザインでいいと思うんだけど、そうもいかないのだろうか。私もブラウスは長袖で、その上に着るのは袖なしのロングジレだが生地が厚手。

 私たちも長袖の詰め襟に変更とならなかっただけよしとしよう。


「リリカはこのあとどうする? 『チビ船』で戻るかい?」

「空きがあるなら車で帰りたいです」

「あるよ。大型で来てるから」


 更衣室から出て木陰で待っていてくれたチビに車で帰るといえば、寄り道して帰ると言う。


「ここまで来たから、オレっちチイの葉採ってくる」

「いつもありがとう。泉のところで栽培できたらよかったけど、駄目だったんだよね」


 オパールたちの安心アイテムとなっているチイの葉。故郷ではわっさわっさに生えていたし、泉のところで生えないだろうかと所長たちに相談して、行政許可も取って三本だけ試したが根付かなかった。

 市販されている乾燥のものも悪くはないけど、緑のままの一枚があると違うのだ。採り尽くして枯れないように注意して採ってきてもらっている。


「谷に行くなら俺も行く。あそこだったらもしかしたら痺れ辛子があるかもしれないから探そうぜ。なあ、トウマこのあと俺が一緒じゃないとならない予定あったか? ホログラムは終わったろ?」

「シビレカラシってなんだ?」

もの


 オニキス、簡潔すぎる。


「浅い清流に生える植物なんだって。フクロウたちの好物だって知って仕入れようとしたら、他領から輸送しなくちゃで高くてあんまり買えなくて。あの谷の下の川も湧き水だし、もしかしたらどこかに似たのが生えてるんじゃないかって話してたの。雑草扱いの地域もあるから、私らが知らないだけかもって」


 そしてあったら私もほしい。フクロウたちから話を聞いたとき、私の中にある記憶から山葵わさびという情報が滲むように出てきたのだ。すぐに情報端末で図書サービスにアクセスし、図鑑を見たら、痺れ辛子がそれじゃないか。これまで知らなかったけど、醤油と合うならぜひ試したい。


「そういうことなら怪我に気をつけてな。毛がヤバくなりそうな場所は式典後にしてくれよ」

「おー、チビ行こうぜー」


 自由行動を告げた途端にバビュンと消えたチビとオニキス。姿を視認できない速さって……。


「ストレス発散させねーとな」

「うん」


 チビたちもポージングにあれこれ言われていた。

 私たちに怒っている姿を見せなかったけど、面倒くせぇ〜となっていたはずなんだ。思いっきりけてストレス発散してきてほしい。


 大型輸送車に乗り込むと空調で冷えていて、時間も昼前なこともあり、軽食も準備されていた。

 なんて快適。

 席数に比べて乗車する人数は多くなく、真ん中が通路で左右に二席の輸送車だが、二席を一人で使ってもじゅうぶん。


「アビーさん、行きにいなかった私が食べても数ありますか?」

「あるある。むしろ食べて。余分に詰んだから」

「よかった。ありがたく頂戴します」


 式典の練習場に来る前にクレープ包みを食べたけれど、なぜか凄くお腹が空いてしまった。緊張から解放されたからかな。


「あとこれ。顔きたいんでしょ」

「ありがとうございます!」

「俺にもくれ」


 渡されたのは使い捨てできる濡れた紙タオルの化粧落とし用。席に着いてまっさきに紙タオルで顔をく。ゴシゴシ、ゴシゴシ。


「スッキリした」

「はー、スッキリした」


 トウマと揃って呟いてしまった。

 発汗によるテカリ防止が主な目的の化粧だったけど、普段化粧をしないのでどうにも顔に違和感。チクチク痛いわけでもなく、痒みが起きていたわけでもないが、ぬぐいたくて仕方なかった。


「だーかーら! 陛下が半袖になってくれんと、こっちだけ涼しい格好とはいかんだろが!」


 私が乗り込んだときから所長は一番後ろの席で誰かと通信してるなーと聞かないでいたけど、陛下直通だった。丸聞こえだけどいいの?


「お帰りの際に陛下は涼しい格好でいいっておっしゃったんだ。だけど『様式美絶対』『伝統死守』なヤツラの猛反対は予想できるからさ。それで所長が本当にいいのかと話し始めて、な」

「ああ……」


 前の席に座っていた研究部門の統括部長が教えてくれた。

 言質げんちはとった! で実行できるものじゃない。式典の様子は報道される。陛下が暑苦しい格好で、他は涼しい格好になるのは保守的な人の目から見たら駄目なのだろう。


 伝統だの言うなら、もうさ、いっそ陛下にもこっちの伝統工芸品から誕生した浮かれたデザインのシャツを着てもらえばいいのでは? 見た目は派手だけど実は生地は薄いし、発汗性もあって涼しいし、染物工芸品の宣伝になるし。どういうわけか派手色の大きな花がバンバンバンと描かれているリゾート感満載の浮かれたデザインばっかりなのが笑っちゃうけど。

 などと部長さんとコソコソクスクス話していたら、所長にも通信先の陛下にも聞こえていた。マイク感度よすぎ問題。部長の声が潜めてもデカかったとしておこう。私の声は小さかった!


「いーなーそれ」


 と、フランクな陛下の声が聞こえてきて、私は身を低くして席の背もたれに即座に隠れた。前の席の部長も同じことしてた。いや、ホント、結構席は離れてるんですけど?


 通路を挟んだ席で声を殺して笑っているトウマ。

 こそっと前後周辺の席を見れば、実現したら暑い制服から解放されるのか? と、最後部座席の所長に期待の目を向けている人もいる。切実だよね、長袖の詰め襟だもの。

 ん?


「あのコソコソ話が聞こえていたなら、乗り込んだときからの会話、全部聞こえていたのでは?」

「……」


 私と部長がコソコソ話していた声が聞こえたなら、他の会話も丸聞こえだったことになるよね?


「聞こえてるぞー。化粧落とすとスッキリするよなー、アッハッハ」


 所長、マイクの感度を悪くできませんかね? あと陛下の声を車内に垂れ流し始めたのはなんでですか? 言質とり? そんなことしなくても絶対録音してるでしょうに。だって所長だもの。


 無言となった車内に「妙に静かになったな?」と陛下の不満の声が聞こえてきたけど、うっかり喋ることもできやしない。

 その後も所長は陛下や陛下が呼んだ誰かと喧々諤々けんけんがくがくで言い合っていたけど、結論に至る前に管理所に着いたので私はそそくさと降車。絶対喋ってはいけない空間から解放されて安堵。

 続々と降りてきた人たちにドンマイと言われたり、いい提案だと褒められたり。


「ふふ、仕事を増やしてくれてありがとう」


 うわぅ。アビーさんのニッコリが怖いよう。


「でもね、実現できたらいいかもって個人的には思うわ。シャーヤランの気候だとどの制服も暑いもの。あの制服は冬しか着れないわ。じゃ、また明後日ね。素っぴんでくるのよ?」

「はい」


 アビーさんはペニンダさんを捕まえて、車両の一番後ろで話し込んでいる所長のところに戻っていった。

 そのペニンダさんは詰め襟回避ができるならと燃えている。頑張ってください。言い出しっぺは帰ります。


「リーダー、こちらに来たのはいつものトラックですか?」

「そうだが?」

「後ろの荷台でいいんで乗せてください」


 管理所から山小屋までこの炎天下を歩くのはつらい。三十分くらい歩くと森になって木陰になるけど、そこから登り坂。新人一年目のしばらくの時期、よく歩いたと過去の私を尊敬する。

 リーダーが管理所側での仕事があってすぐに別荘に戻らないなら、シード先輩に迎えに来てもらおう。


「乗せるのはいいが」

「何か予定ありますか? どれくらいかかりますか? リーダーの用事が相当かかるなら、シード先輩に迎えに来てもらえるか聞いてみます」


 ?

 リーダーもトウマもリーダーの肩の上にいるフェフェまで、なんで変な顔して私を見てくるの?


「お前もだろ?」

「? なんでしょう?」

「ベリアのバァさんのところ」

「あ!」


 式典に出る人は順番に身だしなみを整えていて、妖獣の相棒チーム三人揃って今日が散髪だった。顔の産毛剃りもしてもらう約束。

 私は身だしなみについてベリア大先輩から信用ならないと言われ、黒餅団子くろもちだんごを届けたときに予約を入れられたのを綺麗サッパリ忘れていた。

 なお、信用ならないのは私だけではなく、リーダーとトウマもである。それで揃って予約となった。


「……俺たちより信用ならない」

「……絶対リリカを連れてこいと言われるわけだ」

「……さっきチビに『リリカをバァさんのところに飛ばしてでも連れて行ってくれ』と頼まれたが、車でここに着いてよかった。うん、よかった」


 リーダー、トウマ、フェフェからの視線が痛い。

 何も言えない。

 身だしなみについては、チビにも信用されていない私なのだった。

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