13.嫉妬
キャッキャと騒いでいた他部門の先輩方はそろそろ迷惑な存在になってきている。とくに二人。日頃私と接点の多い真っ当な先輩方々も彼女らの言動には眉を
日々何か
妖獣は見世物じゃない。
式典への参加と言葉を変えてみたって、結局は見世物。
妖獣を見世物にしたくないのに、見世物にさせてすまないと謝って謝って、どこか罪人のような気持ちで妖獣の隣に立つ私の怒りもわかって、私が着る制服に口出ししてるのか?
管理所の職員は妖獣について学校で習う以上の研修がある。そうした知識を持っていて娯楽扱いなのか?
この管理所にきて、多分初めてここまで感情を
活火山な怒りではなく、氷点下の怒り。
私に異能があったなら、会議室を氷漬けにしたかった。
「あの、その、えーと」
「そういうことじゃなくてさ〜」
「そういうことではないとは、ではどういうことをおっしゃりたいのでしょうか? これは仕事です。子どものお遊戯会の衣装選びではありません。制服には規定があります。先輩方は何の権限があって制服の改造を持ちかけてきたんでしょうか?」
「リリカ、落ち着こう」
「ったく! アンタらは式典スタッフにも選ばれてないだろう? なんでここに来たんだい? 仕事はどうした? 出ていきな!」
絶対零度から一気に溶岩が吹き出しそうな怒り心頭の私をサリー先輩が
会議室の扉を開ける寸前に、レースを付けたらいいだの、丈がどうだの聞こえたが、てめぇが着るときにやれぇーッ! そんで職務違反で怒られろーッ!
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「あそこまで阿呆がいたとは」
「流石にあれはない」
ペニンダさんは総務部門を総括をしている偉い人だから、あの先輩方々にはそれぞれの直属長から注意が落ちるだろう。
私は見た目的には淡々としていて淡白だと言われるから、鈍感だと勘違いされているのかもしれないが、他人のコイバナにキャッキャウフフする皆様同様、恋愛事のドロドロも見聞きしてきた極々普通の女だ。ただ、自分がされて嫌なことはしない。他人のあれやこれやに首を突っ込んだりしないように気をつけているが、頭の中は浮かれポンチ。
だから、あの先輩二人の言動にはピンときた。
トウマのことが好きだったのに好きになってもらえなかった嫉妬。
親切を演じて、だけどどこか嫌味が
あの言葉を聞いたときから、あの二人には注意してきたが、私が会わないように注意してもどこかから現れる。ストーカーじみていて気持ち悪くもあった。
「大きな声を出して申し訳ございませんでした」
「何言ってんだい。アタシのほうがドデカい声だしたじゃないか。追い出し成功、それでよしだよ」
もうあの先輩二人へのニコニコ対応は終わり。他部門だから接点はほぼない。万が一、業務教育や指導内容で接点を持つときがあるなら、先輩後輩の立ち場で真摯に話を聞くけれど、
ペニンダさんが両手を叩いて、昼食にしようと場の空気を変えてくれた。しかし、職員用の食堂に行く気にならずデリバリーで注文。
服が広げてある大テーブルの横に、移動テーブルを出して昼食会としたら、所長代理がひょっこりやってきた。
「リリカが突然キレたって? シャナイ君が『コストゥさんとはもう仕事できません』と泣いて早退してったんだが……うおっ! ペニンダ君、サリー君、怖い怖い怖い怖いッ」
「あの阿呆は本当に阿呆なのね!」
「ふふふふふふふふふふ、代理、ここにお座りくださいな。お時間はあるでしょうあるでしょう、なくてもあるでしょう。お座りやがれくださいな」
「さ、さりーくん、お、おち、つこうか」
「ほほほほほほほほほほ」
揚げ芋を頬張ったままサリー先輩を援護して、ニコニコと所長代理に席を用意する。よし、所長代理を捕まえた。
私もあの人たちと一緒の仕事をしなくていいならぜひそうしたい。そもそも接点が少ないので、絡んでこなければ会う率は少ない人たちなんだけど。
ペニンダさんがさっきあったことを簡潔にかつ抜けなく所長代理に報告してくれて、所長代理も困った顔。
あの二人は私が採用される前からちょいちょい問題で、トウマを追っかけて仕事が疎かになった時期もあると聞くと、なんだかなーである。よく採用されたなと思ってしまう。採用するまではそういう人だと思わなかったということだろうけど。
二人でつるむようになったのはつい最近。それまでは仲はよくなかったそうだ。その理由はお互いに恋敵だったから。ベタでとてもわかりやすい。
所長代理はペニンダさんからの話を聞いて、温情もここまでだなと呆れ顔。
あの二人のうち、シャナイという女性は所長代理の下で働いている。その彼女はついさっき所長代理の執務室に戻った途端、私にアドバイスしたのに逆ギレされたと泣き出した。執務室にいた全員、薄々察して
驚きを超えて呆れてしまう。
過去のあれこれから所長代理の下に配属となったのは隠すことなく人事監視。
昔はもっと酷かったそうだ。
事務作業の最中にトイレの回数が非常に多く、まあまあ長々帰ってこない。本当にトイレに行っているとするなら、体調の異常を疑うレベルで、嫌味たっぷりと医務室に行ったらどうだと優しく言うと、いそいそと出ていってそのまま早退。なお、その後、元気な姿が目撃される。
とてもお粗末。
流石に二回やって厳しい注意をした頃、トウマに振られたらしく粛々と仕事をするようになり数年経過。所長代理の下から放逐しなかったのは、どこに配属させても繰り返しそうだという理由。
年単位の監視で落ち着いたのに、この二週間くらいで悪化し、遅刻早退欠勤が多い。
遅刻早退欠勤してまで私に絡みに来てたのか。もはや病気ではないかと思う。
もう一人のテルフィナはトウマがいる整備班にいた。あからさまにトウマ優先で、トウマもまわりも疲れてしまった。たまたま手伝った別部門の観光客対応を卒なくこなしたので、その部門に異動させ、そうしたらまあまあ真面目に勤務し、人間関係も悪くなかった。数年も経てば吹っ切れて落ち着いたのかと整備班にいた頃の問題行動を忘れかけていたが、半年くらい前からポツポツ休みがちになり、案内係の勤務シフトのやりくりに支障がでてしまうため、裏方業務への異動させた。誰から見てもやる気がない。一日にやる業務はこなすが以前までの彼女と比べると異様。
半年くらい前、彼女に何かがあったのではなく、トウマに変化があった。
言い寄る女性をことごとく袖にしてきたトウマが、特定の女性、つまり私のことを意識し、トウマから積極的にアピールし始めた。ペニンダさんとサリー先輩は一年くらい前からトウマの変化に薄々察していたみたいだが、付き合わないか的な言葉を告げられたのは半年くらい前だった、はずだ。
彼女はトウマのことを諦めきれていなかったらしい。
管理所の職員の多くは職員寮に住んでいるので、仕事だけでなくプライベートな時間でも職員の誰かと接点がある生活。
仕事だけの接点であっても、誰と誰は相性がいい、誰と誰は相性がよくないなどはわかるものだ。皆、大人なので笑顔で接するだけの話。
ここに来て仲がよいと思えなかった二人がつるんでいるのは、トウマと付き合うことになった私が憎いという負の感情だろう。なぜつるむのか、そこはよくわからないけど。
ムカムカする感情をスープとともに飲み込む。
彼女らに時間も感情も使うのは勿体ない。
無関心。
これだ。
好きになって、告白して、振られて、それでも諦められないほど好きだということに、ちょっとだけ凄いなと思う。
私はそこまで誰かを好きになったことがない。
今、トウマに振られたら?
泣いて泣いて泣きじゃくってから、しばらくしたら切り替えるような気がする。実際に振られたら彼女たちと同じように病む可能性もゼロではないが。
好きという感情はいつの間にか心に生えて、なぜかいつの間にか心から消えていることってある。
初恋だった男の子のこと。
学校、学院でときめいたときの思い出。
好きになったきっかけ不明。
好きの想いがなくなったきっかけ不明。
自分のことなのにまったくコントロールができない。それが恋愛の感情なのかもしれない。
ペニンダさんは二人の遅刻早退欠勤で、間接的に人事調整で関わり、過去のことと現在進行形での私への嫌がらせもあって、相当イライラしていたらしく、溜まっていた不満を所長代理に聞かせるだけ聞かせて会議室から解放した。所長代理はだいたい飄々としているけれど、珍しく大きなため息を吐いたのを見た気がする。
「さあて、サイズが大丈夫か合わせちゃおう」
「着る前からわかることはズボンの裾がどう見ても長いです」
「ズボンはいつも長めに作ってあるんだよ。裾上げすればいいだろう? 足りないと作り直しだからさ」
なるほど。
パーテーションで区切られたところで制服を着る。所長など着ている制服とデザインは違うが、灰紫色の生地は同じ。ズボンを履いたらウエストサイズは合っても尻がキツイことに地味に打ちのめされた。もうひとつサイズの大きいものも着てみる。
「もう一つサイズが上だとウエストがブカブカなリリカの腰の細さが羨ましい」
「これ男女兼用にしちゃ男向けの縫製だね。ちょっと待ってな。カモダを呼ぼう」
程なくしてヒョロヒョロと背の高い男性がやってきた。見かけたことはあっても初めましてに近い。
ペニンダさんがズボンのことを相談し、私が着衣している姿を見て、ああ〜とすぐに理解。
「希望した場ではないでしょうが、一応『晴れの場』ですし、ベルトできつきつに締めてヨレヨレシワシワとなるのも嫌ですね。コルトゥさん、オトコのボクですみませんが測らせてください」
「こちらこそお手間をおかけします」
人生初、採寸。
こんなに細かく測るものなのかと興味津々に採寸作業を見てしまった。
ズボンだけでなく、ロングジレとブラウスも試着してみれば、ロングジレのウエストまでの丈がイマイチで、ブラウスも肩幅と袖がよろしくないとほぼ全身採寸した気がする。腕を上に、横に、前にとポーズ違いで測られたり、とても面白かった。
「明日の登場練習の時に仮縫いのものをお持ちして、大丈夫ならそれで仕上げましょう」
「助かります。ありがとうございます」
「あ、そうだ。オタクのリーダーさんどちらで? ズボンがキツイと連絡があって採寸しないとならないのに捕まらないんですよ」
「……えーと、私の山小屋の泉のところです」
「預かっている妖獣のところですか。それなら明日の登場時練習で捕まえるしかないかな。会うようなら言っておいてください。『式典中にシャツとズボンが破けてもいいんですか』と。明日までに直したかったのに、まったく」
「今、アタシの旦那も一緒だろ? リリカがアッチに戻り次第、連れてくるようアタシからも連絡しとくよ」
「よかった。今日中に捕獲できそうで安心しました」
捕獲とか言われてる。自分から連絡したのに何日も伸び伸びにしたんだな。まったく。
カモダさんは職員寮の管理業務がメインだが、総務で備品管理も兼務している。そして、服飾の腕を発揮して上層部が身につける制服の補整などもやっているという。テーラーになれる腕があっても本人は趣味の範囲でじゅうぶんらしい。
思ったよりも制服の確認に時間を要した。
管理所を出る前にシード先輩に連絡して状況を聞くと、オパールたちのことはリーダーがフクロウたちと協力して、せっせと世話を焼いてはレポートにしているから、まったく問題がなかった。
「オレのかみさんからも連絡がきたが、あいつらのことは気にすんなよ」
「ありがとうございます」
「あいつらも、なんつーか、人生損してらぁな」
中身を知らなければ、羨ましいと思っただろう美人な二人。
気付けばまわりに味方なし。
自業自得さが否めないけど。
自分が彼女たちのようにならないよう気をつけよう。
一つ学んだ。そう思おう。
シード先輩と通信しながら駐車場に着いたら警備の人が数人いて、ちょっと騒がしい。なんだろうと思えば絶句。
「えええぇぇ……」
私の浮遊バイクにベッタリとかけられていたペンキ。まだ乾いていなくて独特のニオイが漂っていた。ポターと垂れるペンキの様子で、やられたのはついさっき。
「……あー、その、犯人は特定できているんですが、被害届の書類に署名もらってもいいですか」
警備隊の人もなんとも言えない顔で紙を見せてくれた。
もう犯人が特定でき……ああ、そうか。警備隊の人が指差すほうを見れば記録魔導具。そうですよねー、そうですよねー。ありますよねー。
「あのう、大変申し訳ないんですが、小型車両か浮遊バイクのどっちでもいいんですが、レンタル手続きも一緒にできますか?」
「ですよねー。山小屋とここの行き来を徒歩はちょーっときついですよね。そう思って確認したんですが出払っているんで、とりあえず山小屋まで送りますよ。でもまたすぐ来てもらうことになると思うんで、上のカフェで待つのもいいかと」
採用された当初は一時間かけて歩いていたけど、一般車両と浮遊バイクのライセンスを取ったらもうだめだ。人は怠けるのが大好きな生き物である。
「カフェに行きます」
「もう逮捕に向かっていますから、そうお待たせはしないかと」
「お手数をおかけします」
「コストゥさんは被害者ですから謝ることはありません」
職員寮にあるカフェに来るのは久しぶりだな。
あーあ、午後が丸々潰れそう。
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