12.魔改造はいけません
トウマにデートに誘われた。
デート。
デートってなんだっけ? と、現実逃避しつつ、うおおおおおっと叫び出したい気持ちで心の中は大騒ぎ。なのに、「夏の観光客おおわらわを乗り越えてからにしよう」と冷静に淡々と答えた私の淡白さ。
しかしトウマは私が淡白な対応であればあるほどいっぱいいっぱいになっているとわかっていて、ニヤッと笑って、そうだなと言い、極々自然にこめかみに口づけを残して業務に向かっていった。
たまたまトウマと会った廊下に取り残され、呆然と突っ立つこと数秒。
蹲って悶えること数十秒。
「……リリカ何してんの?」
「なななななんんでもありまじぇん!」
「……邪魔だからどこう……」
「はいいいっ!」
こめかみにキスするなんて架空物語の想像の産物だと思ってた。訂正、嘘つきました。仲のいいご夫婦やカップルの行為で見たことあるから知っている。でも、私にはハイレベルだった。思いがけないことをされて、管理所の廊下で悶えて憤死するところだった。
そんなことがあった翌日、先々だが二人揃って休暇を取れるよう画策開始。リーダーには理由は隠して、何気なく少し先の勤務シフトの相談を持ちかけたつもりが、しっかりバレた。温かい視線が非常に居心地悪かった。
それ以降も何度も思い出してニヨニヨしてしまい、夜はタオルケットをぐちゃぐちゃにして悶えた私は相当浮かれていた。スライムすら呆れていたらしい。そう言えばここのところ山小屋で平和だったのは、浮かれていた私にスライムがドン引きしていたのかもしれない。
山小屋のテラスで目の前の作業を見つめながら、斜め後ろに佇むスライムが視界に入り、そんなことを思い出す。
「こんな魔改造されていたのか」
「ろくなことしないな。よし、解錠」
フクロウ一号と二号の脚に
クソ当主から異能封じの魔導具本体を取り上げて起動を止めたが、遠隔操作用の足輪が外れなかったのだ。足輪はそのままでも魔導具による影響はなくなったけれど、外せるなら外したい。
機器整備のプロフェッショナルである整備班のメンバーが足輪を確認したら、魔導具本体に足輪を解錠する何かの仕掛けがあるはずという報告があり、所長が首都に魔導具を引き取りに向かってくれていたのだ。悪いことを考える人はろくなことをしない。
もともと異能封じの魔導具は、妖獣を治療するときのための医療補助器具として開発されたものだった。オニキスが大掛かりな手術をしたときにも使ったが、妖獣に麻酔剤はほとんど効かない。異能で効能を無にしてしまう。無意識下でも解毒に類する異能は発動するので麻酔だけでなく、鎮痛剤なども効きが悪い。
妖獣の状態によっては大怪我をしていても意識があり、痛みや苦しみでパニックとなって異能で暴れられたら人は簡単に殺られる。
こうなってしまうと、治療してあげたいのにできない。
そのため、一時的に異能を弱めて使えなくするものがあればと考え出されたのが異能封じだった。
妖獣も大怪我をすれば、命を落としてしまうことがある。人と関わりがあって生きる妖獣を助けたいという気持ちが生まれるのは自然のこと。そういう情熱から生まれた魔導具だと知ると、異能封じは素晴らしい物なのだが、悪用する人はいるもので。
包丁は料理に使う調理器具なのに、人を傷つけたり殺めたりすることに使えば殺傷兵器となってしまう。
異能封じもそう。
だからクソ当主のような使い方は犯罪。法律でも禁止されていて、異能封じは所有登録をしないとならないが、何十年単位で犯罪が起きる。悪しきことを繰り返す人は愚かな生き物だ。
所長が首都に行き、高貴なる御方の配下の方々に捕まって別件で揉めに揉めて、引き取って帰ってくるまで日数がかかってしまったが、ようやくフクロウたちの足輪が外れて嬉しい。
「この部分を元の経路に戻して、このいらんパーツを取り除けば、再利用できそうですが、所長コレの今後の扱いは?」
「陛下だ」
「ほんじゃ、ご命令待ちってことでこのままお渡しします」
「すまん」
今、私の住む山小屋のテラスにいるのは所長と妖獣世話班のリーダー、私、整備班の班長の四人。
所長の差し出した紙のようなペラッペラな板に順番に手を乗せる。他言無用の制限契約が発動した。
リーダーと私は魔導具の中身はチンプンカンプンだが、魔改造されていたことを言ってはならないという内容。整備班長は中身のこともあるのでワンランク上の契約。解析に関わった他の整備班のメンバーもこのあと個別に制限契約をしていくそうだ。
職員採用時に職務で見聞きしたことを無闇に他人に言ってはならないという契約をしているのに、個別業務単位で制限契約を重ねるのは相当のことだと教えてもらった。こうした制限契約に抵抗がある人もいるが、内容と状況によるだろう。今回の場合、自分から言えない、書き残せないという安心のほうが大きい。
「足輪取れてよかったね〜」
「尽力に感謝する」
「どのような礼をすればよいだろうか」
フクロウ一号、二号とも交互に脚を上げてピョコピョコしている。不快な物体がなくなったのが本当に嬉しいらしい。
尽力したのは所長だし、解析を頑張ったのは整備班のメンバー。私とリーダーはどうにかしてあげられないかと相談しただけ。
視線を所長と整備班長に向けたら、揃ってうーんと考え、何か思いついたらリーダーか私経由で助けを乞いたいと言い、陛下への報告のため管理所に帰っていった。
時計を見なくてもそろそろ昼になるのはお腹の空き具合でわかる。
山小屋で戻っている場合は自分で適当に作ることもあるが、作る気力が起きない。
浮遊バイクで管理所の食堂に行くか、保存食を齧るかどっちにしようかと考え、リーダーはどうするのか聞いてみようと思ったら、ウキウキした顔でテラスを出ていくところだった。
「……リーダー本当に住むんですか?」
「住むぞ! 別荘だ、別荘!」
山小屋のテラスから泉のある方向を見れば、私がリャウダーに向かう前はなかったものがある。
工事現場で見かけたりする簡易の作業事務所で使われるような簡易住居。そこそこ大きめ。
妖獣世話班はこれでも研究職の部隊の一つで、実は妖獣の世話をしながら、各々研究をしている。私は覚えることがいっぱいで特定の研究ができる状況にないが、そのうち何か見つけてやることになるんだろう。
そんな部隊の一人であるリーダーが、オパールたちの悪阻を心配し、妊娠を見守る中で観察をしていたら、研究者魂に火がついてしまった。
フクロウ一号、二号とも相性がよく、私のフォローという理由で山小屋の泉のところに入り浸り。あまりにも毎日来るので、山小屋の空き部屋を使う提案をしたら、妙齢の女の一人暮らしという自覚はないのかと親並みの説教を食らった。
リーダーは泉の近くに居座りテントや寝袋を持ってきていたが、リャウダーから帰ってきたら簡易住居がドンとあり、空調と排水設備をどうするかという工事の相談が進行していて、これはもう止められないなと工事の様子を見ていた。
リーダーの奥さんからも、ウチのが押しかけるけどよろしくねというメッセージとともに、なんと醬油を頂戴してしまった。壺で。壺だよ! 私が抱えるのがやっとの大きめの壺! いくらするのか知っているから、こんな高いものを貰ってしまっていいのか? うええええっ! と喜びながら叫んだが、その後に理解。
リーダーの奥さんはこの真夏の間はお友だちと一緒に隣の領地の避暑地に逃げた。リーダーが素っ頓狂なことをしでかしそうなら止めてねという賄賂込みだった。これまで真夏は観光客対応で臨時で働いてきたが、今年は避暑地で内職するそうだ。
それでリーダーは奥さんと住む社員寮に帰らず、妊娠した妖獣の観察研究をするためだと簡易住居をぶっ建ててしまった。
「たまに風呂だけ貸してくれ」
「風呂場までの床掃除と風呂掃除がセットになりますが?」
「そこはもう慣れた」
そうですね。何回か貸してますもんね。
「スライムのことがわかっているなら、いいですけど」
「トウマが来るときは借りんから安心しろ」
リーダーにニヤニヤ顔で言われ、セクハラーッと叫んだがアハハと流されてしまった。
「リーダー、残りの荷物持ってきましたよー」
小型車両トラックで来たのはシード先輩。リーダーと同年代で、トウマに裸族生活を提案した犯人と言われている。見た目はムキムキマッチョなオッサン。趣味が筋トレなだけで運動神経はよくないと自己申告の自己紹介してくる面白い人でもある。
シード先輩が助手席から下ろしたトレイの上から声がした。
「おお、リリカじゃないか。久しぶりだな。どれくらいぶりだっけな」
「二時間ぶりですかね」
午前に私がリーダー室に行ったときに会ってるよ。
「遥か遠い記憶だな」
「ソウダネー」
本に夢中だったから覚えてないんだろう。
シード先輩が助手席から下ろしたトレイには、リーダーと相棒になっているリスザルに似た妖獣のフェフェが乗っていた。人の両手に乗るほど小さい体で、体と同じくらい耳が長いのがリスザルとは異なるところ。
食堂で使うようなトレイに乗せられているのは読書に夢中で動こうとせず、シード先輩がトレイに乗せてきたんだろう。
妖獣の間で変わっていると有名なキィちゃん以上にフェフェは変わってる。
「フェフェ、あれが夏の別荘だ」
「聞いていたより大きいな。そんなことよりアカン山脈のイカン谷にクログロトマトという変わり種があるらしい。甘さが格段によく、栄養価も高いとあるが、採ってきてみるか?」
「アカンまでどれくらいだ?」
「行って、……、帰って、七日か?」
「今、途中に何を挟んだ?」
「観察」
「しなければフェフェなら二日で行き来できるだろ?」
「アカンに行くなら、氷河シダを見なくてどうする!」
「そう言われると俺も行きたい」
うん、いいコンビ。
リーダーもフェフェもアカン山脈遠征に行かせはしないけど。
フェフェが言っているイカン谷は絶滅危惧種保護区域で、クログロトマトも絶滅危惧種の一つ。採集不可。わかっていてまだ
フェフェは研究書を読み漁り、人視点の観察まで代わりにやりたがる本当に変わった妖獣。リーダーの研究のいい助手ではある。ちょっと見かけないなーと思えば、読書のしすぎで眠さが限界になり、寝落ちて一週間近く冬眠状態のようなことになっているオチはザラにある。
「フェフェとリーダーの世話、よろしくな」
シード先輩が不穏なことを言う。私が世話をする対象にリーダーが含まれるのは納得しがたい。奥さんから醬油貰っちゃったけど。
胡乱な目でシードさんを見返したら、日に三回は見に来るからと肩を落とされた。
リアルにリーダーに相談したい場合はここまで来なくちゃならないかとブツブツと独り言を言っているのが聞こえて、確かにそうなりそうだなと簡易住居を見る。
仮眠できればいいだけの大きさではなく、ミニキッチン、居間というかもう雑然とした仕事部屋と化している一室、寝室、トイレとシャワー。うん、充実。管理所のリーダー室にリーダーが行く気がしない。大浴場が好きだから三日に一回くらいは管理所に行くとは思うけど。
「まあ、リーダーのことは放っといていい」
放っといていいんだ……。
「チビのデビューのときのリリカの制服が用意できたらしいぞ」
「あー、はい、サリー先輩からも連絡来ました」
「で、オレのかみさんとサリーらが
揉めてる? 阿呆?
「リリカの着る制服をトウマが着る制服とラブラブコーディネートさせるだのなんだの」
「は?」
仕事着だよ、制服だよ。コーディネートも何もないよ。
「レースがどうとか、リボンがどうとか」
「制服ですよね?」
「魔改造」
「それって違反では?」
「だから阿呆と言ったろう」
「……」
毎日泥だらけになってもいい作業着を着ているが、作業着は正式な制服ではなく、管理所が特別許可している指定服。老若男女問わず着られる無難なデザインで、作業着を着ていれば管理所の職員だとわかってもらえるくらい知られている。
そんな管理所にも制服がある。
管理所は軍の所属になり、陸海空と色が被らない軍の制服デザインと一緒のものだ。上層部の人たちがたまに着るくらいで、一般職員は着る機会がないので支給されない。例外が国や軍による式典に参加せねばならない職員となるとき。
この夏、管理所には式典というビッグイベントがある。このビッグイベントは今では観光イベント化していて観光客も注目の的。
管理所の決算は夏。
決算前の最後に素材を放出するバザーをしたり、街もお祭りとなる。そしてこのお祭りに便乗して、国や軍のお偉いさんが来賓としてやってくる。お偉いさんがステージに上がって挨拶する、これが式典。
妖獣に相棒として認められた者が出席するのもこの式典。
管理所に採用された年の夏は本部に連行されて缶詰合宿研修。昨年に初めてこの管理所の夏の地獄を体験したが、牧場と厨房と菜園と指示された会議室へと建物内を走り回った覚えしかない。
表でどんなことをしているのか見ておらず、式典に出ると言ってもお偉いさんの後ろの後ろで突っ立っているだけだと思っていた。
いつもの姿で。
そう、いつもの姿で。
大事なことなので二度言った。
もう一度言おう、いつもの姿だと思ってた。
トウマとオニキスを例としよう。
ボサボサ頭と無精髭の姿で、外の人と会うときには着る汚れの少ない作業服のトウマと、水浴びしてパッと見では泥汚れのないオニキス。
この姿だと思っていた。
チビのデビューのため説明を聞いたらぜんぜん違った。
ベリア大先輩にスッキリと整えられた直後のトウマがロングジレの制服を身に纏い、これでもかと毛並みを整えてて煌めき輝くオニキスとともに空中ステージに立つんだそうだ。
空中ステージってなんだ?
記録用の写真と動画を見せてもらってテーブルに突っ伏した。
管理所のお偉いさんたちがいるステージの後方の空中に浮いていた。
トウマとオニキス、肩にフェフェを乗せたリーダーも。
今夏は真ん中にチビと私だそうで、もうさ、五階建ての管理所の屋上に立てばいいじゃんと思ったが、屋上から登場して、管理所正門前広場に設けられるステージの近くまで下降して空中停止。
宙を。
微動だにせず。
スーッと。
妖獣の異能を見せつけるためのパフォーマンス。
本当に見世物じゃんか!
チビたち妖獣の異能で私まで宙に浮かんで仁王立ち。
ナニコノ無駄ナ演出イラナイと憤慨したばっかりなのに、どこをどう間違えたらレースだのリボンだの無駄な装飾の単語がでてくるのか。
「ここは見ててやるから、ついでにメシも食ってこい」
「シードさんありがとうございます。チビはキィちゃんに拉致られてどっかで遊びに付き合ってます。そろそろ帰ってくると思うけど、帰ってきたら洞窟で寝とけと言えばいいです。オニキスは今日もトウマと一緒で多分ここには来ません。オパールとフクロウたちをお願いします」
「ああ、なんかあったら連絡する」
シード先輩はトラックにリーダーの生活用品も載せてきていた。
実現しないアカン山脈遠征に思いを馳せていたリーダーとフェフェの首根っこを押さえて、現実に引き戻していたシード先輩こそ、この班の影のリーダーだと思う。
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