11.平和の裏側にある代償

 リャウダーから帰ってきたら、ゴードンがべそべそ泣いてひっつき虫になった。

 私が休暇で不在とした間に、山小屋に勝手に行ってはいけないことを注意され、サリー先輩のちょっとこじつけ気味の理由は、子どもでもまあまあ理解ができて納得もしたらしい。ホッとしたその後だ。山小屋に行ってはいけない、つまり、私に会ってはいけないのかとポツリと呟いてからの大泣き。どうしてそういう理解に? と慌てたものの、リリカねえに会いたいーッと泣き喚いて、トーマスとマドリーナが宥めてもだめで、なぜかトウマがゴードンのよしよし係になっていた。


「よくわからんが、俺といるほうがリリカに会えると言って離れねぇんだ」

「そう、なんだ」


 ゴードンも私とトウマが付き合い出したことはわかっているという。恥ずかしさが突き抜けた。


 先輩たちから話を聞いていたら、ゴードンから見て、自分に年が一番近い大人として懐かれたんじゃないかいう推論。

 ゴードンの両親であるトーマスとマドリーナも管理所職員群のなかでは二十六歳と二十八歳と若手も若手。あのふてぶてしい見た目の野生人トウマですら二十八歳で、管理所職員の中では若手になる。ふてぶてしいけれど。

 一方で、やっと二十歳になった私は大人の中ではペーペーもペーペー。二十歳台でも五歳以上離れていると、ちょっと差は感じている。

 六十歳台以上になっていくと、七十歳台も八十歳台も一緒みたいな感覚になっていくみたいだけど。


「ゴードン、鼻かも、はーな」

「ぶびぃ」


 ぬああ、また襟元で鼻水を拭かれてしまった。


 ゴードンがどうにも泣き止まなくてトウマが私のところに連れてきて、バトンタッチでよしよし係になっている。

 今日はすれ違いの午前だった。

 チビたち妖獣の朝食を摂らせに牧場に行ったときはゴードンは居らず、早朝からトウマにひっついて別の場所。間の悪いことに午前中はサリー先輩が外部の方と会う打ち合わせに同席することとなって、ゴードンを連れてこられると困るため、トウマに子守りを継続してもらっていた。

 午後も打ち合わせがあるため、早めの昼食を摂りに職員用食堂に来て、さあ食べるかとなったところでビャアーッという泣き声とともにトウマが現れた。トウマと私は通信し合ってお互いに居場所は把握していたが、私の午後の打ち合わせ前に限界が来てしまった。

 何度かトーマスとマドリーナがゴードンを引き取りに行ったが、私に会うまで牧場に帰らないと拒否していた通信も丸聞こえ。サリー先輩に午後の打ち合わせあとは子守りだなと苦笑された。


 椅子に座っていた私の膝にゴードンを跨がせ、トウマの重いため息。ご苦労さまでした。

 べそべそ泣いて襟元に顔を埋めているゴードンがようやく泣き止んできたけど、太腿がしびれてきた。ゴードン重たくなってきたね。

 何とかゴードンを落ち着かせ、夕方前には会いに行く約束と、数日後に牧場の厨房で黒餅団子くろもちだんごづくりを一緒にやろうと約束して、迎えに来たマドリーナを拒否し、再びトウマの肩車で去っていった。

 やっと解放された。やっと昼食が食べられる。冷めちゃったよ。上着の襟あたりびしょびしょだよ……。


「おーつーかーれー」

「いや、まあ、はあぁ……」

「菜園の作業服の替えを借りてくるから食べちゃいな」

「すみません」


 なかなかに時間を要した。

 完全に冷めきってしまったパスタだが、こういう冷製パスタだと思えばいけるいける。


「リリカがちょっと変わったモンつくるようになって、知らない食いモン作ってくれる人カテゴリーで懐かれたんじゃないか?」

「ありえるかも」


 ゴードン、味噌スープ好きなんだよね。


「おもしれぇ食いモンつくる『おもしれー枠』だな。アハハハハ!」


 休憩に来ている副料理長が一人でウケているが、『おもしれー枠』はどこかで聞いたことがあるキーワード。学生時代に耳に入ってきたのは『おもしれー女』ばかりで『おもしれー男』は聞いたことがないし、何から発生した言葉なのかまでは知らないものの、褒め言葉とも言い切れない微妙な言葉だった曖昧な記憶。副料理長はもともと発生した言葉の使い方も何もかもぶっ飛ばして、言葉のまま『おもしれー』で、一人ウケているっぽいので放っとこう。考察終了。ついでにご馳走様でした。


 トイレで着替えて会議室へ。

 ほぼ一ヶ月ぶりに世話係メンバー全員が揃った打ち合わせ。

 妖獣世話班はリーダーを含めて六名。

 年齢順にリーダー、シード先輩、サリー先輩、ルシア先輩、ニット先輩、私。

 毎日、各メンバーの業務日誌は読んで、状況や困っていることを知るようにしているが、こうして直接話し合うのも大切。

 メンバーでの話し合いの結果、サリー先輩が中型までの妖獣世話グループ固定ではなくフリーとなり、他のメンバーの状況に応じてフォローにあたるオールマイティな立ち位置へ。

 妖獣世話係はメインの担当はあるけれど、実際は大型も中型も小型も関係なく、うまいこと調整してやっている。私の住む山小屋の周辺が妖獣たちの遊び場となるので、メンバーとまったく会わないことは少ない。妖獣の相棒である人がいればフォローを願い出ることが多く、っ子の管理所ではオニキスの相棒トウマがまさにいい例だ。


「聞きかじっただけで本決まりになるかわからないが、空軍にいる妖獣を短期預かりする話がある。空軍で妖獣の相棒がいるのは少佐だったか?」

「少尉では?」

「すごい階級が高いわけではなかったなあ、というくらいしか知りません」

「空軍人に水竜系? っと思った微かな記憶」

「思い出してきた。水を操るのが得意な異能の妖獣だったはず。水竜系ではなかったような? 水竜だと『水の中で一緒に棲もう』で、溺死だもの」


 私はぜんぜん知らないが、先輩方は多少曖昧でも何かしら情報を持っていることに尊敬してしまう。間違っているかもしれないけれどという先輩方だが、覚えておくことにする。


「オパールたちから、世話になっているのだから何かすると言われたんだが、オパール一号の悪阻はまだ酷いし、オパール二号もたまに白炎が立ち昇るからなあ。適当に濁せるものがあれば提案が欲しい」


 保護しているお客様なので、何かをして貰う必要はないが、人と暮らしてきた妖獣はお金を理解している。

 オパールたちの世話にかかる費用は、クソ当主の妹さんから寄付の形で継続しても貰えているが、それがいつまでなのかは不透明。オパールたちもフクロウたちも戻る気はないので、そういう部分の区切りも付けたいのかもしれない。人の営みで発生する面倒事などの交渉は所長などがやっているから、私達は妖獣のことを考えればいい。


「リーダー、いいのがあります。山小屋の屋根と外壁の掃除です」

「そういえば、また汚したよね」


 サリー先輩は思い出し笑いだけど、私は笑えない。

 屋根の掃除をしてくれていたフクロウが、できるかも! と異能を発動して、またミニミニ竜巻を発生させ、せっかく掃いたのにまた汚したのだ。言わずもがなスライムは怒って、私も巻き込まれて足が痺れるまで土下座した。


「番のフクロウたちの尻拭いを手伝ってもらいましょう」


 私の安眠のために!

 サリー先輩から話を聞いているのか、他の先輩方も苦笑。スライムが機嫌を損ねない程度にゆるゆるとやってもらえればいい。


「あー、最後になったがリリカに大事な話がある。チビのデビュー」

「デビュー?」


 リーダーも先輩方もなんだか変な顔。


「デビューってなんですか?」


 デビューの言葉に、ゴードンたちの博物館での案内係の話を思い出してしまい、脳内にチビが観光客に嬉々と案内する光景が想像できた。歌と踊り付き。観光客の皆様に絶賛されそうなのが悔しい。


「昨年まではリリカにはから知らせてなかったな。デビューってのは、その、適当な言葉がなくてそう言ってるんだが、言葉の通りで、管理所にいる妖獣のお披露目だと思ってくれ」


 どこの組織に、どんな妖獣がいるのか。

 まつりごとの事情で、嫌な言い方だが国同士の牽制に使われている。

 妖獣に異能がある。妖獣がいるだけで戦力のようにみるのだ。実際、妖獣が戦争に異能を貸すことはないとしても。

 完全に人都合のことで、面倒だと隠れる妖獣もいる。

 民間人で妖獣の相棒である者は対象外だが、行政等の国及び地方の運営に関わっている者で、妖獣と相棒契約している者は妖獣とともに式典に出るよう通達がくる。

 私は公務員。

 管理所は軍の管轄。

 大きなくくりでは軍人となるので、チビが嫌がる場合を除き、式典に出ないとならないが、異例のスカウト採用で研修中だと二年は見逃されたそうだ。


 現在、この管理所で妖獣との相棒契約があるのはリーダー、トウマ、私。

 オニキスは式典で堂々たる姿を見せつけ、リーダーを相棒とするフェフェも式典に出て愛嬌を振りまく。


「俺もな、最初に言われたときは『フェフェは武器じゃない』とはらわたが煮えくり返ったが、フェフェがいいと言うので出ている。トウマとオニキスはここに来る前から有名でな。もはや隠せないから出ている。まあ、トウマ自身も小さい頃から家の見栄のために『見世物』的に扱われて……」

「リーダー、その話は今じゃない」


 シード先輩が話を折った。

 でも、うっかり出てしまったリーダーの吐露から見えてしまった。

 トウマは容姿で嫌なことがあったんだろうというのは、わざとカッコよくない格好をする行動で察していたが、小さいときから見世物扱いするなんて、貴族か豪商の出身なのだろう。プライドだけ高い勘違い庶民の親だった可能性もゼロではないが。

 私、一応、まわりからはトウマの恋人だと思われているのに、トウマのことを何にも知らないや。


「あー、今はトウマのことではなくてな。そのうちトウマが愚痴るのを待ってやってくれ。チビの話に戻すが、チビもリリカも有名といえば有名だ。それはわかるな?」


 否定できない。

 首都の学院に巨大竜現る!

 大騒ぎだった。

 交流のあった学院生はプライバシーになるからと口を噤んでくれたけれど、交流のなかった学院生のほうが又聞きレベルのことをペラペラと喋ってしまうもので、野次馬の押しかける学院の寮に戻るに戻れず、警察隊が提供してくれた広場に何日キャンプしただろう。

 結果的に私とチビの名前は大きな報道動画や報道紙には出なかったけれど、ローカルなところから情報は漏れた。チビと私の写真も出回った。どこまで出回ったのか把握していない。

 何日目だったか、もうバレバレなら隠れていても仕方ないし、チビの巨体を隠して生きられるわけもない。諦めて堂々とチビを連れて街を歩くようになった。

 有名と言われれば自覚はある。この領都でもチビは何度もノリよくやらかしてるし、背登り肘鉄も披露してしまっている。『チビ船』だって物珍しい光景だろう。


「つまり、デビューしないという選択肢はないから、どういうデビューにしたいか? ということでしょうか? チビが歌わない、踊らない、鱗をばら撒かない、私が背登りアタックしなくていいことが絶対条件で、チビに式典に出ても怒らないか聞きます」

「リリカの腹の括り方が肝が据わっていて、これまでの苦労をひしひし感じる……」


 あの巨体が私を見捨てない限りは一緒にいたいと思っている。肝も座るってもんです。


 だが、しかし、その後に話を聞くと、結局見世物じゃん! と腹が立った。若かりし頃にリーダーが怒ったように妖獣は武器じゃない!

 ──虎の威を借る狐

 ──人の褌で相撲を取る

 ──ライオンの皮をかぶったロバ

 次々と私の中の別の知識から皮肉の言葉が湧いてきた。この世界に類似の言葉が見つからないが、『オオカミの毛を纏うネズミ』あたりで皮肉れそう。


 なかなか機嫌を戻しきれないまま、オパールたちの様子が気になって泉に戻れば、のんびり昼寝していた妖獣たちに苛立つ雰囲気を感じ取られ、逆に心配されてしまった。申し訳ない。


「オニキスがそんなコト言ってたなー。立ってりゃいいんだろ? やろーやろー」

「チ~ビ~、そんな軽く答えちゃダメだよ〜」

「軽いも重いもないって。オレっちはさ〜、人がいがみ合う世の中が来なきゃいいの」


 ──たくさんの命が奪われ、荒れるのはもう嫌なんだ。


 チビの言葉に体の中にドスンと重たいものが落ちたような感覚がした。


「チビ……」

「オレっちがボケーッと立ってるだけで平和っつーならいいじゃん、いいじゃん」

「リリカ〜、気にしな〜い。本当に嫌ならあたしたち人の前から消えるもの。ま、あたしはこーゆーことに巻き込まれるのは嫌だから、相棒持たないし、なんなら隠れますけどぉ」


 チビはものすごく軽く答えてきたけど、言葉の裏にあるものは重たくて、キィちゃんのシレッという言葉も真実なんだ。

 人とともに生きるのが嫌なら消える。

 人のせいで世界にあるたくさんの命が危ぶまれる事態となるなら人を消す。


「オレっちリリカと一緒に何度も街に出てるし、今さらじゃんか。なんだよー、泣くなよー」

「リ〜リ〜カ〜」

「世話係殿……」

「ごめっ、ごめんね。チビもキィちゃんも、ごめんね、ごめん。オパールたちもごめん」


 あのクソ当主のところで見栄のために見せびらかされていたオパールたち。

 妖獣の異能ありきで、その力を借りられるかの約束もなく、妖獣がいることを国防の一つのように見せたい国。

 反吐が出るやり方。

 しかし、そうやって均衡が保たれて平和な今に私は生きているんだ。

 ぐちゃぐちゃした感情のまま、しばらく泣いて、突如意味もなく叫び出す奇行の私だったが、落ち着くまで見守ってくれた妖獣たちが好きだ。


「チビ、歌わないでね? 踊らないでね? 鱗配り禁止だからね?」

「信用ないなー」

「そこはないなー」


 べそべそ泣きながらチビにお披露目時の禁止を何度も言って、ちょっと笑いが戻ってきて、湧き水で顔を洗った。

 モヤモヤしていた気持ちは涙とともに少し流れていった感じはする。何度も復活してくると思うけれど、今はスッキリした。

 よし、仕事再開。


「リリカが復活したから言うけど、トウマがゴードンの子守りにダウンしそうだと。byオニキス」


 忘れて山小屋に帰ってきちゃった。


「……行ってきます」

「行ってらっしゃ〜い」

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