9.通常を通常とするために

 採集隊の最終組が帰還した日、フクロウたちの異能封じが解除された。あのクソ当主から魔導具を没収できたのだ。

 魔導具没収の報告よりも先に、フクロウたちがその身で解放されたことを感じ、オパールたちも喜び、涙の水たまりができそうだった。なお、私の涙も含まれる。

 ただ、長年の異能封じでフクロウたちの異能の感覚がブレブレ。桶を異能で持ち上げようとしてひっくり返してしまったり、そよ風を起こそうとして小さな竜巻を生み出したり、泉の周辺はとても賑やか。


 オパール一号の食べ悪阻がほんの僅かだが落ち着いてきた。つがいとともにいられる安心が徐々に効いてきたのだと推測しているのは妖獣世話班のリーダー。

 そのリーダーは私以上の連勤だったので、採集隊の帰還と各職員の業務復帰に合わせてようやく休み。職員寮にいると仕事をしそうなので、奥さんに告げ口して街の宿でのんびりしてもらっている。

 リーダーは私の親と同じ世代。まだ働き盛りの世代の範疇ではあるが、そろそろ無理はしないでほしい。


 採集隊に出向いた職員だけが大変だったわけではなく、管理所に残った職員もなかなかの忙殺だった。なにせ五歳のゴードンが手伝いのために登校しなかったくらいなのだ。職員寮の他の子どももゴードンと同じように登校中断で手伝ってくれていたので、管理所全体が異常だったと思い返す。

 食材搬入の商会は管理所が人手不足に陥って困っていることを汲み取り、こちらからの依頼を前に普段は持ってこない日用品類やちょっと値の張る菓子などを職員寮の売店に置いてくれたのは地味に助かった。


 たった一ヶ月。

 されど一ヶ月。


 例えば、街に行って並ばないと買えない菓子が売店で買える。かゆいところに手が届く品物の一つだった。忙殺の日々の中、自分へのご褒美だと買う職員が多かった。

 職員数が少なく誰もが時間を無駄にできない。

 商会の気遣いで、管理所を出て買い物に行かなくても生活ができる状態が続いたことはとてもありがたく、こうしたことを何度か経験している商会の商品選別力はさすがとしか言いようがなかった。街に出たときに商会が経営する店を贔屓してしまうのも仕方ない。よくできたサイクルだ。


 通常に戻りつつある管理所。

 容赦なくやってくる夏。

 学校の夏休み突入と同時に観光客が激増するので、観光客対応が急ピッチ。

 この採集管理所は領都の街外れの森に埋まるようにあるのだが、その森が『原始の森』と呼ばれて自然崇拝の方々の聖地。その余波で観光名所の一つとなり、建物の入り口付近のみ一般開放している。食堂の野菜スープが名物メニューになったのは、原始の森の恵みだという口コミが広まったから。食堂も観光客でほぼ埋まる。


 管理所から少し離れたところにある森を一望できる展望塔の事前予約はもういっぱい。管理所を大通りを挟んで建つ博物館も混み合うので、街と博物館前までの定期輸送車も台数が増える。街の宿はほぼ満室。街の宿が取れず、一番近い隣街の宿からの弾丸ツアーもあるので輸送船も増便。

 でも、これらは観光客対応であり、管理所は観光客対応以外の通常業務もある。

 忙しくないわけがない。


 今夏、妙に鼻息荒いのがゴードンとその友だちたち。博物館で子ども案内係デビューをするからだ。むろん大人の案内係も同伴だが、街の子どもが街のことなどを解説するのは、子どもにとっては実習の一つ。他人に教えるという行為は、自分が覚えていないとできないことで、歴史や動植物のことをしっかり覚えるいい機会として取り入れられている。

 案内係はだいたいは十歳前後でデビューするが、ゴードンは生まれたときから森とともに生きているような生活だからか動植物のことをよく知っている。とくに仲のいい三人も同様で、たまたま管理所に来ていた博物館の職員がゴードンたちを見かけて、「博物館の案内係をやってみないか?」と声をかけたら、「おこづかいくれる?」と冷静な対応をしたと聞いたときは将来有望と思った。

 ゴードンは新しいナタが欲しいから稼げるならやると言い、他の子どもたちはどっちでもいいけど〜な雰囲気。

 博物館の職員がトーマスに、ナタは買ってやったらどうだ? と言いに来たついでに、五歳でできるか不安はあるが、試しにやらせてみようとなったそうだ。


「欲しがるものが現実的」

「間違いなく屠殺用だな」

「研いで使うにもそろそろ刃が薄くなってたし、切れ味悪いと苦しむことになっちゃうし。注文したわ」


 ゴードンたちの案内係の話をしつつ、牧場の離れの厨房機器を整備しているトウマと、どういう風に不調なのかを伝えるマドリーナと私。

 マドリーナは月一回のひしお料理パーティーを本当に実行しようと、空調の効きの悪い離れの厨房の修理を依頼で出していて、整備班の班長がトウマに丸投げした。「ナントカパーティーとかいうのはお前さんの恋人がやることだって聞いたぞ。だからお前がやっとけ」だと。

 恋人だって! 恥ずかしい!

 当日は整備班の班長さんにも差し入れよう。

 空調は新しいものに取り替えたほうがいいとわかって修理を諦め、竈や保冷庫などの点検とメンテナンスをどんどんやってもらう。


「あー、思い出した。倉庫にある空調機器を組み合わせれば使えるようにできなくはないが、メンテナンスが製造元には問えなくなる。完全に自己責任。所長と班長が許可してくれりゃ組み合わせられるがどうする?」

「この管理所と牧場で自己責任で使っている機器はどれだけあるかしら?」

「数えられんほどあるな」

「んじゃ、よろしく!」

「申請ルートが違うから、牧場からの申請が先だぞ?」

「それはやるから明日にはつけてよ」

「無茶言うな」


 マドリーナがアハハと笑ってその場で端末を操作し、申請書を作り始めた。

 所長はクソ当主の件で首都に向かったので、所長代理に直談判して、できるだけ早くつけてくれると助かる。ベリア大先輩に差し入れる黒餅団子くろもちだんごづくりをここでやりたいのだ。山小屋の台所だと小さいし、マドリーナにも教えられるし。


「あ、ヘンリーが起きちゃった」

「行ってやれ。あとはリリカに聞く」

「リリカ、ごめん、あとはお願い」

「うん、行って行って」


 昼寝から起きたヘンリーの泣き声が聞こえてきたので、マドリーナを離脱させ、天井の照明と換気設備の点検をしてもらい、終了。

 トーマスとマドリーナはしばらく使ってないと言っていた厨房だが、トウマの調べた整備記録では、ここは五年はまともに使っていなかったらしい。機器類は使わず放置してしまうほうが悪くなることもある。今後はコンスタントに使うのがいいだろう。


「さて、俺の次の仕事はゴートンたちか?」

「お願い。図鑑抱えて待ってるんだ」

「お前んトコ、いつから子ども預かり所になったよ?」

「ホント、なんでかなー」


 気付けば山小屋は子どものたまり場になってきた。あの場所は他の場所より涼しいので避暑に最適なのもあるのだろう。そう数は多くないが、社員寮に住む子どもたちが集まってくるのだ。

 そしてボサボサ頭に無精髭姿に戻った見た目は不審人物なトウマだが、子どもには懐かれる。午後から妖獣世話班の助っ人になるトウマには、ぜひ妖獣の世話より子どもたちを頼みたい。

 牧場の従業員に用意してもらっておいた肉類を確認して、保冷ボックスを浮遊バイクに積む。


「あ、戦艦」

「周遊の時間だな」


 ゴゴゴゴゴと擬音をつけたくなるけど実際はほぼ無音。僅かにヒューン、ヒューンという機械音が聞こえなくもないが、高度が高いとそれも確実には聞こえない。

 今日はたくさん旗もはためいて完全に式典で見る荘厳な姿だ。


「あの戦艦は夏の終わりまでいてくれるんだっけ」

「その頃にはオパールたちの悪阻が落ち着くといいんだがな」


 クソ当主一派がオパールたちの奪取または管理所に逆恨みして襲撃する可能性はゼロではなく、それは高貴なる御方も思ったらしい。

 抑止の一つになればと空軍が逗留することになった。表向きは奥の緊急発着場の整備。実際あの発着場は腰を据えて整備したかったが機会がなかっただけで、建物の大掛かりな改造改築が決定された。三年計画だという。

 管理所と奥の緊急発着場は秘密の地下道で繋がっていて、管理所で軍人の姿を見かけることも多くなった。この夏は管理所で軍人を見かけたらラッキーという観光名物が爆誕。どうラッキーなのかは知らない。

 浮遊バイクで山小屋に戻れば、笑い声が聞こえてきた。


「サリー先輩、何かありましたか?」

「いやあ、フクロウさんたちが頑張りすぎちゃったみたいでサ」

「……わぁお」


 木の葉と枝が散乱。また小さい竜巻を生み出したな。


「世話係殿、申し訳ない」

「即刻片付けるので許してほしい」


 葉や枝が散乱するくらいはどうでもいいんだけど、屋根と外壁に土が舞ったね。


 ピシッ!


 出てくると思ったよ、スライム。


「トゲトゲスライム〜」

「ぴしぴしすごい〜」

「ぶふーっ!」

「ぶはーっ!」

「知〜らね」


 山小屋の中から窓を開けて外を見てくる子どもたち。

 トゲトゲだよねぇ。ぴしぴし凄いよねぇ。

 しかし、ゴードン! チビ! 笑うな!

 オニキス逃げるな!


「フクロウさん、フクロウさん、どこまでのことができますかね?」

「あー、いや、また竜巻を起こしかねず」

「元のとおりとは……」


 ピシッ! ピシピシ、バチーンッ!


「……善処しよう」

「……努力しよう」

「……私の安眠のため、できる限りお願いします。やる努力は汲むスライムなんで」


 おおよそ一週間くらい前にスライムが屋根も外壁もピカピカキラキラにした山小屋が、フクロウの異能の竜巻で土埃を浴び、以前の薄汚れた山小屋に逆戻り。普通はこうなるのでいいと思うのだが、あのスライムは許してくれない。

 フクロウたちがやらかした後始末の大変さを考え、遠い目になってしまったが、屋根の履き掃除か拭き掃除してもらえると助かります。


「はっはっは。あー、おかしい。本当に変なスライム」

「……とても」


 サリー先輩はミニ竜巻被害に遭って全身酷いことになっていたが、子どもたちは山小屋の中にいたので土埃の被害はなく無事だったからよしとしよう。

 今は山小屋の玄関前でトウマに向かってトゲトゲを倍の長さにして威嚇しているスライム。スライムと会話できる能力がないのに、言いたいことが凄くわかる。


「トウマ、山小屋に入ったら真っ直ぐ風呂に行ってくれる? 汗を流して出てきたら玄関から風呂場まで歩いたところを拭いてくれたら、ありがたい」


 ブヨン。


「……いちいち面倒なスライムだな……」

「……ここに来るなら慣れてね……」

「おれがろうかはふいてあげる」

「とうま、あせきれいにしたらこれおしえてー」

「……」

「ヨロシクー」


 トウマが胡乱な目で訴えてきたけど、サリー先輩と一緒に泉まで逃げた。フクロウたちも一旦離脱。

 山小屋を土埃まみれにした掃除は、『きれいにならなくてもやってはみた』の作戦で、屋根をちょっとでいいので掃いてもらうことにした。

 スライムにも説明というより交渉をした。

 オパールたちの様子を見ながらなので一度にはできない。掃除は少しずつやらせてくれ。明後日あたりにスコールくるから雨であらかた洗い流してから拭き掃除したい。だからちょっと待ってくれないか、など。


 …………………………ブヨン。


「許されたー!」

「スライムに土下座ってどうなの?」

「サリー先輩も一緒に住んでみませんか?」

「やめとくわ」


 即答。スライムが棲み着いてから泊まってくれる先輩が減った。恨みたい。

 サリー先輩から不在中の引き継ぎを受けるが、大きな問題はなし。

 ただ、妖獣のことではなく、管理所敷地内に住む子どもたちが山小屋に集まってくるのはどうなのかということ。トウマにも言われたがこの山小屋は妖獣の預かり場という仕事場でもある。


「子どもの成長って驚くわ」

「?」

「ゴードンも、他の子も」


 幼児の一年は大きい。

 昨年までのゴードンを思い出してみる。

 ……どうしよう。昨年の夏に交流していたことはほとんど思い出せない。

 今のように和気あいあいと話すようになったのは冬の終わり頃だ。ゴードンの友だちと会うようになったのはつい最近。トーマスやマドリーナの後ろについてオドオドしていたゴードンの姿は忘却の彼方にあった。半年くらいの間のことなのに。


 今回の採集隊の対応でバタバタした管理所。そのバタバタの中で私とゴードンの仲は近くなり、言葉は悪くなるが、忙しさに流され、ゴードンたちが山小屋へ来ても、とくに咎めず受け入れてしまったのはいけなかった。

 そう言えば、これまでゴードンは通信はしてきても実際に来ることはなかった。

 そう、最近まで。

 ほんの一週間程度前までそうだった。

 山小屋に来たきっかけは何だったか?


「……ゴゴジ」

「凄く泣いたんだってね」

「はい……」


 ゴゴジがいなくなって、トーマスもマドリーナもゴードンを慰めたけど泣き止まなくて、山小屋に連れてきた。ゴゴジがここにいたときに最後に寝ていた泉の見える場所で、トーマスとマドリーナとゴードンはテントを張って寝た。

 マドリーナは深夜になる前にヘンリーのことがあって帰ったけど、翌朝、トーマスとゴードンを山小屋に招いて朝食を摂らせて見送った。

 多分あれがきっかけだ。

 子どもの足でも頑張れば辿り着けることがわかってしまった。ゴードンが心身ともに成長して、山小屋までたどり着ける体力がついてきたのもある。

 ゴードンに『リリカねえ』と慕われるのも嬉しくて、私も注意しなくちゃいけないのに感覚が麻痺してた。


「リリカのせいじゃない。採集隊に人員を割いたことでほぼ全員余裕がなくて、私やリーダー、トーマスたちだって感覚が麻痺ってた。リリカのことを指導する私たちのミスでもあったわ。そして、それ以上にゴードンたちの成長が逞しく賢いのもあるわね」


 悪いことではないけど、今のままではいけない。


「トーマスとマドリーナも『失敗した。でも連れて行ったのが自分たちで、自分たち親は山小屋に行ってよくて、子どもはダメな理由は何かを説明して、納得させられない』ってサ」


 そう言われると『子どもだから』をどう説明すればいいのか、私もわからない。


「それでね。まだ本決まりじゃないし、直接的には子どもたちのためということでもないんだけど、まあ、対策絡めて。新たに休憩所を作る案が進行中。子どもたちがここに来る理由の一つは『涼しい』からだとして、涼が取れる休憩所を作る計画。というか本決まりじゃないけど明日からもう工事が始まるはずよ。調理場の裏手側で、職員寮と行き来するアソコ。職員の食堂兼休憩所も兼ねる計画。休憩所ができたら子どもたちにはそっちに誘導して、リリカの山小屋は預かっている妖獣への影響があるという理由付けでゴメンっていう、そんな流れね」


 昨夕、私は早々に寝てしまったのだが、所長代理や主要な部門の長、子どもの親などが集まって会議をしたのだという。リーダーとサリー先輩も参加。リーダーは休暇中に申し訳なかったが急ぎ決めないと夏休みが来てしまうから呼び出したんだって。夏休み中、子どもたちが勝手に山小屋に入り浸りとなるのは避けたいが、さて穏便な方法はないものか? が議題だったそうで、さっきの案がまとまったのだと共有された。


「リリカには申し訳ないけど、やんわりでいいから、ゴードンたちにここに勝手に来てはいけないことは言ってほしい」

「はい」

「オパールたちの体調のことや、あー、さっきのフクロウたちの竜巻プチ事件を使おう。フクロウたちはまだ異能に不安定さがあって、うっかり危険なことがあるからって。これなら言いやすい」


 サリー先輩にも子どもがいる。中等部に進級してから反抗期だそうだが。子どもにわかりやすく、嘘とも言い切れない言い訳を考えつくのが上手いなって思った。


「私、昨日も早々と寝てしまってすみません」

「今のリリカの勤務シフトは早朝どころかほとんど深夜始まりじゃない。今日だって勤務シフト通りなら昼で勤務上がりでしょ? そろそろ眠いんじゃない? 仕方ないわ。昨夕の会議は招集も急だったの。気にしないで」


 日々学びながら思うが、先輩たちの視野の広さは違う。これが経験値なのか、それとも予測力や思考力などの違いなのかとだいぶ落ち込んでしまったが、一つひとつ経験を積み重ねていこう。


「リーリーカー!」


 山小屋からトウマの叫び声が聞こえてきて、なんとなーく何が起きたか予想ができる。


「スライム、かな」

「トウマがテキトーにしか髪と体を洗わなくて、風呂場から出してもらえないんじゃない?」

「ああ……」


 あり得ると思いながら山小屋に帰ってみれば、サリー先輩の予想通りだった。流石です、先輩。

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