6.日常は変わらない
ゴゴジはかなり長く管理所にいたので、職員の多くがいなくなったことを悲しんだ。
ここ数ヶ月、ゴゴジの食糧となる森ネズミやヘビの狩りを頑張っていたゴードンは、そりゃもうわんわん泣いた。
私はリーダーとともにゴゴジの相棒だった方の葬儀を執り行った。ゴゴジは彼は一人ぼっちだったと言っていたけれど、葬儀に参列するのは私とリーダーだけ。葬儀と言っても火葬のみ。
彼の遺体とゴゴジの頭蓋骨を一緒に火葬した。
彼のご遺体とともに安置されていたゴゴジの骨。血肉は発見時からなく、整然と並んでいた骨。磨かれたように綺麗だった甲羅。毎日土に潜って薄汚れていたのに、最期の姿は美しかった。
頭蓋骨以外の甲羅や骨は管理所で引き取った。竜の骨などは高額で取り引きされる素材。リーダーはすべて火葬するつもりだったようだが、生前、ゴゴジが売って彼の葬儀代にと言っていたから、そのことをリーダーに伝えた。売ったお金が余りそうだったら菜園の温室を建て替えて、耕運機を買い替えろとも言われている。ゴゴジの希望は葬儀代より菜園の改善。
ゴゴジは菜園が好きだった。
ここに来る前、彼と一緒に畑仕事をしていたのは楽しかったとも言っていた。
私もゴゴジの骨を売らず、彼のご遺体とともに火葬することも考えた。でも、菜園が好きだったゴゴジがそうしろと言ってくれたことだから、ゴゴジの甲羅を抱えて新しい耕運機を買いましょうと泣きながら言った。
私とゴゴジだけの秘密の話は他にもある。
リーダーに「他に俺に言ってないことはないか」と問い詰められたが、ベソベソ泣きながらもうないと嘘をついた。
リーダーにはバレていそうだけど、ゴゴジが隠したいとしたことは、私の墓場まで持っていく。そう決めた。
ゴゴジの相棒だった彼は海が好きだったと聞いていたから、遺灰は海に散骨することにしている。採集隊が帰還してから海に行く予定だ。
あのクソ当主のことは想像通り揉めているようだが、上流階級のことは上流階級で。血なまぐさいことにならないのが一番いいだろうが、近い将来に病死の噂を聞いたとしても驚きはしない。とにかく早く魔導具を取り上げてほしい。
管理所の日常は変わらない。
雨季が明けて、本格的な夏となりクリスタルフラワーの開花時期も終わり。採集隊が帰ってくる。重傷重体者は出なかったが、軽傷の者や長い遠征に体調を崩した者もいる。都度の物資補給船の行き来で離脱者を戻して、代わりの人員を向かわせて凌いだ日々が終わる。
今回の花の蜜の採集依頼は、蓋を開けてみればオパールたちを保護できれば成功。花の蜜の採集は二の次だったとはいえ、現場はそれを知らない。切り立った崖に生えるクリスタルフラワーの蜜は採集が非常に困難なだけでなく、魔物との対峙も必要な場所にある。クリスタルフラワーは人工栽培も成功しているので、わざわざ自然採集する必要はないと所長が突っぱねていたのはそのため。自然採集の蜜は格段味が濃厚なのでお金持ちは欲しがるから、なくならない採集遠征でもある。
ニコラさんやモルガンさんら、オパールたちを助けようとしていた仲間も保護されたと聞いた。よかった。
オニキスがウキウキしている。
オニキスの相棒である人、トウマは採集隊に参加していて、第二陣のグループで帰ってくると連絡があったからだ。
採集隊の出動が決定したとき、オニキスは重体を負っていてトウマに同行できなかった。ニコラさんとモルガンさんが言っていた、怪我をした飛翔能力のある妖獣はオニキスのこと。
オニキスは樹木整備伐採中に怪我をした。切り倒した樹木が思った方向に倒れず、高い木の上にいた
妖獣は異能もあって一般動物より丈夫だけれど、限度はある。高さ十数メートルから落下してきた人を受け止める衝撃と、木の倒れてきた勢いはオニキスの丈夫さを超えていた。
妖獣は異能の力で治癒もするが、瞬時に治せるものではなく、意識のない状態で異能は発揮しない。意識が朦朧としているオニキスに折れた骨の治癒に異能を使えと言い続けながら、損傷した内臓の緊急手術。
オニキスの命は助かった。
それが採集隊出発の数日前。
トウマが出発する日、驚異的な異能の治癒力で回復したオニキスだったが、無理をしているのは丸わかり。当たり前だが同行させなかった。
妖獣の異能による治癒回復力は速く、二週間すると完全回復したオニキスはトウマを追いかけて採集隊に合流しようともしたが、トウマから来たら駄目と連絡があって、私のところでぐだぐだしていたのだ。今ならわかる。採集隊の現場でも何か変だという空気があってオニキスを途中合流させなかったんだろう。
「オニキス、それ買わないからね?」
「ええっ!」
「今日はオパールのを買いに来たの」
「トウマこれ好きなんだぜ?」
「買いません」
とても久しぶりに街に出てきた。採集隊が出発してから、管理所の業務が滞らないよう助け合っていたので、街に出る隙もないほど忙しかったから仕方ない。五歳のゴードンでさえ学校に行かずに通信で授業を受けて時間を捻出し、手伝ってくれていたほどだったから、やはり異常だったのだ。
今日は管理所の調理場と職員寮の売店に食材などを卸してくれている商会の倉庫に臨時で食材を買いに来た。
私の肩にはフクロウが一匹。オパール一号の
リーダーと話し合い、オパール一号が食べられそうなものがないか範囲を広げようとなり、出かける準備をしていたらフクロウ一号が一緒に来たいと言うので、所長に許可をもらって連れてきた。
管理所との守秘契約も結んでいる商会なので、妖獣連れでも気楽に買い物ができて助かる。
「世話係殿、あれを買ってはくれないか」
「桃ね。こっちはプラムかな?」
そう言えば果物はそんなに種類を用意してなかった。果物は食堂で提供するデザートとして決まったものしか仕入れないから、管理所ですぐに用意できる種類が少なかった。
倉庫ついてきてくれた商会の人にお願いして、全種類とはいえないが一通り買うことにした。事情を言うことはできないが、私が妖獣の世話係なのは知っている。預かっている妖獣の食の好みが見つからなくて困っていると理解してくれて、快く数個ずつ用意してくれた。
「それでしたら野菜のこのあたりも持っていきますか? これやこれはここのところ調理場に卸していないようですし、菜園でも栽培してないと思いますが」
「あ、ネバネバイモ」
マドリーナが悪阻が酷かったときに、これしか食べられなかったと言っていたイモを見つけて手に取った。
「旬は冬ですが、寒冷地の都市とこちらの交換食材としてやり取りしておりますので、通年安いですよ」
地産地消を前提にしているため、調理場で仕入れる食材は季節ものに偏りがち。
しかし、オパールにネバネバイモ? どうだろうな?
私の肩の上で首を傾げてきたフクロウ一号も判断はつかないようだ。
「リリカ〜、これ買う〜」
「……あの狼の言うことは聞かなくていいです」
「承知しております。こちらは買ってくれたら嬉しいですけどね。ふふふ」
オニキスの買いたい買いたいに付き合っていたら予算オーバー。
相棒のトウマに食わせてやろうとウキウキしているのはわかるが、トウマが帰ってきて、本人が食べたいものを一緒に買いに来ようか? わかった? わかったらその高級メロンと高級パイナップルと高級マンゴーの箱は棚に戻してきなさい。
「ふふふっ」
「駄狼がすみません」
私についてきている商会の担当者さんが、私とオニキスの漫才に
ここの商会長はこの漫才にうまく乗り、おかげでチビの鱗を数枚所持している。そのうち何枚かの鱗は加工して管理所に見事なアクセサリーとして無償納品してくれて、上流階級の市場に流し、結構な経費に化けました。金儲けだけで素材をほしがらない商会長だからチビも軽率に鱗を差し出しがち。しかし、リーダーと所長に怒られるのは私だ。解せぬ。
オニキスの場合はその毛を刈って売る? バリカン持ってこようか? バリカン。そうそう、箱は戻してね。さて、次に行きましょう。
「ブフーッ」
今日の担当さんは笑い上戸だった。
野菜と果物を一通り見てまわり、肉は牧場でだいたい手に入るので、会計前に魚を見る。魚もオパールたちにほとんど出していない。アユは出したことあるけど、どうだったかな。貝か……貝はどうしようか。持ってきた保冷ボックスの容量と相談して、魚は何種類か買うことにした。オパールたちが食べられなければ私たちが食べればいい。
なかなかの荷物の量になったが、小型トラックで来たので問題ない。
果物や野菜の一部を背負い袋に詰めてオニキスの背に括り付け、フクロウ一号も一緒にオニキスに括り付ける。フクロウ一号は異能がうまく使えないから落ちないように気をつけてね。
「んじゃ、先に帰って試食させてみて」
「かたじけない」
「行っくよ〜」
ブアッと風が舞ったかと思ったら、もうオニキスの姿は遥か向こう。オニキスの空を
トラックを走らせて管理所に帰る道すがら、菓子店でシュークリームを買い、服飾雑貨店でリボンを一本買い、生活雑貨店で掃除用具を買い、管理所の職員用通用口から戻れば妙に騒がしい。
「リリカ遅いぞ! すぐにトーマスのところだ!」
「? 私これからオパー」
「オパールたちのことはキィに頼んでおいたから大丈夫だ!」
キィちゃんに頼みごとすると遊ばないとダメなんだが、誰が遊んであげるんだろう? 所長代理、そのあたり大丈夫? ちなみに昨日は命綱なしのバンジージャンプでした。落下する私をどこでキャッチできるか遊びでした。聞いてます?
「生きていてよかったな」
「ええ、本当に」
命綱はなかったけれど、チビによる万全の体制で、空気クッションもりもりで、空気にぶよーんと跳ねる感覚は面白かった。
トラックに積んでいる荷物は全部オパールたち用なので山小屋に置いたら牧場に向かうと約束し、トラックを走らせながら牧場の方角を見たら学生の集団。なんで学生の集団があんなところに? んんん? チビ?
「フィールドワークとかなんとか言ってたけど、牧場見学あったっけ?」
後方支援部隊のいた安全地帯に参加していた学生が帰ってくるのは聞いている。しかし、なぜ牧場に?
トーマスが管理している牧場は関係者以外立入禁止の場所。ゴードンの友だちだって事前に立入許可を申請して、許可が出ているのは五人。よく来るのは三人だ。他の同級生は残念ながら何か理由があって認められていない。結構厳しい基準だからひょいひょい許可は出ないんだが、チラッと見えたシルエットから推測するに中等部か高等部の学生だろう。チビは牧場から要請があって手伝いに行かせたけれど、学生も関係ある手伝いだったっけ?
パチッ!
「いった!」
山小屋に近づいたところで奇妙な感覚的があった。覚えのあるそれは、妖獣がこれ以上近づくなと主張する障壁で、許可がないと弾かれて吹っ飛ぶ。許可があるとすり抜けられる。今、私はすり抜けられたけど、おでこに衝撃。すごく痛かった。誰の障壁?
「アタシー」
「無許可で学生が立ち入っていると連絡が来て俺が頼んだ」
「キィちゃん、痛かったんだけど。あ、リーダー今日の予算は半分残りました。え? 無許可?」
「あの姐さんのイライラ放出を手伝っていたから雷が混ざったかな?」
「よし、魚が来たぞ。試してみるか」
「キィちゃん、職員は攻撃しないよう調整してね? リーダー無許可って?」
「えへへ~、調整調整」
「言葉の通りだ」
リーダー、わからんよ……。
大型妖獣は珍しい。学生に見つかって興味津々に囲まれてウンザリするのは予想できることで、オパールたちもいるから早々に障壁で防御したのはわかるんだけど、障壁を通り過ぎたときのパチッとした額の痛みがヒリヒリする。
あれ?
学生は無許可?
チビ、学生といたような?
「え? さっきチビ、学生と一緒にいたのが見えたんですが、まさかチビの勝手にオンステージ?」
「御名答。回収してきてくれ」
えー、もう回収しなくていい気もする。
そんなことより、ゴゴジがいなくなってからしょぼくれているゴードンにシュークリームを買ってきたけど、あの状況では持っていきにくい。いったん山小屋で保管して明日の様子で処理しよう。
シュークリームの箱を山小屋に持っていこうとして、もう一つお土産を買ったのを思い出す。
「キィちゃん、お土産」
「わああ! レースのリボン! 結んで結んで!」
キィちゃんは今年の春から『乙女』になったのだという。雌雄の雌になったということではなく、『乙女』なのだそうだ。理屈がまったくわからない。
それで、結べと言われていったいどこに?
「……」
「ウフッ、ウフフ〜ン」
腹でいいのか? 本当にいいのか? 皮膜が広げられそうにないけど、ご機嫌だからいいでしょう。
「世話係殿! 世話係の
フクロウ一号が大慌てで飛んできた。持ってきたのはプラムに似ていた果物の一つ。
「これなんだ?」
「クエッシュ? クエッチ? クエッチュ? クエッチョ? そんな名前だったような?」
「どうしてメモしてきているのに読めないんだ?」
なぜでしょうね?
とにかくオパール一号が食べられたというなら、追加で買うことに躊躇いはない。水すら吐き戻してしまうことがあるので、果物を食べてもらえるなら水分補給にもなる。トラックに積んできていた荷物にまだ三つあったので番さんに渡す。
「商会への連絡は俺がやる。担当してくれた商会員は誰だった?」
「夏前に採用された新人さんです。リーダーも会ったことがあるはずです。チャイダショッダテロイカガドットさん」
「果物の名前は覚えてこないのに、よくその商会員の名前を覚えてるな」
なぜでしょうね?
「ドットさんで通じます」
「わかった。お前は速やかにチビを回収してこい」
「もう放っておいてもいいのでは?」
チビ、ノリノリだと思う。大道芸で大稼ぎできそうなレベルでノリノリだと思うに一票。
「妖獣は見世物じゃない」
無許可立入の学生を回収する方法ではだめですかね?
巨大なチビをぶん殴って回収する私が目立つから嫌なのだが、確かに見世物ではない。ハイ、行ってきます。
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