交わし直した約束と再戦の始まり



「ったくあのロリコン眼鏡め。この装置、そのまま取り外しても大丈夫なのかしら? せめて説明書くらい置いとけっつーの。ん?」


 一方で、本来の色を取り戻したクイーンルビーの再確認を行っていたスカイは、搭乗席のフロントガラスを叩く音で顔を上げる。

 そこには、ヨハンの姿があった。どうやら階段を立てかけて、様子を見に来たらしい。


「お、おばさん」

「ッ……ヨハン、久しぶりね。驚いた?」


 一瞬驚いた表情を浮かべたスカイだったが、すぐに笑みを浮かべた。対するヨハンは、視線が落ち着きなく彷徨っている。


「えっと、あの。その」

「どうしたの? あっ、もしかして勝ったら誘拐されるとか思ってる? 大丈夫よ、そんなことしないから」

「そ、そうじゃ、なくて」


 スカイの軽口にも反応できず、不器用な返事を返すことしかできない。やがて決心が固まったのか、彼は俯き加減のまま、おずおずと切り出した。


「なんで、来て、くれたの? ぼく、あんなこと、言ったのに」

「約束、覚えてる?」

「えっ?」


 質問を質問で返されるとは思っておらず、ヨハンは思わず顔を上げてしまう。


「ほら、指きりしたじゃない。サクっと勝って、帰ってくるってね。アタシさ、この前はあの約束、果たせなかったから」


 一度そこで言葉を切ったスカイは、ヨハンの方へと身を寄せた。フロントガラス越しに、彼らは視線を合わせる。


「一人の男と交わした約束を、一人の女として果たし直しに来た。それだけよ。ついでに、アンタが嫌がってた結婚なんて、全部ぶっ壊してやるわ。この前のお詫びも込めてね」

「っ!」


 ヨハンの瞳が見開かれた。スカイはまた、彼のことを一人の男と言ってくれたのだ。


「ど、どうせ口だけなんだろ? 汚い大人は、言葉ばっか綺麗に取り繕うんだ」

「そうね。だからアタシは、信じてくれなんて言わないわ。アンタはただ、隠し事を全て晒したアタシの行く末を見守ってくれてたらいい。その結果がどうなるのか、見届けて欲しい」


 つんけんした言い方をするヨハンに対しても、スカイは調子を崩さない。


「言葉じゃなくて、行動で示すわ。だからアタシを、見ていてちょうだい」

「…………」


 彼女が全てを曝け出してきてくれたのも、自分の為であった。それを思い知ったヨハンは瞳が潤むのを感じていたが、タキシードの袖で乱暴に拭うと「開けて」と短く声を出す。

 スカイがコックピットのガラスを開けると、彼は懐から取り出した装置を、顔を背けたまま差し出していた。


「何これ?」

竜玉ドラゴコアの出力を安定させる装置。これがあれば、多分飛行が安定するから」


 手に取った装置をしげしげと眺めた後で、スカイはそっぽを向いているヨハンの顔を見た。彼の顔には、赤みが差していた。


「ヨハンが作ってくれたの?」

「か、勘違いしないでよねっ! たまたま授業の課題で作ったやつを、持ってただけだし」

「学校の授業でゲオルクの装置なんか作らないと思うけどね……ありがと、ヨハン」


 微笑んだスカイは、右手の小指を立てて差し出した。


「今度こそ勝って、アンタの元へ帰ってくる。お姉さんとの約束よ」

「いい歳してお姉さんはやめてよ。そーゆーのカッコ悪いよ、おばさん」


 憎まれ口を叩きつつも、ヨハンは自分の右の小指を差し出していた。

 互いに軽く握るように曲げたことで、二人の小指が絡まり合う。その時、彼はようやく彼女の顔を、真っ直ぐに見ていた。


「行ってくるわ、ヨハン」

「行ってらっしゃい、おばさん」


 小指が離れて、ヨハンが階段を降りていく。その途中でボソっと呟いた言葉を、スカイの耳は拾っていた。


「……今度は、負けないで」

「…………」


 スカイはそれに答えず、一人で頷いていた。その言葉だけで十分だったからだ。

 席につき直した彼女は、早速彼にもらった装置を取り付ける。簡単な配線を済ませると、すぐに作動し始めた。


「あらすごいわ。本当に安定してる。ランバージャックの装置を抑えててくれてるわね」


 エンジンをかけてみれば、その効果は一目瞭然であった。

 相変わらずクイーンルビーの出力にはムラがあったが、その一部をストックして調整することで、エンジン出力の安定化を図っている。これなら先ほどのように、意図せずしての加速をしなくても済みそうだ。


「各計器、オールクリア。ゲオルク、レディ、ゴー」

「各計器、オールクリア。ゲオルク、レディ、ゴーですわ」


 やがて漆黒の機体のシルバーベルが、クイーンルビーの後ろについた。互いに背を向ける中、二つの甲高いエンジン音が響き渡り、離陸の準備の完了を示している。

 二機のゲオルクの間に立ったのは、ネフィだった。


「それでは~。何故か指名されてしまったあたしが決闘の証人として仕切らせてもらいま~す。これより双方の合意の元、決闘を執り行うにゃ~ん。決闘内容は航空戦闘機による、一対一のドッグファイト。マグノリア=アルスカーレットが賭けるのは、ヨハン=エルスハイマーの結婚の取りやめとその身柄。ドロッセル=ファランドールが賭けるのはマグノリア=アルスカーレットの身柄だにゃ~ん。双方、異論はないかにゃ?」

「ないわ」

「ございませんことよ」


 クイーンルビーとシルバーベルについたスピーカーから、両者の承認が降りた。


「アタシはヨハンとの約束を果たす為に」

「わたくしはファランドール家の為に」

「「ただただ戦果を求めるのみッ!」」

開戦パルティードにゃんっ!」


 ネフィの声と共に、二機のゲオルクが垂直に離陸を開始した。

 ゆっくりと上昇していく、紅と漆黒のゲオルク。この時にはゲオルク同士のドッグファイトが見られるとの噂が広がり、逃げていた客が戻ってきているくらいであった。


 大衆に見守られる中、高度を上げたクイーンルビーとシルバーベルはホバリングを開始した。

 空中で静止することしばし、両機は突如として加速し、真反対へと飛び出した。かと思えば同じタイミングで右に旋回をかけ、やがて彼女らは真正面から突撃していく。


 銃声が響き渡った。二十五ミリ機関砲と二十ミリ機関銃が火を吹いている。二丁の機関銃が撃つ手を止めないままに、二機は肉薄していった。

 ぶつかるのではないかと誰もが思った時、紅と漆黒のゲオルクはそれぞれの機体を縦にしてすれ違う。


 以前の決闘と同様に、初撃では決まらなかった。

 決闘は未だ、始まったばかりである。

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