女王の紅玉と真紅の彼女


 ヨハンの結婚式の日付が迫る中。スカイが敷地内の工場に足を運んだ時、ランバージャックがフルフェイスヘルメットを手渡してきた。


「ほとんど直ってきました。あとは竜玉ドラゴコアの調整だけです」

「それはいいんだけど、アタシのクイーンルビーに変なことしてないでしょうね?」


 受け取りつつ、スカイは探りを入れてみる。この男の実績からして、用心をしてし過ぎることはない。


「変なことはしていません。実験用に、新しい装置を取り付けたくらいで」

「それを変なことっつってんのよ、今度は何したァッ!?」


 スカイが案の定、という悲鳴を上げるが、ランバージャックは涼しい顔のままであった。


「調整していて気付いたのですが。クイーンルビーの竜玉ドラゴコアは、出力の際にランダム性、いわばムラッ気があります。そこを強化することで、最高以上のパフォーマンスが期待できるかと」

「それ逆に言えば最低パフォーマンスも強化したってことよね、外せ今すぐッ!」

「改修は別料金になります」

「勝手にやっといて金をとるなァッ!」


 何度も苦言を呈するスカイだったが、久しぶりにまともにゲオルクを触れたランバージャックの気分を変えることができず。彼女は渋々改修を受け入れることになった。

 そろそろ潮時かと瓦利斯飯店ヴァリスはんてんと夜の蝶を惜しまれながらも辞めた為に、今の彼女に金を生み出す手段はないことも原因の一つである。頼めばすぐにでも復帰できそうではあったが。


「ったく覚えてなさいよ」

「分かりました、覚えておきます」

「っとにコイツは」


 たまに天然の入るランバージャックをしり目に、スカイはフルフェイスヘルメットを被った。竜玉ドラゴコアの調整は、適応した竜機兵ドラグーンなしには行えない。

 彼女が被ると同時に、彼は竜玉ドラゴコアに専用線を巻き付けた。機械竜ドラゴロイドの内部でエネルギー伝達に使われているらしい、竜神経ドラゴネウロという線だ。その内の一本は、彼が手に持っている計測器に繋がれている。


(そう言えば、声が聞こえたんだっけ)


 頭の中で発進時のことを思い描きながら、片隅ではかつての出来事を思い返している。部下が死に、クラウスが死んだあの日、スカイは確かに誰かの声を聞いた。


『……んの?』


 あの感覚に囚われる直前の一回目と。


『……なさいッ!』


 全ての機械竜ドラゴロイドを倒した後に、頭痛に苦しんだ際の二回だ。

 それについて、スカイには一つの仮説があった。


(もしかして。アンタだったの、クイーンルビー?)


 口にすればとても馬鹿げた発想であったが、そうであれば納得できる部分もある、と。何故ならあの時、こちらから送る一方だった筈のものが、返ってきたからだ。

 現在はどうか知らないが、ヤコブがいた際の研究部では、竜玉ドラゴコア機械竜ドラゴロイドにおける心臓兼脳みそであるという説が有力であった。撃墜した機械竜ドラゴロイドの頭部は各種の部品だけであり、生命体の脳にあたるものが確認されなかったからだ。


 無論、その全貌が明らかになっていないもの対して、既存の生物の特徴を当てはめること自体が間違っている可能性もあるが。


(ま、そんな訳ないわよね。でも、万が一そうならば)


 内心では鼻で笑いつつも、スカイは語りかけてみた。死線を潜り抜けてきた、自分の相棒に。


(アタシには、アンタが必要なの。手を貸して、クイーンルビー)

『…………』

「問題ありませんね」


 外からランバージャックの声がした。スカイはフルフェイスヘルメットを取る。


「どうだったの?」

「かなりの出力が確認できました。すごいムラっ気でしたよ」

「コメントに困るわね。ああそれと」


 ついでと言わんばかりに、スカイはランバージャックにある頼みごとをした。話を聞いた彼は、珍しく顔をしかめている。


「別に構いませんが。それが私の家から飛んだと判明した時に、面倒なことになるのですが」

「ええ、飛ぶ時は持ち出させてもらうわ。ぼったくられたとはいえ、せっかく直してもらったんだもの。アンタに迷惑をかけるつもりはないわ」

「それならいいんですが。なんで戻るつもりなんですか?」


 ランバージャックの声に、スカイは笑って応えた。


「一時だけよ。大人として、誠意を見せなきゃならないのよね」

「分かりました。そう決めたのであれば、どうぞご自由に。ああ、あと当日は私もミヨさん伝手で招待されてますので、是非とも思いっきり飛んでください。データが欲しいので」

「応援するつもりなら、せめて研究者肌を隠しなさい」

「あと塗装のし直しは見積もりに上乗せです」

「ったくこれだからアンタは。はいはい、勝手に乗っけときなさい」

「スカイ姉さん、お客さんだよーっ!」


 すると工場の入口にてミヨの声がした。スカイが顔を上げると、彼女に連れられた6人の女性の姿があった。

 全員、マシンガンを担いでビキニアーマーをつけている。空賊、ガールズハウスの面々だ。


「わたしお茶淹れてくるね」


 ミヨはたったったったと駆けていった。

 かつてヨハンを誘拐した際にかなりビビらせられた相手ではあるのだが、スカイが夜の蝶で働くようになってから何かと顔を合わせるようになり。ゴリがあの時怖がらせたことをミヨに詫びたことで和解し、今に至っている。


 こいつら本当は良い奴なんじゃないかと、スカイはずっと思っていた。


「よォ、三十路ババア。ゲオルクは直ったのかい?」

「アタシは二十九だっつってんのよ、このゴリ。ええ、もう問題ないわ」

「略してんじゃねーよ。そんなら、遠慮なくビジネスの話をさせてもらうぜェ」


 いつものやり取りをした後で、ゴリはニヤリと笑った。


「ってか姉御。本当にスカイのババアなんかに雇われるんすか?」


 まず声を上げたのは黒髪ベリーショートの手下、ミラだった。


「そうですよ~。いくらヨハン君の為とはいえ、相手はおばさんですよ~?」


 エマはピンク色の髪を揺らし、たれ目をゴリとスカイに交互に向けている。


「お金は頂けるとのことでしたが。さっきのミヨちゃんも含めて、あまり商売敵関係の人間と馴れ合いたくはありませんね」


 緑髪三つ編みのリーナが、黒縁メガネの位置をクイっと直している。


「そーそー。ヨハン君の身体くらいもらわないと、割に合わないってぇ」


 銀髪ボブカットのルイーサが唇を尖らせている。


「まあまあ。姉御が決めたことだし、たまには呉越同舟もいいもんでしょ?」


 彼女らをシャウラ国の言葉でなだめているのが、紫色のおかっぱ頭をしたケイテであった。


「別にアタシも、アンタらと仲良しこよしをする訳じゃないわ。ただ仕事する機会をあげるってだけ」


 そんな彼女らに対して、スカイは言い放つ。


「アタシが出れば、会場は大パニックになるわ。その隙にアンタらまでくれば、結婚式どころじゃなくなる。アンタらは混乱に乗じて、空賊を全うするだけ。ただタイミングを合わせて欲しいってだけよ」

「おー、おー、分かってんよォ」


 話を聞いたゴリが、口角を上げて白い歯を見せた。


「ただ、アタイらにはアタイらのペースってもんがある。突撃のタイミングはある程度考えてやるが、そっちの都合に全部合わせてやる訳じゃねえ。それでもいいな?」

「ええ、それくらいが丁度いいでしょう。学のないアンタらには、緻密な作戦なんか期待してないから」


 んだとこのババア、テメーから撃ってやろうか、と手下達からクレームが入ったが、スカイはそうそうこのくらいが丁度いい、と笑っていた。


「よーし、最終確認も済んだな。帰るぞお前ら」

「姉御。せめてお茶くらい飲んでいってもいいのでは?」

「うっせェ。つーかリーナ、馴れ合ってられねーっつったのテメーだろーがよォ」


 そのまま彼女らは、新調したリトルプリンセスに乗り込んで飛び立った。新しい機体には各所から機関銃が飛び出しており、より攻撃力を上げたらしい。

 相手する時に少し面倒くさいな、とスカイは思っていた。


「じゃあランバージャック。アタシは来週には出てくから、それまでにお願いね」

「分かりました」

「あれ? みんな帰っちゃったの? お茶、持ってきたのに」


 ミヨがお盆を持って戻ってきたが、人がいなくなったことで悲しそうな表情を浮かべる。ランバージャックが不器用にそれを慰めている中、スカイもその場を後にした。

 彼女にはもう一つだけ、やることが残っていたからだ。


 一週間後。約束通り直ったクイーンルビーをトラックに載せてシートをかけ、彼女はランバージャックの邸宅を後にした。別れ際にミヨからまた遊びに来てねと言われたので、たまには顔を出してもいいかな、と考えている。


「ま。全部が上手くいったら、の話だけどねえ」


 街で必要なものを買い込んだ後、スカイはあの前線基地の廃墟へと戻ってきていた。

 久しぶりに戻った我が家は一層のホコリが積もっており、とても人の住める場所ではない。しかし長いアルバイトによって接客と同時に掃除も学んできた彼女は、それを見越して用意しておいた掃除道具で、手早く綺麗にしていった。


 半日も経たない内に、廃墟内は簡単に人が住める程度の清潔さを取り戻す。買い込んだ缶詰と缶ビールも潤沢だ。


「あれ? 思ったより残らなかったわね。ああ、塗装費が上乗せだっけ」


 寂しくなった懐を見てスカイは首を傾げたが、思いつきで余計な出費をしたのだとすぐに原因に思い至った。やると決めたのであれば仕方がない。備蓄的に当面の生活には問題ないし、また稼ごうと、彼女は蛇口をひねってみる。

 他所から勝手に拝借してきていた水道は使っていなかった所為で錆が酷かったが、しばらく出していると綺麗な水を吐くようになっていた。それを確認した後で、彼女はシャワー室にて一糸まとわぬ姿になる。


「一人の女として、アタシの全てを見せてあげる」


 鏡を真っすぐに見たスカイは、一つ、頷いた。


「久しぶりに、紅く行きましょう」


 そうしてスカイは、髪の毛の脱色を始めた。染めていた群青色が抜け落ちていき、足元を青く染めていく。流れ落ちる水が透明になった辺りで、彼女の髪の毛は真っ白になった。

 掃除の一環で磨いた古い鏡で色の抜けのムラがないか確認した後に、彼女は買ってきた紅の染料を手に取る。


「……待っててね、ヨハン」


 仕上げの最中、スカイはほとんど無意識のうちに彼の名前を口にしていた。

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